満月〜愛無き





「――――――――ッぁ…」

小さく聞こえた声は、もう酷く馴染んでしまった声で。
自分の中で首をもたげかけた熱を押さえ込んで、
フリックは隣の軍主に気づかれぬよう視線を周囲に送った。


まさか、こんな昼間から。


僅かに眉を寄せながら、
ついと視線を上に向ければ、
兵舎の窓が一つ開いていて。
確かあそこは物置だったか、と
思考を巡らせていると、窓に人影が映った。

「…………あいつ…」

見覚えのあるその人物は、
顎に流れた汗を手の甲で拭いながら、視線を外へと向けた。

ばっちり、目が合う。

流石にお互い、気まずさに顔を顰めてしまった。
だが相手はすぐに視線を戻した。
その肩に、ねだる様な手が掛けられたからだ。

右手。

赤く色づく、紋章が見えた。

相手は手の持ち主に苦笑と共に何かを言って、
薄く開いた窓は閉じられ、
カーテンまで引かれてしまい。

(――また一人、か)

濃密な闇に、生贄一人。
そこで行われているだろう『契約の儀式』に、
フリックは視線を戻してため息をつく。

「フリックさん? どうしたの」
「ん……ああいや、なんでもない」

訝しげなヴァンの背を押して進みながら、
もう一度視線だけを兵舎に流し。


(俺の命でいいなら、幾らでもくれてやるから―――)


また、彼を求めようか。
代償の甘さは、逃れる気を無くすには充分だ。

こっそりと口元に笑みを刷いて、フリックは夜へと思いを馳せた





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