stage1>>彼の人は何を思う
出席番号6番 黒川
「六助、これ一体何だ?」
「バットだな、金属の。兄貴なんて望遠鏡だし」
「役に立たねぇもんばっかだよな。柾輝のは斧か?これ」
俺は溜め息を付く。
俺達は翼が言っていたC−5エリアの端にある廃工場に今、身を置いている。
何か役立つ道具はないかと、一通りこの工場を見回すも何もなかった。
俺達がいるのは、何台もの機材が置かれていたのだろう場所。今はその姿はひとつもなく、埃まみれのただ広いだけの部屋になっている。
俺と翼と渋沢がここに着いて、しばらくたってから五助達が無事にここに到着した。
いや、無事ではない。ここに来る途中、六助が右足を捻って動けない状態だった。
幸いここには水道が通っていて、翼と渋沢の持っていたハンカチで張れ上がった足を冷している。
翼のコンピューターによって首輪の機能を無効にする案は、この無人島の電話回線が切られている事によってあっけなく失敗に終った。
俺のピッチも試したが、こっちも全く反応はなかった。
そうして、もう一つの案。一番最初に出てきたあの建物を攻撃する計画もこのままでは無理のようだ。
「くそッ、役に立つのは僕の銃くらいか」
バンっと机を叩いて、翼が唸る。
俺達が中央に広げた武器の場所より端に、パソコンが置いてあった机に向かって座っていた翼は吐き捨てるようにそう言った。
実際、翼の苛立つ気持ちは分かる。
コンピューターの案が無理だと分かった以上、あの建物への攻撃しか考えが浮かばなかった。
五助と六助の武器がせめて銃なら(贅沢を言えば、もっと破壊力のある手榴弾やマシンガンなどと物騒な代物を翼は期待しながら言っていた)
と思っていたが、現実はほとんど役に立たないものと肉弾戦を要求されるものだった。
「椎名、落ち着け」
渋沢が諭すように、翼に声を掛ける。
渋沢は銃で狙われた後かなりショックが強かったのか、ここに向かう途中ほとんど口を開かなかった。
だがその衝撃も収まったらしく、今ではいつもの落ち着いた姿を取り戻している。
「・・・とにかく仲間を集めよう。あの建物を攻めるには武器があまりにも少な過ぎる」
俺のも、俺しか役に立たないものだし、と渋沢は言う。
渋沢の支給武器は防弾チョッキ。
サッカーのポジションとどこか相似している、防御力の高い武器だ。
この防弾チョッキを教室を出た時に装着していたと言っていた。
俺は建物を出てから武器を調べたが、渋沢はそうはしなかったらしい。
教室を出て右。そこから外に出る出口があったが、その逆の左側、廊下が見渡せる教室には兵士達がたくさんいた。
出てきた生徒を見張っているようにも見えたし(実際はそうなのだろうが、兵士の目は亡羊としていて気味が悪かった。俺を見ているようで
何も視界には映っていないような感じがした)、ただ兵士が数十人いるという事を誇示したかったかのようにも見えた。
数人の生徒の反逆精神を削ぐためのようでもあったのだろう。
だがそんな状況の中でも、渋沢は武器を確認して装着した(歩きながら着たそうだ)ヘタをすれば射殺されていたのかもしれないのに。
その行動が、渋沢の命を救った。
入り口近くの、渋沢を狙った1発目は見事に渋沢の腹に当っていたそうだ。だが、青じむ程度の痛みだけですんだらしい。
運がいいというか。渋沢の行動は何かしら、後から功績を生む。
「外、出るのか?」
六助が不安げに問うた。
仲間を集めるという、さっきの渋沢の言葉に反応する。
外はいつ、誰に狙われるか分からない危険性を伴ったためだ(建物の中も決して安全ではないが、外に比べればマシだろう。それにどこか心理的に
安心するものだ)。
そして自分は歩ける事も満足にできない状態なのだから、不安にもなる。
渋沢はそんな六助の足をちらりと見た。
「君は残った方がいい。このケガだと歩けないだろう。何も5人で行く必要はない。いや2、3人で行動するべきだ。多すぎると敵に見つかる
恐れが出る」
渋沢が淡々と言う。
敵 ―――――― と。
「そうだな。五助、六助。お前達は残れ。ケガよりもこんなデカブツがいたら気弱なヤツなんか逃げちまう」
「わ、わかった」
翼が机から離れ、五助と六助に命令する。それに素直に返事をする二人。
サッカーの作戦を伝える時もこんな調子だったよな、と俺はふと思い出した。
「ここが禁止エリアになるようだったら場所を変更する。キバって歩けよ、六。・・・そうだな、まず、ココ。ここがまた禁止エリアになったら
次はココ。地図に書き込めよ、五助」
床に地図を広げて、翼が場所を二人に教える。
「違う、ココだって・・・・って柾輝、お前も聞けよ。どこ行く気だ?」
「しょんべん。場所は聞く必要ねぇだろ。一緒に仲間集めに行くワケだし」
俺はニッと笑う。そう、ずっとこいつとは一緒なはずだ。
こんなゲームに運悪く選ばれて、強制的に参加させられても、お前が一緒ならどこか救われた気分がした。
「ああ、一緒だ」
翼も口を歪めて、不敵な笑みを浮かべた。
それは、俺が生きた翼を見た最後だった。
パンッパンッと2発の銃声がさっきまで俺がいたところから聞こえた。
「・・・・銃声!?」
廃工場の入り口から少し歩いたところで、用を足して戻ろうと歩いていた時だった。
この音は、今日何度も聞いた。渋沢を狙った音。翼が威嚇した音。俺達に向けられた音。
急いで、重いドアを開ける。
ムッと嫌な匂いがした。
この匂いって・・・・血?
「翼?」
ドアを開けた俺が見た光景は、酷く現実味がなかった。
武器が置いてある中央近くに五助が仰向けになって、身体を大の字にして倒れている。六助は壁に沿って横倒れになっていた。
その周りには、おびただしい血溜まりが円を描いている。
「おいっ、五助、六助!」
慌てて駆け寄る。心臓がばくばくと早鐘を付いていた。
五助は生きていなかった。ぴくりとも動かない。胸に穴が開いていて、吐いたのか血が口元を彩っている。目は虚空を向いていた。
「嘘だろ・・・」
視線が五助であった死体から、近くの六助へと移る。
足の捻挫で壁に凭れるように座っていた六助は横倒れになっていた。ちょうど六助の頭があった壁の場所が血で濡れている。
びっとりと何かが付いていた。
「六・・・?」
ゆっくりとそちらに歩を進める。
六助の顔を見ようとして、見て、口元を抑えた。
うっ、と吐き気が込み上げる。
六助の頭は右上端が無かった。そこから血と脳が出ている。壁にこびり付いていたのは六助の肉片が飛び散った後か。
「・・・翼は!?」
はっと気付く。
そうだ、翼だ。誰がヤったのかは知らないが、翼の無事が何より知りたかった。
大丈夫だ、翼は銃を持っている。この中で一番安全なのは銃を持っている翼か、防弾チョッキを着ている渋沢だ。
心臓が耳元で鳴っているようだった。頬を汗が流れる。
ポタッと、音がした。
この広い建物に動いているのは黒川だけだったから、この音は酷く大きな音のように自分には聞こえた。
音のした方を振り返ると、翼が少し前までいた、パソコンが置いてある机があった。
その机の下は、五助や六助と同じように血溜まりができていた。
ドクンと、一層早く心臓が鼓動する。
パソコンに阻まれて、そこにいるだろう相手は見えない。
「・・・・つばさ?」
六助の時と同じように、ゆっくりとそこに近付く。
翼か、渋沢か?
俺は誰がこの現状を創り出したかというより、その机にいるだろう相手が翼でないことを認識する方が大事だった。
頭が見えた。
少し跳ねている、触ると柔らかい、赤みがかった髪。
真っ赤に染まったキーボードに突っ伏して、手をだらりと下げている。そこからも血が伝って、またポタリと血が落ちる音。
「翼・・・」
生きていない事はすぐ分かった。翼の華奢な首に、後ろから深々とナイフが刺さっていたから。
肩を掴んで抱き起こすと、グラリと頭が揺れて後ろに倒れる。
目は虚ろで、何も映していなかった。
口元から血を吐いた後が見られる。首から下はまるでそれが衣装のように、血がその身体を覆っていた。
赤い、赤い服。
「翼、翼、翼・・・・」
まるでその言葉しか知らないみたいに、バカみたいに連呼する。
服が汚れるのも構わず、自分の身体に抱き寄せると、まだほんのり温かくてさっきまで生きていた事を証明していた。
そうだ、さっきまで生きていたんだ。俺に、笑みを向けてた。そうさっきまで!!
「だ、誰が、誰がこんなこと・・・」
ようやくそれに思い至る。
それでもそう言っただけで翼が死んだ事を受け入れられずに、ただその身体を掻き抱いた。
目から涙が、一粒零れ落ちる。
「黒川」
はっと自分の名を呼ぶ声がした。渋沢の声。渋沢は生きている!じゃぁ、これをやったのは渋沢なのか!?
周りを見渡す。だが、視界に入るのは五助と六助の死体だけで、どこにもその姿は見当たらなかった。
「上だ」
そう言われて反射的に天上を見る。そうしてここから真正面にあたる、この廃工場の2階に繋がる階段を視線で辿っていく。
渋沢の姿は俺(達?)がいる場所の、真横。その2階の通路に銃を構えていた。
「しぶさ・・・っ」
俺は余りに無防備だった。今頃気付く。この状況から見て声を掛けられたのなら、身体を隠す必要があったのに。
俺は何も考えずに、渋沢に向き直っていた。
パンッと聞きなれた音がして、胸に激痛が走る。
どっと身体が後ろに倒れる。DFで何度も相手に当たって、地面に叩き付けられた痛みの何倍もあった。
抱いていた翼の死体も、俺の身体に覆い被さるように倒れてきた。
俺の穴が開いた胸元に、翼の髪がパサリとかかる。
喉から熱い何かが込み上げてきて咳が出た。ガハッと血を吐く。肺をやられたのだ。血も吐くよな。
・・・・ああ、五助もこんなに痛かったのだろうなぁ、と思った。
五助は頭だなんて、な。一瞬だったんだろうか、こんな痛い思いはしなくてすんだんだろうか。
いや翼なんか喉だぜ、あれは痛い。
そういえば、どこにナイフなんてあったんだ。渋沢の支給武器は防弾チョッキだ。この工場には一切使える武器なんてなかったのに。
ヒューヒューと喉が変な音を上げる。
うまく息が吸えなくて、苦しい。
見上げる天井は、高く。くすんだ天井は、遠かった。
高く、遠い。
試合後に、翼と一緒に見た青空と同じだと感じた。
―――――― 翼。
はは、ざまぁねぇよな。翼。
お前が言ったんだぜ、油断させといてぐさってのはこのゲームじゃ当たり前な事だって。
言った本人が、ヤられてどうするよ?
まあでも、渋沢がこんな事するなんて誰も思わないか・・・。
ああ、目が霞んでいく・・・。
翼。俺、死ぬんだよな。
翼の顔が見たかったけど、身体は重くて、首を動かす事すら叶わない。
だけど翼の身体は今だ温かくて、俺の身体に伝わってきた。それが嬉しかった。
一人で、死ぬのは寂しいから。
せめて・・・・温もりだけでも・・・。
ごめんな、俺、お前が死ぬ時、居てやれなかった・・・・・ごめんな・・・・つばさ・・・・・。
・・つば・・・さ・・・・。
そうして、黒川の思考は消えた。