OVER DRINK
部屋から一歩外を出ると、室内と外の温度差がやけに気に障る。
夕飯も終え、何か飲み物をと外へ出てみれば辺りはすっかり暗くなっていた。
もうすぐ本格的な夏の、生温かい風が忍足を包む。
まだ初夏だというのにこの日の暑さは異常だった。
授業中は冷房が効いて快適だったが、部活は地獄。
灼熱の太陽の光を浴びて、忍足の白い肌も赤みを帯び、ひりひりと微かに痛みを感じる程だった。
それは、部活を終えた今も変わらない。
そのため外見を気にする忍足も、暑さの所為もあってか誰にも会わないとなると、過ごしやすくラフな格好になる。
飾り気のない黒の半ズボン・半袖に、中途半端に伸びた髪をどこで手に入れたのか分からないピンク色のキティの髪止めで軽くアップにまとめた姿で外に出る。
途端、身体に纏わり付くねっとりとした生暖かい空気に忍足の整った眉が歪む。
(…死ぬかもしれん)
胸中でぼやく。
この暑さにやられて、酷く気が滅入った。
忍足は夏が死ぬほど嫌いだ。
寒いのなら服を重ねて着れば防げるが、暑さは冷房の効いた場所を離れれば信じられない程の大打撃となって自分を襲う。
実家に比べれば関東の暑さはマシだと聞いていたが、そんなのは嘘だ。
暑いものは、暑い。
そう思いながらエレベーターを降り、親に甘えて一人暮らしをしているマンションの外へ出た。
辺りは平日の夕飯から少し過ぎた時間帯のため、会社帰りのサラリーマンがちらほらと見えるだけだった。
なんとなく空を見上げれば、澱んだ雲の影から中途半端に少し欠けた満月が忍足の目に映る。
(明日は雨やなぁ)
これで少しはこの暑さもどうにかなるかもしれない。
マンションのすぐ向かえにある自動販売機まで歩いて飲み物を選びながら、ふとこの暑さの為かジローのことを思い出した。
先週。
忍足のマンションでのお泊りが、休日の日課になりつつあるジローと肌を合わせたのもこれぐらいの時間だった。
情事の後の気だるさを心地良く感じながら、夏になると毎年のように暑い暑いと文句を言う忍足に、ジローは先程まで自分を組み敷いていた時とはまるで別人なような顔で、困ったように笑ってみせた。
ジローのその顔を思い出して、自然と忍足の顔が緩む。
と。
「…思い出し笑いはスケベの証拠だよ」
ふいに声がして、忍足は驚く。
聞き慣れた、間違えるはずもない声。
声のする方に視線をやると、 忍足が先程まで思いを巡らせていた声の主が、自分から隠れるように自動販売機の横に座っていた。
足の裏を地面につけて、いわゆるヤンキー座りで。
「…なにしとるん、自分」
思わず呆れた口調になる。
そんな忍足をあっさり無視して、ジローはさっきまでイジっていたのだろう自分の携帯に指を指した。
「?」
何の事か分からず訝しげにジローを見下ろすが、ふと自分の携帯が手元にないことを思い出す。
「…ああ」
と、だけ忍足の口元に零れる。
今の今まで、携帯を部室のロッカーに忘れていたコトを思い出した。
忍足の部屋に一般電話は置いていない。
両親はいざという時の為に置いておきたいようだったが、そこまでしてもらうこともないと言って断ったのは氷帝学園に入学する前。
携帯があるから、と説き伏せたがそれも忘れていては何の為の電話か分かったものではない。
忍足は夏と同じくらいに、携帯電話も嫌いだ。
便利といえば便利だが、人の都合もお構いなしにかかってくる事を考えればその利点も忍足にとってはさして重要性を失う。
その意見に同意見のなきボクロの級友は、常に一緒にいる男に携帯を持たせて、全てそいつに電話を出させ掛けさせるという、お前は何様だと云われんばかりの事をしていたりする。
自分はさすがにそこまではしないが、なくて困るほど依存もしていない。
しかし、そういう自分の考えも改めなくてはならない。
自分が住んでいるのはオートロック式のマンションで、住人の暗証番号プラス、カードキーがなければマンションの中に入る事さえできない、厭らしい程のセキュリティー完備。
ジローがいつもの気まぐれで、ふと忍足に会いに来ても連絡が取れなければ、今の彼のように待ちぼうけを食らう羽目になってしまう。
忍足はジローが語らずとも、今のへたり込んでいる彼の状況に納得がいく。
「…いつから待っとったん?」
自分の所為で待たせてしまったことに申し訳なく思いながら尋ねる。
見下ろせば、半分しか開いていないジローの目が忍足を捕らえた。
(寝とったな…)
よくこんな暑苦しい場所で寝られるものだと、忍足は呆れと同時に感心する。
座ったままのジローは忍足の質問に少し考えるように小首を傾け、へらりと笑いながら
「わかんないや」
と、答えてまた目を瞑ってしまった。
「・・・・」
その笑みで、ジローがまだ寝惚けていることを知った忍足は、その彼の様子に待たせてしまった罪悪感など一気に失せていくのを感じる。
思わず溜め息を付く。
「ジロー、起きぃ」
少し身を屈めジローの肩を揺する。
自分に責任があるとはいえ、何故、外で。
しかも道端の傍らで寝ている友人、もとい一線を超えてしまった恋人を起こさなければならないのだろうか。
「んん〜」
ジローは唸りながら目を瞬かせ、ぼーっと忍足を見つめてる。
普段これくらいでは起きないジローも、さすがにこの暑さでは眠りが浅かったのだろう。
まさか路上で蹴り起こさずにすんで、ほっと息を吐いたのとジローが動いたのとはほぼ同じだった。
「うわ?!」
忍足の首に腕を回して、ぎゅーっとジローがしがみ付いてきた。
「ちょ、くるし…」
忍足の首にぶら下がる形でしがみつくジローの腕を離そうとするが、こういう時だけ力の強いジローに勝てるはずもない。
忍足は、ちらりと周りを見る。
男同士が抱きつく様を、誰かに見られたらと焦るが、幸か不幸か人通りの少ない通りのため、自分たち以外誰も居ない。
だが目の前には自分が住んでいるマンションがあり、誰がいつ出てくるかも分からない場所で、と思うと気が気ではないが。
そう思っていても。
近づいてきた彼の顔を、拒むことはできなくて。
「…ん」
1週間ぶりの触れるジローの唇。
大会前のため、休日返上での連日による猛練習で、ほとんどのテニス部員が帰宅すれば速攻で睡眠という至極健康的な数日を送っていた。
ジローも忍足もそれは同じで、日課となっていたジローのお泊りも、この1週間は一度としてなかったたため、そのキスは酷く忍足の情欲を誘った。
彼から与えられる、軽く、ただ触れるだけのフレンチキス。
「ジロッ…」
幼稚で拙いジローのついばむような口付けは、深く舌を探るようなディープなものに慣れた自分にとっては、こっちの方が酷く気恥ずかしくて、頬が熱くなる自分を自覚する。
(なんや俺、純情少年みたいやん…)
頬が火照る。
暗がりで自分の表情が相手に見えないことに感謝しつつ、それを誤魔化すようにジローの唇を舐め、自分から口の中に舌を入れて彼の舌と絡めとった。
「…!」
何を思ったのか、忍足はがばりとジローを引き離す。
「?」
「お前、飲んどるやろ」
よく見ると不思議そうに自分を見るジローの頬が、心なしか赤く染まっていることに今さら気づく。
ジローは、ビールの5、6本飲んでも全く顔に表れないタチで、いわゆる下戸なのだが。
そんな男が頬が赤くなるまで路上で飲んでいたのかと、忍足は眩暈がした。
それと同時に、下戸のジローが酔うまで長時間待っていた事実もあるわけで。
「サイアク…」
その言葉はジローにではなく、そのジローの行為にまた少し頬が赤くなる自分に対して。
久しぶりの口付けはビールの味がした。
end....
2回目の気まぐれキリリク。
(1度目は何もこなかったような気がする・・・←イタイなぁ)
7777ヒットの美里サマ。
《甘々ジロ忍》
これって甘くないですね・・すいません!!
ムダに長く、ムダに意味なくてほんとすいません。
リクエスト、ありがとうございました!!!
*OVER DRINK=飲みすぎるの意。