[みんなのうたD 〜調理実習室ってどこ?〜] ジロー視点。

















「お帰り。3階まで運んでくれたのは嬉しいけど、作るのは1階の調理室なの。芥川君、知ってるよね?案内してあげて。いってらっしゃい」 「・・・・ってあの女ッ!ちょっと可愛いツラしよってからに・・・重いわッッッ!!・・・ッ何キロあんねんこれ!?」 「うん。重い」 忍足がジローの前を歩く。 さすがにオレも忍足も、この重さは限界かも。 テニスしたみたいに、汗が出てくる。 適度を超える運動は、テニス部の朝練のランニングのよう。 今日は文化祭。 秋晴れのように、さわやかな朝が目にまぶしい。 運ぶ中、通り過ぎる教室の時計を見れば7時だった。 文化祭が始まるまであと1時間半もある。 準備のため、クラス全員が早めに登校することに決まったのは仕方がないけど、眠たくて仕方がない。 (もっと寝てたかったなぁ・・・) 思わず欠伸が出る。 せっかく朝練がないのに、いつもと対して変わらない起床時間。 いっつも朝練は寝坊するけど。 でも、今日は頑張って起きた。 向日が驚いてた。跡部も。 (だって、オシタリとの“約束”だから) 「オシタリ」 「・・・・何や?ああ、重っ。あと、もう少しねんなぁ?」 (“約束”だから) オシタリは振り返らない。 「うん。あの奥だよ」 「なんで、こんな遠いねん!」 ぶつぶつ言ってる。 不機嫌そうな顔が想像できて、オレは笑った。 「?何やの?きしょいなぁ。思い出し笑いはスケベの証拠なんやで?」 今度は多分、すこし皮肉っぽい笑みを浮かべてるはず。 オレは何も答えずに、朝日が照る外を見る。 朝早い中、ばたばたと走る生徒、先生。 彼らのクラスと同じように、早くきている生徒はかなり多いらしい。 「ジロー、アレ見てみぃ」 ぼーっと外を見てると、おもしろそうな忍足の声。 「・・・・何あれ?」 対に建てられているこの氷帝学園。 今、ジローたちがいる窓から見える教室には、女子生徒が並んでいる。 何かの受付をしているようだ。 「ほら、『誰が一番かっこいいか』ってコンテスト。どっかのクラスが主催するヤツ・・・・『ミス・ジェントルマン』やろ?」 「へぇー、そんなのもあるんだー」 「って、何言うてるん?この文化祭の華やろ?優勝したやつには、かなり豪華な賞品がもらえるって話やで。 女子が盛り上がっとったやん。あれが欲しい、これが欲しいって」 (?女の子?) (でも、ジェントルマン?) 辻褄が合わない忍足の説明を聞こうとしたが、もう目的地に着いてしまった。 しかし、その目的地である調理室は、クラスの誰一人といない。 ガランとしていてた。 ドアは開き切っていて、作り掛けのケーキ道具が散乱している。 台所の上には洗いかけの調理道具が目に付く。 ふるい、ミキサー、泡だて器。 その他もろもろ、おざなりに置いてある。 クラスの女子はどこに行ったんだろう? 「・・・?誰もいないね」 入り口付近に買って来た袋を置く。 ようやく重さから解放されてほっとした。 「・・・オシタリ?」 何も言わない忍足を怪訝に思って、声を掛ける。 「ん?何や、おもろい風景やなぁ思て」 「おもしろいって?」 「ジローは知らん?どっかの村の全員が、今みたいに、忽然と姿を消したって話」 「消えたの?」 ジローはそんな話、聞いたことがなかった。 不思議に思い、彼に聞く。 「そ、消えたの」 忍足は微かに笑う。 彼はキッチンに近付いて、ボールにあるパウダーを指で突付いて遊び始めた。 指についた白いパウダーを舐める。 甘いな〜って言いながら、この話を続ける。 「ちょうど、こんな感じやね・・・」 忍足が辺りを見渡すにつられて、ジローも周りを見る。 ついさっき見たのと変わりはない。 何の変哲もない、風景。 「作りかけの料理・・・・飲みかけのコーヒーとか、焼き立てのパン。途中の洗濯物。そんなの全部、自然に残ってるんやけど・・・・」 スラスラと、まるで見てきたかのように彼は語った。 「人だけおらんねん」 そしてまた、笑う。 朝日はカーテンで覆われていて、光は入らない。 何メートルか先ではたくさんの生徒がいるはずなのに。 喧騒は聞こえているのに。 ただ、ぽっかり違う次元にいる錯覚をジローは覚えた。 天井の無機質な蛍光灯の明かりだけが、忍足を照らす。 「今で謂う、“神隠し”ってやつや」 彼が言ったと同時に、ガシャーンと大きな音が鳴った。