私のところへ、彼等が訪れたのは、夏の暑い日だった。
1.はじめまして
「久しぶりだな、亮君。」
クーラーのよく効いたこの部屋の中央のソファに、彼等と向かい合わせで私は座った。
「外は暑かったろう?」
確か今日は今年一番の暑さだと、天気予報で言っていた。
と言っても、私はこの部屋からほとんど出る事はないから、『今年一番の暑さ』など知った事ではないが。
私は仕草で、彼等にさっき汲んだよく冷えたお茶を勧めた。
喉が乾いていたのだろう、三上亮は一気にそれを飲み干す。
亮以外の子は、3・4口飲むと、テーブルにコップを置いた。
カラン、と氷がコップに当たり、涼しげな音を部屋に響かせた。
「わりぃけど、叔父さん。挨拶してる余裕ねぇよ。とっとと、本題入ろうぜ。」
そう言って亮は私を睨み付ける。話には聞いていたが、余程疲れている様で肩が項垂れ、彼が良く見せる、人を食った笑みは見せない。
私の妹に似た黒髪を掻き上げて、私を急かす。
彼、三上亮は私の妹の子供で今年中学3年、あの名門「武蔵森学園」の生徒だ。
サッカーをしてる所為で日に焼けた肌が、どこか皮肉げな彼を年相応の少年に見せる。
「分かったよ・・・彼が、渋沢君?」
亮の態度に苦笑しながら、亮ともう一人の少年の間に座る子に、視線を移す。
「はじめまして、渋沢克朗と言います。」
亮の親友だという彼は頭を下げ礼儀正しく、挨拶をした。
「こちらこそはじめまして。亮の叔父の杉村稔です。腕の傷はどうだい?」
克朗の左手首には、包帯が巻かれている。亮と同様、彼のよく焼けた肌に白の包帯が映えて、一層痛ましいと感じる。
「・・・はい。少し痛みますが、大丈夫です。」
落ち着いた少し低めの声で、そう私に答える。
電話で亮に聞いた“渋沢克朗”の情報によって、私が想像した彼とは似て非なるものだった。
もっと情緒不安定かと思ったが、人の目を見てしっかりと喋り、明確に答え、とても亮が言っていたような
事をするとは思えない。
染めていない自然と見える茶色の髪に、中学3年生とは思えない体格(180はあるな)、物腰。
一見見ると、高校生か、果ては大学生にも見える。良く言えば大人っぽく、悪く言えば・・・老けている。
隣にいる子と比べると、一層そう見えてしまう。泣きボクロが印象に残る少年。
その少年の頬には、痛々しくも殴られた後が残り、少々青じんでいた。
「亮にも聞かれたと思うけど、本当にこの傷を付けた覚えはないのかい?」
私はその幼さの残る少年から視線を戻し、克朗にそう質問する。
彼は困ったように、はい、と答える。嘘を付いているようには思えない。
「でも、亮は君自身がこの傷を付けたと言っている。・・・その事について君はどう思う?」
私はちらりと亮を見る。亮は憮然とした顔で克朗を見つめている。
亮が言うには、4日前、亮が寮の風呂から上がり自室に帰って来ると、同室の克朗が手首を血だらけにして
立っていたという。その表情には何の感情も浮かばれていなかったそうだ。
「・・・分かりません。でも三上・・・君は、嘘はついていないように思うのは確かです」
それはそうだろう。亮が嘘をついても、何の得にもなり得ない。だが、それ以前にこの二人は『親友』同志の関係だと聞いている。
嘘じゃないと思うのは、多分、信頼からだと私は思った。
「しかし俺は三上・・君が言うように、俺が“そう”だとは思えません。
本などで調べてみたんです。俺にはとても、自分が“そう”とは思えないんですが」
「うん。私の診てきた患者さんも、そう思っていた人はいたよ」
だいだいにおいて、本人に自覚症状はない。
「まぁ・・・・違ってもそうであっても、何にしても、君が自分の手首を切ったというのは、問題だからね。
診察は必要だと私は思う。それに異議はある?」
私はわざと、楽天的にそう言った。患者が意固地に『自分は違う』と思うのは良くない傾向だ。
(私の立場からでもそれは同じ事。周りがいくらそう言ってても、自分の目で耳で診て、そうして病状を把握する。
そうするよう心掛けている。何事も「決め付け」はよくない。)
私の言葉に克朗は、いいえ、ありません。よろしくお願いしますと素直に答えて、頭を下げた。
とても礼儀正しく、好感の持てる少年だと思った。
「決め付け」はよくないと思っていたが、どうしても彼がそうだとは思えなかった。
多重人格。解離性同一性障害。
自分以外の自分がいる。