「・・・・話ってなんだよ?」 「今日でお別れしましょ」 「何?」 「ほなね。樺地となかよーなぁ」 1分も経っていない別れ話は、跡部にとって初めての体験だった。 寒空。 どんよりとした昼休み。 人気のつかない旧校舎の裏へ、自分を呼び出したヤツはさらりと言った。 用事が済んだとばかりに、ヤツは―――自分と同じ部活の同級生、そしてほんのついさっきまでは恋人だった――― 忍足侑士は自分に背を向け歩き出した。 「・・・・・」 跡部は止まっていた思考を、めまぐるしく働き出す。 4時間目の数学の計算式よりも、早く答えを導き出そうとした。 (別れる?ヤツ自身が言い出した関係なのに?) これといって、昨日までほとんどヤツの態度は変わっていない。 現にヤツは昨日も俺の部屋へ来ていた。 (・・・新手のからかいか?) だったら、ここで追いすがればのちのちヤツはずっとそれを言ってからかうつもりだ。 どうすれば、自分にとって有利に働くかを考える。 だが思考錯誤している間に、どんどん忍足と跡部の距離は広がっていった。 言いたいことがあるのなら、今、言わなければ。 多分、もう、その後には聞けない。 そういう予感。 焦燥感はあったけれど。 跡部は、一言もその喉から音を漏らす事もなく、忍足が去るのを見送った。 FIGHT CLUB 何故、別れたのか。 その理由は、その日の夕方にすぐ分かった。 「・・・アトベ!?」 真っ赤に染まる頬を見せて、ジローが慌てふためいている。 その隣で部室の机に座って、跡部を見るなり余裕の表情の忍足。 「・・・・樺地、行くぞ」 「ウス」 それだけ言って、走り去ろうとした。 見ていたくなかった。 「跡部、待ちぃや」 呼び止められる。 あの男に。 反射的に振り向いた。 「・・・・なんや、泣いてんのかと思ったやん」 乱れた制服を整えもせずに、忍足は目を細めて。 ------嘲笑った。 カッとなって我を忘れたのは、やはり跡部にとって今日が初めての体験だった。 冷静沈着な頭脳、余裕の表情、不遜な態度。 それが跡部章吾という男にふさわしい言葉だと、自分でも思っていたのに。 「オシタリッ!!」 忍足は跡部に殴られた勢いのまま、座っていた机から落ちた。 跡部の思いがけない行動に、驚くジロー。 「オシタリッ!だいじょうぶ・・・?アトベッ!・・・なんで・・・」 キッと俺を睨むジローは普段の茫洋とした彼と違い、まるで試合をしているような研ぎ澄まされた野生の動物を連想させた。 ジローの非難の声は、怒りで荒れていた跡部の耳には遠く流れる。 「・・・・ええて、ジロー。これでおあいこになるから」 「え!?ちょ・・・オシタ・・・」 突然、忍足が起き上がったかと思うと、跡部の左頬に激痛が走った。 勢いで吹き飛ぶはずだった俺の身体は、床に叩き付けられることなく、フワリと支えられる。 「か、樺地?」 「ウス」 上を向くといつも自分の側にいる男が、自分の身体を受け止めている。 「・・・うっわ。せっこー!オレは思いっきりダイブしたのになぁ・・・・痛っぁ!」 右手をプラプラとさせていた忍足は、うめきながら手で口を押さえた。 「オシタリ・・・お前、口切ってるだろ?ちょっと見せて・・・」 立ったまま呆然と見ていたジローが、起立して忍足を気遣う。 心配そうに忍足の口の中を覗き込むジローと、言われるままの忍足。 「・・・・」 跡部はその様子を見ながら、左頬がどんどん痛みを訴えている自分の現状を把握する。 やっと自分が忍足に殴られた事を自覚した。 口の中は血の味が充満している。 そういえば、人に殴られたことは跡部にとってまたも初めての体験だった。 「イテッ・・・」 手で口元を触ると、それだけで酷く痛む。 跡部は今だ支えている樺地の腕から離れた。 「オシタリ、保健室行ったほうがいいかも・・・」 「ええて、そんな大層にせんでも」 「・・・・」 自分の目の前には、今にもキスシーンを始めそうな二人が必要以上に身体を密着させている。 (・・・・こいつら、人の気もしらないで) 怒りが湧いてくるのは気のせいだろうか? 「おい、樺地」 「ウス」 従者のように自分の後ろに控えていた男に、声を掛ける。 「こいつら、むかつく。そう思うよな?」 「ウス」 「もう一発、殴ってもいいと、そう思うよな?」 従者の分かり切った肯定の返事を待たずに、跡部は再び忍足の顔面へ殴りかかった。 しかし、跡部の怒りの拳は忍足のその整った顔には触れることは叶わなかった。 彼の頬に触れるより先に、ジローの手がそれを遮った。 「・・・ッ!」 「もう充分だろ?」 ジローは跡部を睨み付けながらそう言う。 普段と比べようもないほどで、別人のようだった。 しかし跡部が忍足を殴ったこと自体よりも、まるでこの目は・・・・。 (コイツ・・・) 「これくらいでかんにんしてーや。部長」 自分を庇ったジローに、多少驚いた表情をしながら忍足はおどけたふうを装う。 「・・・・さっき殴られたのはお前なりの謝罪のつもりか?」 睨み付ける。 忍足はそれには答えずその跡部の鋭い視線をさらりとかわして、口角を上げた笑みを浮かべた。 馬鹿にしているようにも見えたし、申し訳ないような、なんとも言い表せない表情。 「・・・・つくづく、嫌味なヤロウだな。お前は」 忍足なりの謝り方なら、もう何を言っても無駄だろう。 ジローに押さえられていた右手を振り払う。 ちらりと彼を見やると、まだ跡部を睨んでいる。 その目は、知っている。 以前に付き合った女が、よくしていた。 嫉妬だ。 それも強烈な。 (コイツ・・・俺と忍足の関係知ってやがったのか?) 抜け目のないあの忍足が、隠していた事実。樺地も知らないことをだ。 ジローの意外な一面を見た。 「・・・樺地、いくぞ」 「ウス」 振り向くと、目的であった部活の日報を手に持っている樺地がドアの辺りで待っていた。 それにふっと軽く笑う。部室を去る際、言い忘れたように跡部は忍足の名を呼んだ。 「・・・忍足」 「何や?」 「苦労するぞ」 「あ?」 「じゃあな。ジローと仲良くしろよ」 できるかぎり皮肉げに笑ってやった。 「・・・なんやの?あいつ」 部室を出る時、忍足のそんな言葉を聞いた。 外は、寒く冷たい風が跡部を襲う。 その風が口が切れた場所に染みわたり、酷く痛んだ。 辺りはすっかり日が沈んで、運動部ももう残っていない。 忍足も帰り際にこの染み渡るような痛みを味わうのかと思うと、気分が少し晴れやかになる。 あの、別れを言い渡された時よりも気分はずいぶん楽になった。 それも、忍足を一発殴ったおかげか? 「・・・忍足が考えたとおりになったってわけか」 樺地の存在も忘れて、一人ごちる。 独り言だと分かっているのか、肯定の声はない。 やつの考えた謝罪の仕方は、腹立たしいがオレには至極噛み合ったのだ。 プライドの高い、オレには---------。 改稿ってやつですね。なんとなく整理してたら、読んだらあまりの誤字と文章の繋がりのなさに見かねて。 一番最初に書いた跡忍跡の改良版。 ・・・結末はジロ忍に書き直しました。ジロさんの嫉妬。 この後跡部がジロからかって、ジロを嫉妬させて忍足を悩ませるのでしょうね?(ニヤリ)