その巨大なものは崩れ始めた建材の上に降り立つ。
いや、浮いている。
そのモノの白い金属で出来た足は地面から浮いている、雷を伴って。
「な、なんだ………あれは…?」
「お兄ちゃんあれが、あれがGEARを……」
巨大なモノの双眸が赤くきらめいた。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!!
奴から放たれた赤い光が一本木のすぐ横を通り過ぎて行く。
一本木は何一つ、反応すら出来ず、ただ目を見開く事しか出来なかった。
奴から放たれた光線は折り重なった建物を真っ二つにしていた。
思い出した様に分かれる建材。
ズンッと重い音が一本木を我に帰す。
「し、詩織、今助けてやるからな!」
一一これで半分以下の重さだ一一
赤い光線によって折り重なった建物は見事にカットされていた。
「三トンくらいなら……ぉぉおおおおおっ!」
一本木の腕が膨れ上り、ジャケットの袖が裂けた。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぁああああああああっっ!!!!!!」
烈帛の気合いと共に空気が震えた。
ビルが一つひっくり返されたのだ。
ゴオオオオオォォンっ!
「詩織っ!」
ぎゅっと立ち上がる事の出来ない妹を抱き寄せる。
「良かった……!」
目の端に一条の光が走る。
妹だけなのだ。
彼女以外の全ての人間は一本木にとって無価値、走り仲間とて便利の良い利用材料に過ぎなかった。
「逃げてぇ…」
その妹はいまだ壊れたテープレコーダーの様に、先程と同じ単語を繰り返すだけ。
一本木がその力強い腕で華奢な身体を包み込むが、詩織は何ら反応を示さない。
そして………一本木の眼前に奴が飛び降りた。
一本木は詩織を抱いたまま、奴を見上げる。
奴はその朱の目を一本木に向けて、こう言った。
「……私と戦え…」
一本木の思考が停止した。
一一一何だ…? 喋った…? コイツは一体………一一一
そこで一本木は一つの事に思い至った。
一一一まさか……一一一
だが、奴はそれ以上の思考を一本木に許さなかった。
奴はもう一度爆弾の様な言葉を一本木に投げつける。
「私と戦え…、貴様は現在この地球上で最も強大なエネルギーを有している……」
ここで一度言葉を切り、奴は眼光鋭く、手招きをし挑発した。
「この世界に最強は二人も不要……!!!」
一本木はその言葉に一つの事実を見い出す。
すなわち一一一
「…じゃあ何か? テメェはオレと戦うだけの為に街をこんなにしたってのか!!!!?」
一本木が吠える。
憤怒の気で叩き付けられた、恐ろしい質量の気迫にも奴はビクともせず、即答した。
「そうだ! 私にとってヒトなど塵芥に等しい!」
沈黙が場を支配する………が、
周りのビルが崩れる音や、断末魔の悲鳴、GEARの歓喜の雄叫びは絶えず続いている。
「……言い切ってくれるじゃねぇか……」
口の端に邪悪な笑みさえ浮かべて一一一。
「もっとも…街がどうなろうと知ったこっちゃ無かったが………」
一本木はちらと肩越しに妹の姿を改める。
「詩織が傷ついたのだけは許せねぇっっっっっ!!!!」
パンッと拳と掌を打ち合わせ…不敵に笑う。
「ブチ殺す……!」
「……ふ……ふはははは……!」
GEARが笑う。
それは紛れもなく失笑であり嘲笑であった。
「クックックッ……! 殺す? この私をか? 確率は低いぞ…?」
その巨体を揺すりながら笑い続けるGEAR。
だが、一本木は全く意に介さず、奴に近寄ると見上げて言った。
「ぅるせぇ…。殺してやるぜ…ギア野郎…!!」
「ギア野郎…? 可笑しな言葉だ…」
バチンっと奴の黒と白の金属で出来た腕が鳴る。
「私は『Type-01 Gear』の『Justice』だ…」
肩の後ろのスラスターがヒュゴッと排気する。
空気の流れが変わる、さながら乱気流の如く地を舐める様に吹き荒れる風。
砂塵が舞い、これから始まるであろう戦いへのテンションを上げる。
「んな事ぁどうでも良いんだよ…………ジャスティス…!」
一本木が脱ぎ捨てたジャケットが風に舞う。
互いのテンションが最高に達したその瞬間、仕掛けたのは一本木だった。
「くらえぇっ!!」
鞭の様にしなる飛び右後ろ廻し蹴りがジャスティスの延髄にきまる!
ゴッと派手な音が響き一一一
それだけだった。
ジャスティスは一本木の右足を掴むと、キッと遥か遠方を見据え………。
軽々と投げ飛ばした!
裕に5、いや7メートルの上空へと放り投げられた一本木。
ジャスティスから数百メートルは離れた場所でようやく地面に落ちるが、勢いは削がれずそのまま滑る。
地面を滑る一本木の先には一一一
ドスッ!!
「か……は……っ!」
一本木の胸から、腹から合計三本の鉄骨が生えている。
震える手でそれを確認する。
鋭く折れたそれは一本木の右胸、鳩尾、腎臓のあたりから突き出ている。
ゴォッ!!
暴風が舞う!!
ジャスティスがその巨体を疾らせ一本木に迫り来る!
「ダッシュ……ミカエル・ソード……!!!」
蒼い残像を後方に残し、地面を滑る様に走る!
指が一本の剣になるべく伸びる!
そして超高速で振られたその手刀が一本木に肉薄する!
黒いなにかが飛んでくる、一本木にはそうにしか見えなかった。
間違い無く自分の命を断つであろうその飛来するものを前に一本木は思った。
一一一まだ死ねない一一一!
死中に活を見い出す。
「ちぃっ」
舌打ち一つすると、痛みなぞないかの様に、一本木は迫り来るジャスティスの足元に飛び込み前転をした。
鉄骨が肉を裂く!!
一本木はジャスティスのミカエル・ソードをかわし、ジャスティスのがら空きの脇を取れた。
だが無理に動いた為に体勢が整わない、
更に今だ刺さったままの鉄骨が一本木に行動を許さなかった。
ジャスティスは腕を振り切った体勢からゆっくりと一本木へと振り返ると、
心底落胆した口調でいった。
「この程度か………つまらん。 肩すかしだな」
「あ?」
ズボッ!
一本木は鉄骨を力任せに引き抜く。
抜けた鉄骨が地面に落ちる。
一本木は息を整えると誰が聞いても虚勢にしか聞こえない台詞をはいた。
「ばーか。 これから本気だ…!」
「ほう? ではその本気とやらを見せて貰おうか…!!!」
ジャスティスはおもしろそうに目を細めた。
双肩の直方体が蒼いプラズマを発する。
「!? エネルギーを集中させてやがるのか?」
そうジャスティスはエネルギーを溜めている。
双肩の直方体がきらめいた。
箱が開く。
そこには赤いコアがいくつも存在していた。
溜められたエネルギーがコアの間で加速し、方向性を与えられる!
エネルギーは増幅され、一条の巨大な光線となる。
その青晧い光線は圧倒的破壊力をもって一本木を砕かんと放たれた!
これこそが、ジャスティス最大最強の必殺技!
「ガンマ・レイ!!」
まばゆいばかりの閃光が空間を満たす。
放たれたエネルギーは一本木はおろか辺りの全てを飲み込み消滅させていった。
「この程度だったか…」
大気は破壊の余波で吹き荒れ、ジャスティスに吹きつけ、去って行く。
ジャスティスの眼前には地平線ともうもうと巻き起こっている土煙しかない。
そして、ジャスティスが背を向け何処かへと去ろうとした瞬間、空気の流れが変わった。
先程一本木が立っていた場所だ。
空気は一度そこに吸い込まれる様に集中し、その後、爆発するように四散した。
「むっ!」
ジャスティスは思わず声を漏らす。
土煙が吹き飛ばされ、うっすらと人影が見える。
無論、それは……一本木だった。
一本木の突き出した右手の周りに蒼皓い光の魔法陣が展開されている。
それは後の世で語られる『聖騎士団』の内、防御を担当する『法支援』が使いうる内の、
最も堅固で難度の高い術である一一一
パーフェクト・アブソーブ
「絶対不可侵領域……」
「お兄ちゃん!」
ジャスティスの遥か後方に居た為、難を逃れた詩織の声が響く。
「バカな!? 防ぎきったと言うのか!!」
驚愕の声が響く中、ゆっくりと一本木はジャスティスへと歩む。
「いいや、喰らったさ…。 全体の10%程はな……」
ゆるり、とファイティングポーズのまま、上体を倒す。
それだけで、たったそれだけの緩やかな動きだと言うのに、一本木の体の輪郭が幾重にもブレて発生する。
「だがまだまだいけるぜ…!!」
フッとジャスティスの眼前から一本木が消失する!
ガゴォォォンッッッ!!!!
巨大な質量を持つもの同士がぶつかりあう時の音を立て、一本木の飛び後ろ廻し蹴りが再び炸裂した!
まるで山が揺らぐかの如く、体勢を崩すジャスティス。
一一一効いている一一一
「バカな………!」
グラリと前屈したジャスティスの全身を無数の拳が殴打する。
その速さはジャスティスをして見切る事が出来ない。
一本木はジャスティスの尻尾を掴むとその場で一回転を行い、
遠心力を味方に、ジャスティスを投げ飛ばした。
地上スレスレを風を切り、吹き飛ぶジャスティス。
ドンッ! と鉄の固まりが地面に落ちた様な音を立てて、一本木が地面を蹴った。
かなりの速度で前方を飛ぶジャスティスにそれこそ瞬く間に追い付くと、
一本木はもう一度大地を蹴り、空高く舞い上がる。
一一一そして一一一
一本木は空中に地面が存在するかの様に、地上へ『跳躍』した!
一本木の拳の前にに蒼い光が六芒星の形に展開する!
ペイン・キラー
「背徳邪心徒ァーーッ!」
そのままその拳を重力と、空気の壁を蹴った速度に任せて、ジャスティスの腹に叩き込む!
ズガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!
盛大に土砂を巻上げながら遥か彼方へと吹き飛ぶジャスティス。
崩れ落ちたビルに彼は激突する。
ゴォオォォォォオオオンっ!!!!!
「………何故だ…。何故奴にこれほどの力が……?(まさか!!?)」
建材に埋もれたままのジャスティスに一瞬驚愕の色が浮かんだ。
だが、ジャスティスの思考する時間すら与えぬ程速く、既に一本木は間合いを詰めていた。
「ぬっ!」
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
先程と同じく右手に込められた(*)超魔力が六芒星を描いている。
一一一死ねっ!
渾身の力を込めて放たれた正拳がジャスティスに命中した…
と思った瞬間だった。
カッ!
辺り一面がまばゆい光に支配され、何も見えなくなったのは。
そして、光が収まったとき、戦場の直ぐ傍にまで知らず知らず歩いてきていた詩織が見たものは、
左腰から右肩にかけてざっくりと切り裂かれ、高熱でその傷口を焼かれ、地にひれ伏す一本木の姿だった。
「あ…?」
朱の髪がなびく。
ジャスティスの尾に雷がほとばしっている。
彼は後転しただけだったのである。
だが、この動きこそが一一一
ストライクバックテイル
「…S.B.T…………………!」
「ぐぎゃぁああああああぁぁああああぁあっ!!!!!」
ジャスティスの声を皮切りに苦しみのたうちまわる一本木。
悶え苦しむ度に鮮血がじわじわと染み出す。
いっそ気が狂って正気をなくした方が遥かに楽な程、激痛が身体全体を蝕む。
支配者の様に、冷酷に。勝利者の様に、傲然と。
ジャスティスは無様に転げ回る一本木を見下していた。
「お兄ちゃん!!!」
一本木の目に駆け寄る妹の姿が映る。
そして彼はとっさに叫ぶ。
「来るなっっっっ!!!」
と。
「お兄ちゃん!! もう良いよっ!! 私の事は良いから逃げてぇっ!!!」
その声にジャスティスが振り向いた。
彼の凶悪な瞳に射すくめられ、ビクッと体を震わしたが最期、まったく動けなくなる詩織。
ゆっくりと一一一いやむしろおぼつかない足取りで一一一歩み寄るジャスティス。
詩織の体の震えが、一歩近づく毎に激しくなる。
そして、ジャスティスが眼前に立つ。
「リィ………………?」
「え?」
ジャスティスはすぐ傍の詩織にすら聞き取れない程小さな声でつぶやくと、
そっと手を詩織の頭に乗せようとする。
「ひ…っ」
「リィ……」
ゴゴゴゴゴゴガコン!!!!!!!!
「ぐぅっっ!!!」
ジャスティスは横からのエネルギーに派手に吹き飛んだ。
水蒸気が立ちこめていた。
それが空気に溶け込むとそこに一本木の姿があった。
「詩織に…、詩織に手を出すなぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」
四つん這いになりながら、身体中から血を噴き出しながら、それでも敵を射抜く瞳はそのままに。
その体勢のままで突き出された右手から蒼い煙が発生していた。
一一一間違いない。
ジャスティスは目を細めた。
「ガンマ・レイを防ぐ超魔力にS.B.T.を喰らっても立ち上がる肉体………」
この事実がジャスティスに一つの答えを導いた。
(*)
「卑・泥獄堕法第一法………『不死』だな?」
一本木の瞳がさらに狂気をはらむ。
触れてはいけない事なのか。
「だまれ!! 今すぐ殺してやる…!」
だが哀れかな、力を込めし膝も腕も全身がまったく頼りなく、
一本木は無様に立ち上がる事すら出来ず、地を這うだけだった、
「ふん、虚勢を張ったところで……」
ジャスティスの双眸が紅くきらめいた!
蒼い残像を残して一本木に迫る!
「これには耐えられまい!」
「お兄ちゃあああぁぁぁん!!!!」
詩織の絶叫が廃虚にこだました。
もはや灰燼と化した一本木はその場に崩れ落ちた。
じゅうじゅうと肉を焦がす臭いが辺りに漂う。
詩織が駆け寄った。
「お兄ちゃんッ、お兄ちゃんッ!!」
何も出来ない、
この死の境目で苦しむ兄に何も出来ない。
詩織は首から下がぐずぐずに炭化した兄に触れる事すらも出来なかった。
ただ、涙を流す事しか出来なかった。
そのとき、詩織は背後に青皓い光が瞬いたのを見た。
「とどめを撃つ…」
一一一ガンマ・レイ一一一
この状態の一本木には、そして詩織には過ぎた力だろう。
だがジャスティスはあえてこの技を選んだ。
何故か一一一?
それは彼自身にも不可解だった。
ただ。
「そこをどけ小娘…」
小さく王はつぶやいた。
双肩のコアにはもう充分なエネルギーが溜められていた。
後は放つ。
それだけでこの戦いは終る。
最強は私だ!
詩織はゆっくりと立ち上がると、ジャスティスへと振り返った。
何を一一一
思うよりも早く。
詩織は徐々に両腕を広げて行く。
指先が、いや腕が、そこから全身へと震えが広がりながらも。
埃と泥で汚された体を退く事なくジャスティスへと向ける。
瞳には怯えが、
だが、その奥には勇気と決意!
「どかない!!! わたしがっ、わたしがお兄ちゃんの盾になるっ!」
「!」
瞬間ジャスティスはためらった。
だがこれ以上はコアにエネルギーを溜め置けない。
そして一一一
世界が再び蒼白く染まる。
「生きて…る?」
詩織がポツリとつぶやいた。
確かに彼女は生きていた。
そして一本木も。
ガンマ・レイは外されたのだ。
他でもないジャスティスの意思によって。
「……………バカ、なにやってんだ…早く逃げろ…」
「お兄ちゃん!!」
振り返れば既に上半身の再生が始まっている一本木がいた。
ぶるぶると手を動かして、なんとか立ち上がろうとする。
が、肝心の足はボロボロに炭化したままだった。
「……とどめを刺してくれる」
シュン!
声と共にジャスティスの右手が剣化する。
そして、
一瞬の後にそれは大上段から振り下ろされた。
一本木はやけに時間を長く感じていた。
真っ直ぐ地面を滑るように、しかしゆっくりとジャスティスが迫り来る。
一一一詩織は。
やはり動かない。
やたらとお兄ちゃんお兄ちゃんとべったりな妹だったな。
何故か過去形でしか思えなかった。
だが、この瞬間になって思う、オレの方がこいつに依存していたのかもしれない、と。
ゆっくりと一本木の手が上げられた。
お前がいてくれて良かった……。でなければ、オレはとっくに生きる事を拒否していた。
一一一ごめんな、詩織一一一
トンとわずかに指先が触れた、しかしそれだけでも詩織を攻撃範囲外に飛ばす事はできた。
驚きと、悲しみ、そして絶望が彼女の目を見開かせた。
「お兄ちゃんッ!」
ゴォッッ!!
まばゆいばかりの閃光と轟音、暴風が辺りを支配する。
背中でその衝撃を受ける事になった詩織は遥か彼方に吹き飛ばされた。
ザザザザザァァッッ
「きゃっ!」
地面から突き出たコンクリート塊に背中をぶつけ、ようやく詩織は停止した。
随分と吹き飛ばされたのかもしれない。
着ていたレモン色のワンピースはもはや布の切れ端をわずかに残すだけとなっていた。
「〜〜〜ッ」
数度頭を振って意識を覚醒させる。
はっきりとした頭がまず最初に思ったのは兄の心配だった。
「お兄ちゃん!!」
その声に応える様に、もうもうと立ちこめる煙の中に、一つの人影が現われた。
「お兄ぃ! ……ちゃ…ん……」
語尾はかすれる様に小さく、そして絶望に彩られていた。
何故なら、そこにいたのはジャスティス。
恐怖の権化とも言える物だったからだ。
ジャスティスは手にしていた何かを詩織の足元に投げつけた。
「そら、お目当てはそこに転がっているぞ…」
「え………?」
クックックッと巨体を揺すりながらさも愉しそうに笑ってみせた。
ゆっくりと、恐る恐る詩織は目線を下に向ける。
なかば想像はついていた。
見たくはなかった。
逃げ出したかった。
一一一でも。
目を背ける事は何故か出来なかった。
幼い、無垢で大きな瞳がこれ以上はないくらいに一瞬見開かれた。
「…お………兄ちゃ………ん…」
ぶるぶると激しく震える詩織の手が、
五体バラバラに切り刻まれた兄の頬へと伸びる。
號びはなかった。
ただ、詩織は涙をこぼし、兄の頭部を抱きしめた。
「どうして…? どうしてこんなことに…」
「…………」
ギアの王は何も言わず、ただ彼女を見下ろすだけだ。
クルリと、真紅の髪をなびかせて彼は踵を返した。
そして一歩、二歩とその場を後にする。
「殺さ…………ないの?」
たった一言、彼は背中を向けたまま言った。
「無益…」
と、感情を込めない声で。
いや、或いは複雑に思念が絡まった結果の冷淡な音声だったのかもしれない。
ともかく、彼の背中のスラスターがきらめく。
ヒュゴッと勢い良く蒼白い光が吐き出される。
そして、ジャスティスは夜の闇に消えた。
「ごめんね、お兄ちゃん…………私も…………私もすぐ行くから………」
夜がこれほどまで静寂なものだと、はじめて詩織は知った。
物音すらない、ただ星の光だけがきらきらと降り注ぐ。
「見て……星がこんなに沢山輝いてる……私もあそこに行けるのかな…」
闇の闇、それゆえに星の光は眩しいほどだった。
詩織は少し、この世界が好きになった。
「…あ、多分お兄ちゃんは地獄だね………でも安心して、私も、星達の場所には行かないから。
……行けないから……」
一本木の頭を更に強く抱き締める。
詩織の脳裏に惨烈な一生がよぎった。
腐臭。
血の臭い。
GEAR
群れを成してそこに。
「すぐに、いく…………から…ね」
血に飢えた本能のままに生きる生物共。
なればいたいけな少女を喰らう事にすらためらいはなかろう。
事実、数秒の後には血飛沫が噴水の如く湧いたのだから…。
一本木勇は見ていた、聞いていた、生きていた。
妹の悲痛なる言葉、
妹が咀嚼される様、
妹が最期まで己を抱いてくれていた事すら、
彼には分かっていた。
力に酔いしれた事もある。
卑・泥獄堕法第一法 『不死』
それが与えたモノは限界なき力と恐怖。
力はいくらでも手に入った。
望めば人の身では操ることすら困難な術を容易く手に出来た。
どれだけ身体を刻まれようとも死ぬ事も、痛みすらなかった。
そして、恐怖一一一
何も感じない事は最上の恐怖にも繋がった。
あの温もりが感じることが出来なくなった。
詩織の一一一。
酔いしれたこともある、その狂気に。
死に行く意識の中、一本木は残されたありったけの力を解放し……。
本当に斯様な者を『職』につけるのですかな、King of King よ…。
ああ、この時代最高の力を持つこの者にしか出来ぬことだ。
しかし、人間を…。
かまわん、と僕が言っている。さぁはじめよう。
転生の儀式を、ですな。
そうだ、この者にかつて僕の『右に座したる者』の力を与える為に……。
(*)超魔力:人間が持つことが不可能な程の膨大な魔法力を指す、
(*)卑・泥獄堕法第一法『不死』:660の魔法体系の別に存在する6の、俗に言う『禁呪』の一つ。
ガンマ・レイやナイトメア・サーキュラー等がそれにあたる。
えてして通常空間の因果律をねじ曲げる事もある。
今回一本木はガンマ・レイに匹敵するほどの力を瞬時に溜めた。 モドル
これは契約者の触覚と引き替えに不死身の身体を与える。
ただし、今回の様に超魔力で攻撃された場合には痛覚が顕在化する。
一本木が死亡したのは脳組織が酸素欠乏で死に絶えたから。(心臓は動き続けている)
流石に胴体と首を離したまま生き続けるのは無理だったようだ。 モドル