|
濃淡取り混ぜた灰色の雲の海が、空一面を埋め尽くす日だった。 直には見えない高い太陽の光が、時折雲を透かして光幕を降ろす日だった。 「明日は雪かみぞれだろうと博士が言っていましたから、兄上も暖かくしていて下さいね」 冬の冷たさすら楽しいのか、いとまごいの時にスバルが言った声と笑顔の映像で眼が覚めた。 「冬の花弁」 何度も怪我をしている割に治癒力の高い身体は、それでも現在能力をフル稼働させているのだろう。 メテオ内の治療室から出られる位にはなったので以前の長期意識不明状態の時よりはまだマシだと言えたが、それでも病み上がりの上に激闘を重ねたアルテアの現在状態は、今もって日中の最も暖かい時間帯にのみ歩き回れる位で、他の時間は常になまぬるい眠気とぼんやりとした熱を起こしていた。 だから窓の外で鳴るぱらぱらとした音が突然耳に入ってきた時、アルテアはまず緩慢過ぎるほど緩慢な動作で時間をかけて身を起こしたのだ。 自身の基準からいけば信じられないほど『動かしていない』身体は、軽く腕や足を伸ばすだけで何とも言えない感触と痺れをもたらす。 身体を動かす為に行っている動作は、副産物があまりに甘く気持ち良いものだった。 だから思わず再び眠りにつきたくなりかけたのだが、最終的には半怪我人の重力に従って横になっておきたい欲求よりも、覚醒してくる意識に届いた先程よりも鮮明な外の音への好奇心に軍配が上がった。 気を散らせばあっという間に消えるが、動きを止め、耳を澄ませば確かに雨とは違う音。 アルテアは音を逃がさない様に息をひそめると、上掛けを肩に羽織り素足のままで窓際へ寄った。 今アルテアがいる建物は地球から仮に持ち込まれたプレハブ群の中でも二階建てになっているものの一つ。 地上よりも高い位置にある部屋だが、視界の限界となる窓は外に立った時の広さとは比べるべくもない。 けれども可能な限り空を見上げれば、雨よりも薄く眩く光る粒が見えた。 緩やかに流れる風に押し流され、重く見える雲は視認できる速さで動いている。 見覚えのある淡い光景と、窓を開けずとも伝わる冷気にアルテアは降りしきるものの正体を知った。 「みぞれ……」 雹というには小さく軽く、雪というには柔らかで薄い。さりとて雨ほど細くないそれは、地表に到達した瞬間に消え失せる凍気の破片だった。 天候が管理されていた時代においては、冬の早朝のひとときにしかこれを見る事は叶わなかったと思い出す。 肌を震わせ息を白く染める季節には、目覚めた時既に降るものは雪だったからだ。 だから知識としてしか知らなかったが、こうして日中に澄んだ音をさせて降るそれは、データとして残されている解説文面よりもずっと雅だった。 緩やかに緩やかに変わっていく複雑な気候だけが生み出す冬の花弁は、眼の前を通り過ぎる瞬間だけ光を帯びる。 「外に出てみるか」 みぞれは長くは続かないという。ましてアルクトスの気候を『読む』事など自分にはできないから、この後どうなるか判らない。 せいぜい日が傾くにつれて外が一桁に近い温度へ向かっていく事の予想がつくだけだ。 そして未だ本調子ではない自分の身体には良くないだろうという事も。 (今なら誰にも見つからんだろう) 見つかれば強引に引き戻されるという認識はあるが、窓から感じる冷気が心地良い。 外に出ればもっと広い視界で冬を感じられると思ったら、アルテアはらしくなく部屋を抜け出してみたくなった。 <終わり> |