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「非日常の日」 春の立つ日は日常にあらず。時の境には「お化け」がでる。 この世の理も常識も縛りも、なにもかもが束の間狂乱へと消える日。 壮大な仮装と言って良かった。壮大にしておかしい仮装の祭。 さながらハロウィンの日の様に、規模と風景こそ違うが確かに少しずつ『いつもと違う』人達がそこかしこにいた。 どうやら洋の東西を問わず、一年の変わり目には非日常の空間が口を開けるらしい。 その上で豆を売っていたりするのだから、アミューズメントパークは混沌の空間と化している。 「行かなくて、つーか行けなくて良かったな」 「三学期がちょっとだけ長い事に感謝」 テレビに映る鬼のきぐるみの集団や、この日以外ではあんまり見ないだろうウィッグをつけた彼女達。 それらを流すテレビを見ながら、北斗と銀河はしみじみと今さっきの集会で配られた豆を口に運んだ。 毎年節分の日には授業時間が少しだけ短縮され、詰めた時間を使っての給食前に短めの全校集会がある。そこでこの日にまつわる校長先生のお話を聞き、一時間目の前に配られていた豆入りの袋から一粒だけをつまみ出し、合唱と共にどこでもいいから放り投げるのが常の行事。 この際の合唱はおなじみ『鬼は外、福は内』なのだが、一年生の時からずっといる銀河ですらヤケ気味に叫ばないと何となく恥ずかしく、他の声に紛れて言っている。 こめかみにきつい音量が体育館を震わせるあたり、自分だけが恥ずかしいのではないというのが救いだった。 皆でやれば怖くないというが、裏返る声も混じる様な合唱を通り越して絶叫の一瞬は、かなり多くの人がヤケ声である証拠。 ――銀河でそんな状態なのだから、いわんや北斗とエリスは半瞬遅れて、スバルに至っては逆に声も手も上がらなかった。 相当圧倒されている金髪の少年は、「豆!」と一言で短く促されてやっと投げる事ができたのだ。 それでもはなからタイミングなどあってない様なものなので全く不自然には思われなく、その点スバルはほっとしていた。 ばらばらと投げられる豆の乱舞――主に低学年の子供達が体育館の床から豆を拾って再度投げるのだ――とざわめきは教室への帰り道まで長く続くのだ。多少の遅れなど何ら問題ではない。 そうして教室に帰ってきて、給食の時間に入ってから残りの豆を歳の数だけ食べているのが今。 この豆だが、嫌いな人は食べなくても良いし、他の人にあげてしまってもそのまま持ち帰ってしまっても良し。 エリスなどは食べられない訳ではないが、不思議さ半分興味半分でしげしげと眺めて持ち帰りコースを選択した一人である。 銀河は豆の嫌いなクラスメートとあらかじめ約束をしておいて、一袋を未開封のまま譲り受けている。 本来集会の時点で未開封はありえないのだが、厳密に決まっても監視されているのでもないのでこういうやり取りは皆慣れっこになっているのだ。 ちなみに入手した新品の豆袋の行き先は、家で待っている乙女である。一度帰宅して残りの豆を乙女にあげたら、それ以来楽しみにされてしまったのだ。 その頃ようやく固い物を食べられる様になった彼女のお気に召したのだろう。不思議なもので、未だにどのメーカーの豆よりもそれが良いと言う。 北斗とスバルはいたって静かにかりかりと食べているが、きっちり歳の分だけ先に出しておいて、既に袋の口をセロハンテープで閉じている。 帰って残りを食べるのか投げるのか人にあげるのかは定かではない。 ともあれ、そんな感じで四人が机を並べている給食の時間。 見上げる視線の先についたテレビを見て、漏らした感想が先のやり取りだった。 自分達は学校があるからここにいるが、今頃はGEARの大人達は進んであの黒山の中に入っているかもしれない。 公然の組織ではなかった時ですら、アミューズメントパークで行われるコンサートのチケットを入手してきていたのだ。映っているイベントがC−DRiVE絡みでの豆まきイベントで、GEARが秘密の組織ではなくなった現在、自分達だけのみならず子供達がその場にいた場合、お祭好きの面々に引かれてもろともに喧騒の海へ突入させられる危険も十分にありえる。 北斗もC−DRiVEは好きな方だし、エリスもスバルも楽しいのは嫌いではない。銀河は思い入れが別格だが、その銀河ですらあの人ごみの中に進んで入ろうとは思わない。 何が作用しているのかは知らないが、ありえない位ヒートアップしているからだ。何故か怖い。本当に何となくだが一歩退く。 今入ったら迷子になるか潰されると思うレベルでの熱狂がテレビで見てなお見受けられるのだから当然か。 唯一気になり、また原因かもしれないと思うのは、彼女達三人が今日だけ各々の髪型を交換しているという事。 だがそれもビデオのタイマーセットは抜かりなくしているので、後でゆっくりじっくり家で観賞できれば問題ない。 「これほど大規模のものははじめて見たが……催し物というのを差し引いても、何かいろいろ混じってないか?」 「あれは特殊だって。俺でも今まで見た事ねーもん」 「特殊?」 三人よりも歳が上のスバルは、食べる速度がほぼ変わらないので手の中の豆もまだ二粒ほど残っている。 体育館の時と似通った表情をしながら、『特殊』との返事へ不思議そうに聞き返した。 「節分は日常とは少し違う『行事』の類なのだろう?」 「節分の中でも特殊」 とりあえず本部へ行く時にちらりと眺めるだけで十分な位にはなー。 豆を砕く音に混ぜてそう言うと、銀河は歳の数を食べ終えたのかホッチキスで袋に封をする。 がちりと鳴った針の音は、行事の時だけつけられる教室のテレビから下る音にかき消された。 <終わり> |