What day is it today.


空と大地の境目に光点が生まれ、筋となり円となって広がり始めた。
そしてそれを受けるように眼下に広がる光景に人工の灯が一つまた一つ減り始めた頃。
天高くそびえ立つ高層ビルの一つ、普段なら一般人は誰も入れないような天辺、その端に人が一人腰掛けていた。
白いタキシードに、マント。
同色のシルクハットに靴、僅かに中に見えるシャツだけ晴れ渡った夏の空のような水色。
明け始めたとはいえ今だ薄闇が覆う空に白づくめの姿が仄かに浮かぶようだ。
夜の内に抜けきらなかった昼間の照り返しの余波とだいぶ暑さを増している気候には汗一つ浮かべた様子を見せず。
吹く風にマントの端を遊ばせながら整った顔には片眼鏡と楽しげな表情を乗せていた。
片膝を立てもう片足は端からゆらりと垂らし、白い手袋をしたその手で白い紙を折っていく。
普通なら折りづらいはずなのに少しのずれもなく手の中の紙は形を変え、違う姿へとなっていった。
僅かな時間の間に完成し、形になったそれを手のひらにのせる。
白い鳥、形からいって鳩だろう作品を両手のひらでそっと包んだ。
危なげなく端に立上がりOne.Two.Three.そう呟いて勢い良く手の中の物を空へと放つ。
羽ばたく音を立てて一羽の白い鳩が建物の隙間を抜けるよう飛んでいった。
その先、まるでそれを迎えるよう辺りを強い陽光が辺りを満たしていく。
光をその身に受けながら彼は満足気な笑みを浮かべてそれを見送った。
顔を覗かせた朝日と色が変わりゆく空に飲みこまれそうになっている星、 それ以外誰も観客のいない舞台となったビルの屋上で優雅に一礼するとマントを翻す。
次の瞬間小さな破裂音と煙を残して、白いその姿は消えていた。

小さくちぎれた白い雲が青い天井の端にぽつんと浮かんでいる。
背後から羽音がして一羽の白い鳩が飛んで行く。
学校からの帰り道、江戸川コナンは眼鏡のレンズ越しに何となくそれを見送っていると、羽音は頭上を飛び越えてゆっくり大きく一回りして戻って来た。
街中で良く見かける色ではない、真っ白な鳩は羽ばたきを繰り返しながら目の前まで降りてきた。
何となく止まり木にするみたいに腕を差しだすと、止まるように見えてそれは破裂した。
どこかで見たような白煙が広がりちょっとスプラッタな光景を覚悟してしまったが、 そんな事も無く僅かな火薬の香りとばたばたという音を残して白い煙が晴れた。
差し出した腕で煙を払い、辺りを見回すと目の前の地面に一枚のカードが有った。
こんな事する奴ァ一人しかいねえよな。多分。……二人も三人も居たら嫌だけどな。
そう思いながら溜め息を付き、破裂の際に飛び散りまだちらつく少量の紙吹雪を払う。
そして用心しつつ目の前のカードを拾った。
これ以上の仕掛けは無いらしく、無事拾いあげられた長方形の白いカード。
今は幸い人通りも無かったが、こんな所で立ち止まっていてはいずれ不審に思われるかも知れない。
それをポケットに突っ込んで少しだけ家路を辿る歩みを速める。
これ以上は何も起こらず、無事にお世話になっている毛利探偵事務所につくとランドセルを机に放り出す。
用事で出ているのだろうか、世帯主もいなかった部屋で取り出してもう一度じっくりそれを眺めた。
カードの角は丸みを帯び、真っ白かと思っていたが僅かにごく薄く灰色がかっていた。
はっきりとした宛名はなくそして署名もない。
上に短い文が一つ。真ん中辺りに長めの文が一つそしてその下に短い文が二つ。全てブルーブラックの文字で書かれている。
他には何も無し。だがこんな愉快な渡し方をしている時点で差出人はバレバレだと思う。

“―――此れは貴方に送られたもの。”
“蟹が線の上を一巡り。太陽の動きが止まる日に、生まれた子山羊に贈られるのは神より与えられた才能。 貴方ならば何を贈る?”
“今宵嫦娥が眠りに落ちる頃、兎が伺いに上がるでしょう。”

予告状ではないだろう、出す先が間違っているのだから。と、いうよりここから盗む物なんぞ何も無い。
家主が聞いたら激怒しそうな割と失礼なことを思いながらも、コナンの意識は文面へと向く。
悪戯かおふざけか、何かの冗談なのか。
指の間に挟んだカードをためつすがめつ、文の意味を考えてみた。多分複雑なアナグラムとかではなくもっと簡単なもの。
何か取っ掛かりがあればきっとほどけていくそんな類のもの。
子山羊と言うのはアレだろう……『KID』。
こんな手の込んだお遊びをするのはヤツしかいない。………はずだ、例外は自分の両親だろう。
自分で思い至った事柄にコナンは少々切なくなってしまった。
気を取りなおして再び解読に取りかかる。
さて次は単語か……いや文節で考えるべきなのだろうか。気になる箇所はあるにはあるのだが。
何処かで見た事――もしくは読んだ事――がある文節、『太陽の動きが止まる日』という箇所。
最近の事だと思ったが一体何処で目にしたのだったかとひたすら考える。
帰って来るまでの間、朝起きてから、昨日寝る前、それ以前。
同じ姿勢で考えつづけているのにも疲れ、背筋を伸ばしたりして態勢を変えていると室内にかけてあるカレンダーに目が止まった。
――――――今は6月。今日の日付は………20日。
予定などを書きこめるタイプのカレンダー、行事や干支や二十四節気、干潮・満潮の時間、小さく月の満ち欠け等も書いてある。
ついと隣の欄に移動した視線、その日は印刷の文字数が多かった。
『夏至』――北半球で昼が一番長くなる日だ。……夏至?
確か英語で『the summer solstice』太陽が天球上で尤も北に寄って、それから南下して行く日。
『solstice』は至――行きつく、到着する、最高に達する――という意味が有る。
そう言った意味で“太陽の動きが止まる日”だ。此れだけだと冬至も当てはまるが、時期から云ってそんな先の事を予告しても意味は無い。
第一ちゃんと文中に日付の指定はしてあるのだし。
コナンは英語の辞書を引っ張り出してくると、記憶にしたがって該当箇所のページを開いていった。
“蟹が線の上を一巡り”というのは『the tropic of Cancer』……蟹座の始まる季節の回帰線――北回帰線。
夏至の時の地球に対して太陽が最北を通る線、北緯23度27分線だ。因みに十二星座占いで蟹座は6月22日から7月22日までらしい。
情報の入手先は言わずもがな、だ。
“生まれた”と“贈られる”はそのままだろう『birth』と『present(贈り物)』。
“神より与えられた才能”も何処かで見たような気がするのだが。
ここまで辞書で調べがついたのなら他も調べられるだろうとうろ覚えの単語を調べる為にページを捲る。
ああ、有った“神より与えられた才能”――“天賦の才能”は『gift(贈呈する)』で良さそうだ。
そして最後の一文。ここまでが日付と内容だったから残るは時刻だろうか。
嫦娥は確か月に住むと言われている精霊だったか女仙だったかで、月の異名に有ったはず。
だから月が沈む頃にやってくるつもりなのだろう、とコナンは考えた。
新聞をめくって調べてみれば今日の月の入りは深夜の2時7分。
………こっちの明日の予定なんぞすがすがしいまでにちっとも考えてないような気がする時間帯だ。
あと兎も月に関係するが、まぁこれはアイツの事を指しているんだろう。色も似ているし。
判った単語と文の残りを混ぜて考えると一つ思いつく事が出来る。
つまりぶっちゃけて言えば“6月21日この日は俺の誕生日だから何か寄越しやがれ、深夜2時過ぎぐらいに行くから”と言う事だ。
答えが出た時コナンはつい持っていたカードを握りつぶしそうになってしまった。
ちょっと意訳し過ぎたかもしれないがそれは気にしない、気にしない。
……しかし探偵にプレゼントをねだる泥棒が世界中探してもどこに居るんだろうと考える。
実は知らなかっただけで良く有る事なのだろうか、いや無い。
つい反語で一人完結していたコナンは半笑いを浮かべる。そのままソファの上でえんえんと考えていた。
実際友達と言う訳ではないのだし、あげなくてはいけない理由はないのだが。
わざわざ言われた以上何かやらないと後で何を言われるか。
もしくはされる事か判らない。つーか何で俺から欲しいんだかいや本当に。
まあ、何を用意するかはひとまず置いておいて取りにくるその時に捕まえる……のも野暮だろうか。
それぐらいはとっくにお見通しな気もするが。しかしどんな物が欲しいのだろう。
アイツは確か宝石とかを主に狙っていたよな。……って小学生の小遣いでそんなモノ買えるか。
相手について判っている事など少ないし、だからといって小五郎のおっちゃんや蘭にそれとなく尋ねてみる訳にもいかない。
何せ相手が相手だから。……いっそ宴会用の手品セットでも送ってやろうか。子供でも出来るような物も含めて。
――――鼻で笑われるだろうな、確実に。それとも腹を抱えて大爆笑か?
首を捻るが考えに詰まってしまったコナンはちょっとした情報収集を兼ねて、何か良い案はないかと阿笠博士の家へ行く事にした。





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