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夕暮れ 薄く雲を延ばしほんのりと水色を流したような、そんな空の端の方は橙に染まってきていた。 晴れわたり雲も少なかったが、外に出れば上着をもう一枚増やしたくなるようなそんな日。 北斗と銀河は夕暮れの道を並んで歩いていた。 「うー…寒。」 ポケットに両手を突っ込みながら銀河は言った。 寒いと言いながらも着ているジャケットの前は開けたままだ。 「本当、ちょっと前まで昼間とかは暖かかったのにねぇ。」 一方の北斗は薄手ながらも手袋をし、コートのボタンを首元までちゃんとはめている。 日の暮れるのも早くなったとはいえこの時間帯ではまだ夜は訪れない。 まあほんの1、2時間くらいの猶予ではあるけれど。 薄暗いながらも青色を残す空に飛行機雲が伸びていく。 間を吹きぬける風は冷たく寒い、その所為か少し早足で二人は歩いていた。 殆ど無言で坂道を登ると目の前が開けた。 少し広い道路と河に掛かる橋とその間から見える街並み。 視線を少し上げれば、今はまだ低い位置にある白い月。 薄水色の空に控えめにその存在を主張し浮かんでいる。 真夜中に見れる光を湛えたそれではなくぼんやりと遠くに浮かぶその姿は、 満月ではないがそれよりわずかに細い。 「何かさー…静かな感じ。」 人通りも無いわけではなく、帰宅途中の車も通るこの場所で空だけそう見える。 色彩鮮やかな木々の彩る地上と対になるように何処となくあいまいな色は、 一つ前の季節のともこの後の季節とも違うもの。 「季節の所為かな、それとも…」 時間帯の所為かな、と続ける北斗。 離れた所に見える外灯と家屋に明りが燈り始めるそんな時間帯。 二人はどちらの所為なのか、うぅん?と悩みつつも歩く速さもそのままに角を曲がる。 連なる屋根のそのまた向こうがわずかながらに輝いていた。 今まで見ていた薄い橙色ではなく、目を射る濃い朱色の光。 「あ。」 北斗が指でさした先には黒い陰となっている山の稜線、そこに太陽が今まさに沈もうとしている所だった。 どちらからともなく足が止まる。 小さな欠片の周りはひときわ濃い色に染まっていた。 目にとまった時すでにほぼ沈みかけていたのだが、どうも去り際の最後に投げかけた光を受け取ってしまったようだ。 そこから歩き出そうともせずに互いに黙ったままずっと見ていた。 その色も消えていき、後に残るはもはや色を増すだけとなった空。 そして結局、日が沈みきるまでその場に並んで立っていたのだった。 くしゅっ 小さなくしゃみに隣りを見れば、口元を押さえて立っている銀河の姿。 「すっかり冷えちゃったねぇ、早く帰ろう。」 そう言うと前を空けたままでいる銀河のジャケットをくいっと引っ張る。 「首元まできちんと閉めたほうが良いよ、風邪ひいちゃうよ」 ね?と北斗は言った。 「おお。」 銀河は素直に言うことにしたがってジャケットの前を閉じると、行こうぜと北斗を促して歩き出した。 先を行かれた北斗は銀河の隣りに足を進める。 「ね、銀河。帰りに家寄って行かない?」 「…何かあんのか?」 並んで歩きながら銀河は横の人物を見た。 「何も無いけど、暖かい飲み物くらいは出せるよ。」 あと母さんが出る時にケーキ作っていたしね、と北斗は微笑を浮かべている。 それを聞いた銀河はと言えば、目を輝かせ嬉しそうな笑みをその顔に浮かべていた。 (うっわー、判りやすいなぁ…) きっと尻尾がついていたら千切れんばかりに振っている事だろう。 「どうする?来る?」 一応語尾は問いかけの形をとってはいるが、銀河の様子を見るにそれはもはや確定で。 「行く!」 ほら、即座に答えが返ってきた。 「んじゃ、行こうか。」 「おう。」 先程よりも足取り軽く歩いている銀河から北斗は半歩遅れてついていく。 次第に周りにも家が多くなり、目的地となる北斗の家も近くなって来た。 「……お前な。」 「え、何?」 溜息をついての銀河の言葉に北斗は明るく聞き返した。 「いい加減に笑うのやめろよな…」 くるっと振り向き軽くにらんでくる銀河に思わず片手を頬に当て聞き返す。 「え、僕笑ってた?」 「それはもうしっかりとな。」 びしっと指で指されてしまい北斗は苦笑するしかなかった。 「さっきの銀河が余りにもかわ……」 ビシュッ! 北斗の顔のすぐ横の空間を何かが通りすぎていった。 風圧で北斗の髪が顔を打つ。その場で硬直してしまった。 「オレが…何だって?」 にっこりと微笑を浮かべ、とん、と片足を下ろしながら銀河が問う。 「…蹴りのスピード、また上がった?」 乾いた笑みを浮かべつつも何とか話をそらそうとしてみる。 「日頃の修練の賜物…と、それでオレが何だって?」 戦闘態勢を崩さず、そしてそらされようとした話も戻して銀河は再度問いかけた。 銀河の物言いに彼と良く手合わせをしている人物を思い出し、口元が緩みかける。 だが視線を感じ、慌てて引き締めた。 目の前の人物は笑顔もそのままだが……目が笑ってない。 北斗の頭の中を警鐘が鳴り響いている。それを止める手はただ一つ。 「ごめんなさい、何でもないです。」 速攻で謝っていたのだった。 なら、良しと今度は純粋に微笑って銀河は進行方向を向いた。 今度は口には出さなかったけれど、やっぱり可愛いなぁと思いつつ北斗も微笑んでいた。 すぐそこにポラールのドアが見えてくる。 北斗は先に立ってドアを開け店内に入った。続いて銀河が入る。 「ただいまー」 「お邪魔しまーす。」 ドアにつけられたベルの音と共に元気な声が響く。 「あら、お帰りなさい。」 店内のざわめきと織絵の声がする。 風が一つベルを鳴らし、ドアはパタンと閉じた。 最後に見上げた空では月に光が満ち始めていたのだった。 |