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春日 定期的に行っている通信の文面を前に、織絵は少し考え事をしていた。 と言っても公的なものではなく、すこぶる私的なものだったが。 本日新たに得た情報をどうしようか思案していたのだ。 室内には誰も居らず、わずかな電子音が響くのみ。 (これは……あの子達に教えたほうが良いわね。) そう決めると使っていたパソコンを終了させ、織絵はその場を後にした。 窓の外で水色の空が広がっていたある日。 少し開いた窓から流れこむ風が薄手のカーテンを揺らしていた。 それほど冷たくない風が時折部屋の中をゆっくりと回る。 昼を過ぎてはいるが日が傾くにはまだ早い時間、窓から差し込む日差しは暖かい。 その日差しが当たる場所にあるソファーに寝転ぶ人影があった。 長い足をゆったりと組んで、クッションを一つ頭の下にしいて。 器用にも胸の上には読みかけの文庫本を一つ伏せたままで、そう幅広くはないソファーに収まっている。 閉じた瞼の上からでも感じられる優しい光にゆらゆらと意識が覚醒しようとしていた。 が、眠りとの境界もあいまいでこのまま目を閉じていれば眠りの波に攫われるであろう、そんな時。 小さな軽い音を立てて部屋のドアが開いた。 良く知っている気配と、とても微かな…植物の匂い。 ゆっくりと目を開け、視線だけで室内を一望する。 壁際の書棚に向かっている見なれた金の髪が視界に入った。 出来るだけ音を立てないようにしているのか、手にした本を所定の位置に仕舞い込むとゆっくりと立ち上がっていた。 「…スバル。」 後ろから声をかけると、呼ばれた当人のその肩がはねあがったのが確かに見えた。 ひょっとするとその場で飛びあがっていたのかもしれないが。 「兄上…。」 恐る恐るスバルは振り返った。 「あの……起こしてしまわれましたか?」 いいや?とアルテアは首を横に振る。 そろそろとソファーから落ちないように上半身を起こし、組んでいた足を下ろす。 軽く伸びをして体をほぐすと、向かいで立っているスバルに声を掛けた。 「皆で遊んでいたのではなかったのか」 「遊んでいたのですが…何か二人ともこれから用事があるらしくて。」 向こうにも予定があるのだと判っているのだが、もうちょっと遊んでいたかったと言う思いか残念そうに言う。 「そうか……まぁまた明日もあるだろう。今は春休みらしいからな。」 短いとはいえ連続した休みだから機会はまだある、出動もそう頻繁には無いだろう。 「それで、何をして遊んでいたのだ?」 「鬼ごっことかかくれんぼとか…それと、北斗がいろいろな花の名前を教えてくれたのです。」 今が盛りのものも、咲き始めたものも、色々あって綺麗でした。 どうやら、今返していた本は植物辞典だったようだ。 「ふむ、外ではどんな花が咲いていたのか…教えてもらえるかな?」 最近はゆっくり外へは出ていないのでな、とアルテアは手招きしてスバルを隣りに座らせた。 「え…と、木蓮が良い匂いでした。花の色は白と赤紫の……」 花の形状に思い至らなくて首を傾げているアルテアを見て席を立つ。 先程仕舞い込んだ植物辞典を取り出して戻ると膝の上でページ開いた。 索引を調べて該当する個所を開き指で示す。 葉の殆ど無い枝に赤紫の花が上向きに生えている樹だった。 「白いのは白木蓮だそうです。」 そう言って自分の見た植物の写真が乗っているページをゆっくりと開いていく。 白く小さな花がふわりと球状に集まっている小手毬、木蓮よりも香り固い葉に小さな花白い花が集まった沈丁花。 樹自体が幾つも連続して植わっていた為に花自体は小さいが大きな黄色い壁に見えた連翹。 先が薄い桃色がかった切込みを入れたような花をつけた辛夷。 桃は濃い色の花を沢山つけていて、その脇で細長い枝を伸ばし白い噴水のようになっていた雪柳。 房のように白い花がついていた馬酔木とエリカは低い樹に濃い桃色の花をふんだんにつけている。 菜の花は地面が黄色く染まって見えるほど多く生えていた。 そしてその中に固まって生えていた白い水仙や黄色い蒲公英等など。 アルテアはスバルの写真を指しての説明を面白そうに聞いている。 「ところで……そこは菫も咲いていたのか?」 「え?ええ、沢山と言う訳ではありませんしたが…」 最近そこへは行っていないと言っていたアルテアがどうして知っているのだろう。 「そうか……」 ふふっ、と小さく笑い声を立てるアルテアに何処かで見かけたのかと問いかける。 「ああ、ここで見たぞ。」 ……ここ? ここって何処だろう、GEARの敷地内の事だろうな、多分。 それともひょっとしてこの部屋の中の事だろうかと考えこんでしまったスバルを見ながら アルテアは微笑っている。 この部屋の中にしても花瓶やコップの類に花が生けてある訳でもないし、窓の外に咲いているのが見えるわけでもない。 第一、敷地内で咲き出したのはつい最近の事。 「……降参です、兄上。一体ここって何処の事ですか?」 口は開かずにスバルの一つに編んだ金色の髪を手に取り見えるようにと目の前に出した。 金色の束の先端部に括り付けられた紫の花。 数本の菫の花と緑の葉、そしてシロツメクサを一本だけの小さな小さな花束。 その場に生えていた豆科の植物の蔓で一つに束ねた物を更にスバルの髪に括り付けてある。 ――――――こんな物を自分に飾り付けた覚えは全くないけれど。 「………何時の間に。」 「何だ、気づいていなかったのか。」 てっきりこれを見せに来たのだと思っていたのだが、とアルテアは言う。 まだ花束がくっ付いたままの髪を手渡し空いた手でぽん、と頭を軽く撫でた。 「大丈夫だ、似合っているぞ。」 「……有難うございます……あまり嬉しくありませんけど……」 後半の言葉は自然と小さくなる。 人の後ろでこっそり何をしているのかと思えば―――こんな事をしていたとは。 気づかれずにこっそりやり遂げた彼も凄いが、気づかなかった自分も情けない。 ………周りの人も気づいていたのなら教えてくれれば良いのに。 そんな事を思いながらもスバルはまた説明を続ける。 「あと、椿と梅は殆ど散っていました。」 そして、とまたページをめくる。 「桜が咲いていました。……また咲き始めのが大半でしたが。」 「ほう。」 「場所によってはもう半ばまで咲いているかもしれませんね。」 写真の一重の桜を見ながらそういえば、と口を開く。 「もう少ししたら山で満開の桜が見れるかもしれないと言っていたな。」 暖かな陽光の中思う存分に花をつけた桜に囲まれるのも悪くない。 青い空を背景に、薄い色の花が重なり合うほど枝を広げた様はとても綺麗だろう。 友人や仲間等、一緒にいて楽しい人達も呼んで。 ………美味しい食べ物とかも会ったら良いな、とかも思ってみたりして。 スバルも同じ事を思ったらしく自然と声が重なり合った。 『今度、皆で見に行こうか』 まあ、言い方や語尾などはそれぞれ違う物だったが大方そんな意味合いだった。 アルテアの視線は斜め下を向いて、スバルの視線は斜め上を向いた。 途中で視線がかち合い、そして笑みがこぼれる。 「近いうちに絶対実行しましょう。」 「そうだな。」 出来るだけ皆を巻き込んでやろう、とアルテアは心の中に書きとめた。 |
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