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雨宿り ぽつっ 見上げた空から一粒の水滴が落ちてきた。 ぽつっ、ぽつっ 最初は数えるくらいだった小さな水滴は次第に大きくなって数を増やしていく。 みるみるうちにアスファルトの地面が濃い色に染まっていった。 張り出したひさしの下に掛けこむと勢い良く降ってきた雨を眺めやる。 むぅっとした熱気が立ち上ったと思うと降る雨に流され涼しくなってきた。 (参ったな……) 薄曇りだったのに傘を持たずに出てきてしまった。これではとても濡れずに帰る事は出来ない。 屋根があるとはいえ端っこに立っていたのでは濡れてしまいそうな雨の勢いに少し内側へ寄る。 (仕方あるまい、そのうち雨も弱まるだろう。) 空は刻一刻と色を変えていく。上空に居座る雲が流れているのだ。 雲の流れを追っていた視線を下げると、目の前を駆けぬけて行こうとするとても見覚えのある姿。 まだやまなさそうな雨に思わず呼びとめた。 「銀河。」 その声に振り向いた銀河は着ていたシャツを頭からかぶって簡易的な雨よけにしている。 「あれ、アルテア。」 次第に出来始めた水溜りを避けてアルテアが避難している場所へと駆けこんで来た。 ぽたぽたと雫をたらしながら足元に袋を置いてかぶっていたシャツを脱いだ。 「アルテアも雨宿りか?」 「ああ、いきなり降られてしまったのだ。」 銀河はうえー、びしょびしょだと言ってシャツを絞っている。 足元に小さな水溜りが出来るくらいには濡れてしまっていたらしい。 中のタンクトップも濡れて色が変わってしまっていた。 「迎えにきてもらうとか出来ねーの?」 「連絡手段が無くてな。」 手を広げて手ぶらである事を示す。 「そっかー、オレも携帯忘れてきたんだよなー。」 絞ったシャツをぱんと広げて銀河は言った。 広げたシャツを小さくたたんで足元の袋の上に載せる。 「じゃあ、雨が弱くなるかやむまで待つしかねーな。」 「そうだな。」 頷いてからふとアルテアは銀河が自分がいる屋根の下の外側の方にいることに気がついた。 「…もう少し中へ寄った方が濡れないと思うのだが。」 銀河の身体を少し引き寄せる。勢いでアルテアに触りそうになって銀河は慌てて離れようとした。 「え、でもお前が濡れる…」 「そのような事を気にしている場合ではないだろう。」 また濡れるぞ、と持っていたハンカチで銀河に付いていた水滴をぬぐう。 「じ、自分でやるよそれぐらい。」 貸して、と差し出した手にハンカチを渡す。 大雑把に濡れた所を拭いてしまうと手に持ったハンカチを自分のポケットに押し込んだ。 「後で洗って返すな。」 「別にそのままでも構わないが…」 銀河はオレが構うの、と言ってまだ雨が降り続いている空を見上げた。 しばらく雨の降る音だけが響く。屋根に当たる雨粒が軽快な音を立てている。 屋根の端に溜まった雫が大きくなり、落ちて足元に水溜りを作っていく。 ぼんやりと向かいの屋根から流れ落ちる雨を見ていると、何時からか自分を見ている銀河に気がついた。 「…どうかしたか?」 「ん、今日は普通の服着てんだなーと。」 本日のアルテアは半袖のシャツを羽織り、中は濃い色のノースリーブ。同系色のジーンズにスニーカーといった格好だった。 「ふむ…ベガが選んでくれたのだが、似合わないだろうか。」 「いや、似合ってる。さすがおばさんだなー。」 もっとそういう格好してみたらいーのに、と銀河はアルテアをしげしげと眺めた後に前を向いて言った。 「そうか、ありがとう。それでは次回から考慮する事にしよう。」 そう言ってまた二人は降っている雨に視線を転じた。 「なー、アルテアは今日どうしたんだ?」 雨を眺めて黙って立っているのにも飽きたのか、自分より背の高いアルテアを見上げて話す。 「少し街を散策に出てみたのだが。」 財布以外何も持たずに出たのでこの有様だ、と銀河を見て答える。 「銀河はどうしたのだ?」 「オレは、買い物。乙女のリクエストでホットケーキ作るんだ。」 足元の水が入らないように口をぎゅっと縛ったビニール袋を示す。 どうやら中にはホットケーキミックスの箱が入っているらしい。 「ほう、銀河が作るのか。」 「それくらいはな。」 でも、難しいのは無理だなーと腕を組んでいる。 「…おばさんに習ってみるか、美味いし。教えるの上手そうだし。」 などと笑って銀河は言った。 「確かにベガの料理は美味いな。」 アルテアも賛同をする。 そしてそのまま取りとめもない話へと突入していった。 最近学校であった事、家であった事。北斗の事、スバルの事、いろいろな事。 主に話すのは銀河でアルテアは相槌を打ったり一言、二言話したりしていた。 微笑をたたえたまま静かに話を聞いていたりもする。 ずっと話していると途中で銀河は小さくくしゃみをした。 夏とはいえ雨が止まぬ中湿った服のままでいては寒くなるのも当然の事、 アルテアは自分の羽織っていたシャツを脱ぐと銀河に着せ掛けた。 気がついて慌てて脱ごうとする銀河を止める。 「着ていると良い、その格好では少し涼しすぎるようだからな。それに…」 風邪をひかれると私が困る、少し真面目な表情でアルテアは言った。 そのように言われてしまってはシャツを返す事も出来ない。 実際少し寒く感じていた事なので、ありがたく借りる事にした。 「ありがとな。」 そう言うとちゃんと袖を通す。 アルテアのシャツは半袖とはいえやはり大きくて、着ると銀河が殆ど隠れてしまった。 「……早く大きくなってやる。」 思わず口をついてでた一言。アルテアはそれを聞いてくすりと笑いを漏らす。 慌てて口元を隠したが銀河には聞かれてしまったらしく、しっかり睨まれてしまっていた。 「こっちは切実なんだよ。」 「いや、そのうち育つのではないかと思うが。」 口元を隠したままで言ってはみたが笑いを堪えている事は判ってしまったらしい。 「目が笑ってる。」 びしっと銀河に指摘されてしまった。こほんと軽く咳をして笑いをなんとか押さえる。 「その…個人差もあることだしな。」 「とりあえず北斗はおいぬきてーよ…」 ぼやく銀河にこればかりはあせっても仕方が無いだろうとぽんと肩を叩いてやった。 しばらく続いている会話がふと途切れた時に銀河は言った。 「なぁ、オレばっか話しててつまんなくねーの?」 アルテアも何か話せよーと服の裾をくいくいと引っ張る。 そんな銀河を見てアルテアは微笑んだ。 「つまらない事など無いぞ、銀河の話を聞いているのは面白い。それに…私には余り話す事が無いからな。」 話だけではなく見ていても楽しいぞと笑っている。 「…オレは見世物かよ。」 途中の言葉に軽く目を見開いたが、その後すぐに苦笑いの表情となり銀河は言った。 アルテアはそんなつもりでは無いと首を振る。 「だが…そうだな、見世物だというのなら貴重でとても価値あるものなのだろうな。」 「何だよそれ、結局見世物じゃんか。」 ふてくされた銀河と目を見合わせて、二人とも笑い出してしまった。 その後も話に興じている間に次第に雨の勢いは弱まっていった。 「止んできたな。」 「そーだな、そろそろ帰れそうだ…」 雲が切れたのだろう、小雨が残りつつも急に強い日差しがさした。 「あ。」 銀河は屋根の上を指した。 「虹、か。」 まだ少し灰色の雲が残る空に綺麗に半円を描いて虹がかかっていた。 雨が殆ど降っていないのを確認すると、足元に置いていたビニール袋とシャツを拾い上げて歩き出した。 「行こーぜ、アルテア。」 「そうだな。」 わずか先を立って歩き出した銀河に追いつき並んで歩く。 何事か考えていたらしい銀河はよし、と言うと隣を見上げた。 「な、アルテアこれから予定ある?」 「いや、無いが。」 「んじゃ、オレん家こないか?これの礼にホットケーキ焼いてやるからさ。」 銀河はアルテアに借りたシャツをつまんで見せた。 「良いのか?」 「オレん家は大丈夫だけど…ひょっとしておばさん何か準備してるかな。」 人数が増えても材料は足りるのかと言うつもりで、いきなり押しかけても良いのかと いう意味にとられたらしい。 さらに違う心配までされてしまっている。 「その辺は別に構わないと思うが。」 「そっか。ならさ、おばさんに一言言ってから来いよな。」 なかなか帰ってこねーから、心配してるかもしんねーしなと笑っている。 「ああ、そうしよう。」 小さな子供ではあるまいし今更そのような事は無いだろうと思うが、 その気持ちを受けとって素直に頷いておく。 手に下げたビニール袋をゆらゆらと揺らしながら歩いている銀河はくるりと袋を回して言った。 「あ、北斗達いたら連れてきてもいいぜー。」 「了解した、居れば伝えておこう。」 所々に出来た水溜りを避けながら、二人は虹に見送られ並んで帰って行った。 その日、出雲家ではアルテアの他に北斗、スバルも参加しての小さなパーティの ようなものが開かれることとなったのだった。 |