花火



日が落ちて大気に涼しさが混じり出した頃、堤防の上を通っている道路は結構な人出だった。
涼しげでラフな格好の人達が大半だが中には浴衣姿や甚平姿の人も見える。
河に面した側には人垣が、その反対側の方には屋台が連なっていて賑わいをみせていた。
今日この場所では花火大会があるのだ。
開始時刻はまだ先とはいえ、今から良く見える場所を取っておこうと堤防添いは殆ど人で埋まっている。
河岸の中程までコンクリートで整備されているその場所はその上にレジャーシートを敷いて座っている家族が大勢いた。
空は端から深い紺色にその色を変え、夕日の触れた所はその存在を残すかのように橙色となっている。
河を渡ってくる風は空気中に少々の涼しさを更に増やしていく。
銀河達は道路と堤防の境となる腰の高さほどの出っ張りに腰掛けていた。
ざらざらとしたコンクリートの堤防は昼間の熱さを伝えるようにまだ暖かい。
座っていると素肌に触れたところが次第に暖かくなってくるので、銀河はひざを抱えこんだ態勢をとった。
隣には北斗とスバルが座っていて何やら話をしている。
「でね、水中から打ち上げる花火も有るんだって。」
「…打ち上げる前に火が消えるんじゃないのか?」
これから上がる花火の話をしていたようだ。
「そんなに深いところから打ち上げる訳じゃねーって聞いたぜ。」
抱えこんだひざに頭を乗せて隣の話に混ざる。
「多少の水ぐらいでは消えないやつなんだってさ。」
静かにスバルの隣に腰掛けていたアルテアが腕に巻いた時計を一目見て身軽に立ちあがった。
身を翻し道路へと降り立つ。
「始まるまでには、もうしばらく時間がありそうだな…何か買ってこよう。お前達は何が良いのだ?」
「かき氷!イチゴの。」
アルテアの言葉に銀河は即答する。
「そうか、お前達は何が良い?」
「えと、僕もかき氷が…味は何にしようかな。」
「僕はメロンのかき氷が良いです。」
何味にするかでちょっと悩んでいた北斗はアルテアのほうを向いた。
「見てから決めます、一緒について行っていいですか?」
「ああ、構わないが。」
北斗も立ちあがって段差から飛び降りると、くるりと銀河達の方を向く。
「じゃ、僕達行ってくるからさ。ここで場所とってて。」
「判った、人込みで迷わないように気をつけろよ。」
「大丈夫だよ。じゃ、また後でね。」
そう言うとひらひらと手を振って先に立って歩くアルテアの後を追いかけて行った。
北斗達は次第に増えていく人込みの中に埋もれていって見えなくなってしまった。

二人は待つ間、目の前で増えていく群集を眺めながらたわいも無い話をしていた。
だんだん周りで増えていく人達にふと気がついて銀河はポケットから携帯電話を出す。
「もうすぐ花火始まっちまうぜ…。」
携帯のディスプレイに映る時計の表示を見ながら言った。
「本当だ、兄上達遅いな…どうしたんだろう。」
スバルも一緒に覗きこんで時刻の確認をすると辺りをきょろきょろと見まわした。
「この場所がわかんねーのかもな。」
そう言うと銀河はひょいと立ちあがった。
座っていた場所が道路より高くなっているのでその分何時もより視点が高くなる。
周りを見渡すと近くの人込みの中には特徴ある緑の髪は見えなかった。
「いねーなー…」
「銀河、気をつけないと危ないぞ。」
隣で座ったままのスバルがちょいちょいとつついて注意する。
「大丈夫だよ、これぐらい。」
銀河は何時もなら少し見上げないといけないスバルを笑いながら見下ろして言う。
その時だった。

どぉん

腹の底にまで響くような重低音と共に暗かった空が明るくなった。
河の方を振り向き見上げるとそこには、光の花が咲いていた。
「わー…」
「綺麗だ…」
その場に座ったままだが同じように見上げるスバル。周りの人も同じように空を見上げていた。
座っている堤防にまで打ち上げる時の音が感じられる。
最初は金、そして赤、一輪咲きだったり複数の花が同時に広がる。
大小さまざまな花が夜空に咲く。
「銀河、とりあえず座ったほうが良い。」
スバルに服の裾を引っ張られ、それもそうだなと再び座ろうとする。
どん、と背中に何か当たった。
え、と思った瞬間に身体が大きく前へかしいだ。
(――落ちる!)
「危ない!」
下はコンクリートの緩やかな坂。高さはそれほど無いとはいえ崩れた態勢では着地もままならない。
なすすべも無くそのまま落ちるかと思われた時、ぎゅっと服を掴まれ反対側に勢い良く引っ張られた。
仰向けに倒れこむと誰かが受けとめてくれた。思わずついた手とコンクリートがすれる。
かすかな明りの照り返しを受けて金色が流れ視界の端を掠める、それでスバルが助けてくれたのだと気がついた。
そのままの勢いで助けてくれたスバルごと反対側に転がり落ちそうになるが、何かにあたってそれは阻止された。
すぐ上から降ってくる周りのざわめきのなかでも良く通る低めの声。
「……大丈夫か二人とも。」
両手にかき氷を持ってアルテアが見下ろしていた。
反対側へと落ちずにすんだのはアルテアが受けとめてくれたからのようだ。
その傍には同じように両手にかき氷を持った北斗がいる。
一部始終を見ていたのだろう、二人とも怪我は無い?と心配そうに聞いてきた。
「ええ、僕は大丈夫です。」
そう言って自分がアルテアの胸に支えられている事を思い出し慌てて起きあがろうとする。
「ちょ、ちょっと待てスバル。先にオレが降りるからさ。」
しっかり抱えこまれたままだった銀河は手を離してもらい、あー、ビックリしたと隣に座りこんだ。
大きく息を吐き助けてくれた人のほうを向く。
「助かった、ありがとなスバル。」
「どういたしまして…銀河は怪我、無いか?」
ん、ああ大丈夫、と笑ってみせると前を向いて座りなおして上を見上げた。
まだ見下ろしままのアルテアと視線がぶつかった。
「アルテアもありがとう。なー、何が当たったんだ?」
「先程走りぬけて行った子供を見たな、多分それが当たったのだろう。」
そう言うと手に持っていたかき氷をスバルに渡す。
「ありがとうございます、兄上。」
スバルの礼に対してアルテアは笑みをもって答えた。
「はい、銀河。」
北斗がかき氷を差し出す、赤いシロップが上にかかった白い氷の山。
「お、さんきゅー。」
礼を言って手渡されたかき氷を受け取ると右手に鋭い痛みが走った。
声を出すほどでは無かったがぴりぴりとした痛みに思わず少し顔をしかめる。
そろそろと手を広げると先ほどこすった場所から血がにじんできている。
容器の表面についた水滴がしみてしまったようだ。
擦り傷の面積はそれなりに大きかったが、酷い傷ではなかったので銀河は考えた。
(……見なかった事にしよう。)
そしてささっていたスプーンを手に取り、氷の小山を口に入れた。
口の中にイチゴの甘さが広がっていく。今の気温に氷の冷たさが気持ち良かった。






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