日常



一つ二つ雲が浮いた空を一羽の鳥が飛んでいく。
その下に広がる深い森と山に囲まれた長閑で小さな村があった。
名を鬼哭村と言い、幕府に全てを奪われたとする者達が集まって生きる村であった。
その村の中をゆったりと一人の男が歩いている。
黒い僧衣を身にまとい橙色の襷をかけていて頭は丸めている、見たままならば僧であることが伺える。
……普通の僧は鎖帷子なんぞなかに着こまないだろうが。
普段から自身を破戒僧と言い切る彼の名前は九桐尚雲、この村と共にある鬼道衆と呼ばれる集団に属する一人だ。
鬼道衆とは今、江戸を騒がせている『鬼』のと呼ばれる者の集まりである。
九桐は愛用の槍を肩に担いで村を見て周っていた。
普段ならば任務がなければふらりと何処かへ出かけてしまうことが多い彼だが、本日は少々探しものをしていた。
すれ違う村人と挨拶を交わしつつ、何処かで見かけなかったか聞いてみる。
村の中で見つからなかった一人で鍛錬でもしてみるかな、と考え始めた頃に森近くで見かけたとの情報を得た。
教えてくれた村人に礼を言いそちらへと向かう。
教わった辺りへ向かうと数人の子供が高い木の下で集まっていた。
何をしているのか梢を指したりしている子や、上を見上げようとしているのか生い茂った葉の隙間からのぞこうとしている子もいる。
その子供達の様子に興味を持ってそちらの方へと足を向ける。
近づいて行くと強い風が吹いたわけではないのに、葉や小枝がその樹の周りに落ちている事に気がついた。
「どうかしたのか?」
「あ、九桐様だ〜。」
「こんにちは、九桐様。」
声を掛けてみると、子供達が挨拶をしてきた。ぱたぱたと九桐の周りに集まる。
「あのね、今ね…」
小さな女の子が話し出そうとしたその時、わずかに頭上が陰り何かが降ってきた。
微かな音と共に気づいたそれを難無く受けとめると、改めてしげしげと見つめる。
それは小さな子供にちょうど良い大きさの鞠だった。
大事にしているのだろう、汚れてはいるが何処もほつれたりしていない。
「あたしの鞠なの…。」
そうか、と軽く汚れを払ってやりその子に手渡す。
「ありがとう。」
そう言ってその女の子はにっこりと笑った。
少し年上の男の子が先程言おうとした続きを引き継いで話し始める。
「遊んでいたら木に引っかかっちゃったんだ。」
小さな女の子はこくこくと頷いて九桐から渡された鞠をぎゅっと抱きしめる。
隣にいた女の子も話に混ざってきた。
「でね、困っていたらお兄ちゃんが取りに行ってくれたの」
「……お兄ちゃん?」
子供達のそんな呼称に該当する人物は九桐の記憶にあまりなかった。
大半の村人が敬意を持って接してくる為にそのように親しみやすさを含んだ呼び名を使う人は少ない。
強いて言うなら仲間の古武術の使い手、風祭澳継がそれに当たりそうだが…。
首を捻って考えている所にがさっ、と大きな音がして人影が木から降ってきた。
そのまま地面に着地せず、一番下の枝からぶら下がっている。
一番下の枝とは言っても九桐の身長よりも遥かに高い位置にあるのだが。
「鞠、大丈夫だった?……あれ?九桐さん。」
「よう、こんなところにいたのか緋勇殿。」
この村にまだ来たばかりのもう一人の古武術を使う青年――と呼ぶには微妙な外見の――緋勇龍斗。
目にかかるほど長い前髪でその色は漆黒、金色の龍が入った白い胴着を身につけている。
九桐が先ほどから探していた相手だった。
子供達が見ている所為で降りる場所がないようで、今だぶら下がったままなのを見て九桐はその場を退いた。
九桐がその場を一歩退いて空けた場所に龍斗は危なげなく着地して両手を払う。
「有難う、龍兄ちゃん。」
「ありがとー。」
「どうしたしまして。今度からはもうちょっと広い場所で遊んだほうが良いね。」
龍斗は礼を言う子供達と目線を合わせて頭を撫ぜている。
そんな光景を目の当たりにして九桐はほほえましく思う。
この村が鬼哭村と呼ばれていても、笑い声はちゃんと響くのだ。
―――それを護るために、自分たちがいるのだから。
そんな風に眺めている間に子供達は手を振って村のほうへと戻って行った。
二人並んで小さな姿を見送ったまま、九桐は先程引っかかった事を聞いた。
「所で…何故『龍兄ちゃん』なのだ?」
「様付けで呼ばれそうになったので…お願いして普通に呼んでもらいました。」
それだけの実力を自分がいないうちに皆に披露したと聞いているが、 龍斗は皆にそう呼ばれる事に本気で照れているらしい。
丁寧に喋らなくてじゃなくて良い、と言っているのに何故か彼はまだ自分に対して丁寧な口調で話している。
もう一回同じ事を言ってみると、慣れたら、そのうちにとの返事が返ってきた。
とりあえずその事は置いておいて、九桐は龍斗にこの後の予定を尋ねてみる。
朝餉の時に聞いた限りでは今日は特に任務は言われていないはずだった。
「なぁ、緋勇殿。この後時間空いているかな?」
少し考えて龍斗は口を開いた。
「はい、特に予定はありません。」
「じゃあ、俺とも遊んでもらおうかな?『龍兄ちゃん』」
にやりと笑いつつ九桐は子供達言い方を真似て言った。
遊ぶ…んですか?と困惑しながらも問い返す龍斗。
そんな彼に楽しそうに九桐は告げた。
「手合せしよう!…前に言ったよな?」
初めて会った時に見た戦いを覚えていて、それ以来九桐は手合せの機会をうかがっていたようだ。
「……判りました。」
九桐の楽しそうな様子に同意を返して、まだ村の地理に不自由な龍斗は九桐の後ろについて歩き出した。






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