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風鈴 ガッシュは時計の方をちらちらと見ながら、今か今かと待ち構えていた。 清麿の部屋、室内で扉の前にきちんと正座をしてそわそわしながら陣取っている。 「ただいまー。」 ドアを開ける音と、階下で帰宅を告げる声と迎える声。 しばらく後に階段を上る音が聞こえ、ドアノブが回り扉が引かれた。 目標を認識したとたん、ガッシュは力いっぱい突進した。 「清麿ーっ、お帰りなさいなのだーっ!」 「―――ぐはあっ!………ガッシュお前いきなり何するんだぁぁっ!」 まさかのお出迎えに予想もしなかった清麿はまともにこの体当たりを受けてしまった。 帰ってそうそう清麿に盛大に怒られてしまったガッシュなのだった。 ひとしきり清麿のお説教受けた後、ガッシュはおずおずと清麿に向かってデパートの包装紙で包まれたものを差し出した。 「これをさげて欲しいのだ。」 「――風鈴?」 ガッシュが差し出してきたのは割れないよう丁寧に紙と詰め物で包まれ、小さな箱に入った硝子製の風鈴だった。 引っ張り出してみれば、揺れてちりんと軽やかで澄んだ音を立てる。 薄く色付いた丸い玉の部分に大きさの違う金魚と水草が描かれたそれは見た目にも涼やかで。 短冊の部分にも筆で描かれたおそろいの金魚が見えた。 「今日、母上殿のお買い物に付いて行った時に買ってもらったのだ。」 店内の空調の風に揺られているのをじっと眺めていたら買ってくれたらしい。 沢山下がっている風鈴が、様々な音色を奏でている様は聞き応えが有ったようだ。 散々悩んで、ようやく決めた一つ。早く下げてその音色を聞いてみたくて、それで先程の騒ぎとなったのだった。 「……ここでか?」 「ウヌ。」 下げて欲しいと言われた場所を確認する清麿。 閉め切ったままの部屋は熱気とまではいかなかったが、それなりの温度を保っていた。 「この暑いのに冷房無しかよ……」 「ヌ、ヌウ……駄目かのう……?」 自分は今日一日――買い物の為に外へは出たけれども――それなりに涼しい所にいたのだが。 冷房の無い所にいた上に、外から帰ってきたばかりの清麿にとっては少々厳しいものがあるようだ。 それが判っているから、無理は言えない。 風鈴を両手に持ってしょぼんと肩を落とすガッシュを見て、清麿は無言で立ちあがった。 窓を開けきると、思ったより涼しい風が部屋の中を吹き抜ける。 清麿の動きを追っていたガッシュのその手から風鈴を取ってカーテンレールから吊り下げた。 ちりーん…… 短冊に風を受け風鈴が澄んだ音を立てた。 日に透かすと硝子にほんのりと付いている色で水中で金魚が泳いでいるように見える。 さながら小さな金魚鉢といった所か。 「ふうん、結構綺麗じゃないか。」 「そうであろう!」 清麿の行動を目で追っているうちにだんだん表情が明るくなっていったガッシュだが、その一言で完全に笑顔となった。 「ガッシュ、知ってたか?昔は風鈴の音を魔除けとされていたんだぞ。」 病魔とか音を嫌う鬼を遠ざけたり、近くに来ないように家の軒先につるしていたという謂れがある。 音にてそういったものを退けたりするのはそれほど珍しい事ではないのだが。 ちりん、りぃん…… 「こんなに綺麗なのにのう。」 清麿は昔の風鈴と今ここに有る風鈴が――素材も使われ方も――違う事は知っていたが、口に出したのは違う事だった。 「そうだな、綺麗だな。」 にぱ、と満面の笑顔で笑いかけてくるガッシュの頭をくしゃりと撫ぜてドアへと向かう。 「…ぬ、清麿何処へ行くのだ?」 「下、なんか飲むもん持ってくる。――お前もいるだろ?」 元気な肯定の返事を背中に受けて、清麿は部屋を後にした。 ちりーん…… 冷えた麦茶を二つのグラスに注いで持ってくると、ガッシュはベッドに寝転んでじっと風鈴を見つめていた。 「ほら、ガッシュ。溢すなよ。」 「ありがとうなのだ、清麿。」 ガッシュに水滴のついたグラスを一つ渡すと、自分の分のグラスを持って半分ほど飲み干して喉を潤す。 外から帰ったそのままの格好は少しべたつくので簡単に着替えてしまう。 少しさっぱりとした後で、腰を下ろして読みかけの本に手を伸ばし、続きを読み始めた。 ちりん、ちりーん…… ぺらり。 ぱたぱたぱた…… 風鈴の奏でる音と、本のページをくる音だけが聞こえてくる空間に、新たな音が加わった。 ガッシュが頭を少し動かしてみてみれば、ベッドを背もたれ代わりに本を読んでいる清麿が見える。 少し影になったところにいる為、片手で団扇を仰ぎながらの読書体勢だった。 じっと眺めていると清麿の視線がこちらを向いた。 「……何だ?何か用か?」 「ウヌウ……何でもないのだ。」 慌てて視線を窓際の風鈴へと引き戻す。 光の指し込む位置の床にゆらゆらと薄く硝子の色に色付いた影が映る。 ぼんやりと眺めていると窓とは違う方向からの風の流れを感じた。 音は何もしなかったが、誰か来たのだろうかと体を起こしてその方向を見る。 特に誰か来た訳でもなく、窓は開いているがドアは開いていないといった状態だった。 ちりーん、りん…… ぱたぱたぱた…… 再び周りを見まわしてみても、視界に映る清麿は相変わらずマイペースに読書中だ。 ぺらっ。 ちりーん、ちりーん…… ぱたぱたぱたぱた…… 不思議に思ったが深く考えずに、また風鈴を眺めていると確かに風が吹いてくる。 今度は体を起こしたりせずに、少しの頭の動きと視線だけでそっと見まわした。 すると、清麿の視線は本に向けたままだったが、団扇の煽ぐ方向がガッシュの方を向いていた。 嬉しくて騒ぎ出しそうになったが、ガッシュはぐっと我慢する。 清麿は優しいと思う、表だってでは……少ないけれど。 まだ風が来るということはこちらが気づいた事を知らないのだろう。 頭をベッドに押しつけてどうしても緩んでしまう顔を隠していると。 「……何笑ってんだよ、コラ。」 ぱしん、と団扇で頭をはたかれてしまった。 離れているのに場所の移動はせず、わざわざ腕を伸ばしてまではたいてくる。 見えてないはずなのに何故バレるのか、寝たふりをしてみても頭をはたく団扇は止まらない。 ついに耐えかねてがばと体を起こしベッドの上を移動すると、清麿を上から覗きこんだ。 「酷いではないか清麿〜」 「オマエが笑っているからだろうが……」 下から視線を合わせてくる清麿も少し笑っている。 「清麿も笑っているのだ〜〜」 「笑ってねえよ。」 慌てて表情を引き締めるが、ガッシュにそれが通用するはずも無く絶対笑っていたのだと騒ぎ立てる。 「ああもう、うるさ……!」 言っている途中で騒ぎ立てるガッシュの体が落ちた。 危ない、と思う間もなく受けとめて、体勢が悪かったのかガッシュの下敷きになって一緒にこけた。 ちりーん…… 「ガ〜ッ〜シュ〜!」 「ご、ゴメンナサイなのだ……っ。」 土下座までしそうな勢いで、ガッシュ、本日2度目の平謝り。 大きな瞳をうるうるさせて一生懸命に清麿に向かい謝る様を見ていると、なぜか怒りが持続しなかった。 怪我一つしなかったこともあって、清麿は一つ溜息をついて先程放り出した本を拾うともう一度座りなおした。 「……危ないだろうが、もうするなよ。」 「ウ、ウヌ。もうしないのだ。」 良い子のお返事で神妙に頷くガッシュは、すごすごとベッドの上へと戻る。 その場で伏せて風鈴を眺めた後、ちらりと清麿の方を覗いて、また視線を風鈴に戻す。 普段は何て事無いのだが……ちらちらとうかがうような視線が気になって集中できない。 清麿はぱん、と音を立てて本を勢い良く閉じた。その音に驚いたガッシュの肩がびくりとはねあがる。 「ガッシュ、おやつ食いに行かないか?」 軽く勢いをつけて立ちあがり、ガッシュの方を向く。閉じた本は机の上に放り出した。 唐突な清麿の行動に反応の遅れてしまったガッシュはきょとんしていた。 行かないのか?との再度の問いかけにやっと状況を把握したのか、急いでベッドから飛び降りた。 嬉しそうな様子で清麿の後に続く。 「――ウム、行くのだ。」 ……りぃん、ちりーん…… 誰もいなくなった部屋では、変わらず澄んだ音が響いていたのだった。 |