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夕立の庭 薄いカーテンを引いた窓の外は暗く、雨粒が間断無くあたる音が響く。 少し前から振り初めていた雨は先程から勢いを増し、今現在窓の外は嵐が荒れ狂っていた。 他の魔物の捜索は嵐が過ぎるまで一時休止することにして、 シェリーは何時もついてくれている爺やに紅茶を入れてもらい一息ついた。 礼を言って爺やには下がってもらうと、部屋にはシェリー一人となった。 何の気も無しに辺りを見まわすと部屋の調度品以外に目立つ物は、 白いクロスの掛かったテーブルに置いてある黒い表装の本。 ちょっと疲れを感じてティーカップを脇に置きソファに凭れると軽く目を閉じた。 真っ暗になった視界から僅な時間だけ強い光が差し込んでくる。 遅れて届いた鳴るような音から電光か近づいているのだと知った。 目の前の建物から炎が上がる、その隣の建物も燃える。 凄まじい音を立てて何もかも飲みこんでいく。 ―――此れは夢だと知っている。――― その日はじいやに聞いた喜ばしい出来事が有って、一番最初に祝いたくて。 もう日が暮れるというのに、次の日にはその人にも知らせが届くと言うのに、 待ちきれずに頼んで車を出してもらいその人の元へと飛ばした。 たどり着いてみれば視界に映るのは夕暮れ以上に赤く染まった建物群。 広がる光景を信じられずに目的の場所へと急げばそこには大小二つの人影が見えた。 『見て、シェリー。此れは私がやったのよ、凄いでしょう!』 (……何を言っているの?) 『この力があれば何だって出来るの!』 何時もの貴方じゃない、貴方はこんな事絶対に言わない、しない。 『邪魔するなら、シェリーも倒さなくちゃいけないわ。』 (……どうしてこんな事に?) 叫んだ声も、伸ばした手もあの人には届かない。 ―――――とどかない。 (……あなたの所為ね!) 親友を変えてしまった小さな影、平然と口にされた恐ろしい事。 『この力を失いたくないもの……』 告げられた決別の言葉と……爆音。 脇を吹きぬけた熱風と襲ってこなかった痛み。 目の前に投げ出された本と言葉とそして護るように立っていた―――黒い影。 ぶつりと今まで見ていた風景が途切れ、違うものと入れ替わる。 暗闇の中、シェリーは一人で立っていた。遠くに消えていったもう見えない親友の姿を思い描きながら。 自分以外には聞こえない声を張り上げてあの時の誓いをまた繰り返している。 助けてくれた貴方が悪夢を見ているのなら、起こしてあげる。 貴方がしてくれた行いとその時くれた言葉がどれだけ支えてくれたのか。 だから、もう少しだけ待っていて。もう少しだけ。 絶対にこんな戦いを終わらせて、貴方を取り戻す。必ず、二人で絶対幸せになるの。 前に助けてくれた貴方と一緒に、今度は私が私が助けるわ。 何時の間にか自分を取り巻く暗い闇から音が響いている。 最初は意味をなさなかったそれがだんだん理解できるようになり、それに合わせて世界も揺れた。 「―――い!おい!シェリー!!」 肩を揺さぶられてはっ、と気が付いた。 頭に手を当て未だぼんやりとした意識のまま辺りを見まわすと、 ソファーの脇には仏頂面をしたブラゴが立っていた。 だんだんすっきりしてきた頭の中で自分のおかれて居た状況を把握する。 「………私……寝てたの?」 「そのようだな。寝るならベッドへ行け、その所為でまた倒れられたらかなわん。」 ブラゴのその言い方に憮然としながらもシェリーは身を起こした。 目元から雫がこぼれそうになって、慌ててぱちぱちと瞬きを繰り返して痕跡を消した。 「……そんなに倒れたりしていないわよ。失礼ね。」 「どうだかな。」 シェリーの反論にふんと、鼻先で笑って見せる。 ブラゴはそれ以上会話は続けようとせず窓際まで歩いていくと、窓を開けた。 吹きこむ風にカーテンが揺れる。 途切れた会話の間にシェリーが体を起こし不自然な姿勢で固まっていた身体をほぐしていると何時もの不機嫌そうな声がした。 「外へ出てくる。」 顔を向ければ少しだけ振り向いた相手は用件は終わったとばかりにバルコニーを経てそこから庭へと飛び降りた。 「ちょっとブラゴ、一体何処へ行くつもり――」 慌てて追いかけようとしたがすでに見える範囲に、その姿は無く。 仕方無しに開いたままの窓を閉めようと、それに手をかけると揺らいだカーテンの隙間から陽光が差し込んだ。 数時間ぶりに目にする余りのまぶしさに手をかざしそのまま外へと歩みでる。 嵐はとうに過ぎ去っており、空には幾つかの千切れた雲がその痕跡を伝えるのみ。 足下に溜まった雨水は鏡のように頭上を写し、渡る風に細波を作った。 静かな空白に意味が無いと知っていても考えてしまう事がある。 あの時、もっと早く辿り着いていたら助けられたのだろうか。 彼女があいつに出会うより早く、私が彼に会っていたら? 誰がどの魔物の本の持ち主となるかはそれらが会わないとわからない。 だからそんな風になってもきっと結末は変わらないだろう、と。 結局変える事の出来ない今という結論に落ちついてしまう。 先程までの荒れたものとは全く違う優しい風がシェリーの長い金髪を揺らした。 吹き荒れた風の所為で少々荒れてはいたが、水を得たばかりで鮮やかな緑を含む木々は目に優しい色を纏っている。 傍の花壇に咲く花に溜まった雫が日を弾いて煌いた。 雨上りに良くある景色。 二人でこんな風景を沢山見れたら、と思うと心の中がまたぐちゃぐちゃになりそうで。 ぎゅっと、目を閉じると大きく息を吸いこんだ。水と木の香りが肺の中に満ちると少し落ちついた。 再び目を開けた時には何時もの自分を取り戻していた。 早く何時もの貴方を取り返す、その為に私は戦うわ。 流れる風に金髪を遊ばせたまま、シェリーは落ち着きを取り戻した空を 色が変わり始めるまでずっと眺めていた。 |