幸福なペット



「しっつれいしま〜す。なぁなぁ、見てやコレ。」
執行部室に入ってくる早々御神は紙袋を逆さに振って中身を取り出した。
「………耳?」
一同の視線を集めたモノはカチューシャにくっ付いた動物耳だった。しかも複数。
「オモロイやろ〜?奥津小路で見つけてん。」
物珍しげに弄る一ノ瀬とそれを見守る九条と紫上。
少し離れた場所では顔ごと視線だけこちらへ向けて伊波が座っていた。

「コーちゃんどしたの、これ。」
「いやいや、前の烈士曲水四龍聖ノ宴<たいいくさい>ん時にな負けた方罰ゲームて言うたやん。」
「…………ああ、そのような事も言っていたな。前日だったような気もするが。」

言ってたっけと首を傾げる一之瀬の後ろで呟く九条。続く御神の台詞も何となく察したようだ。

「―――『それ』か?」
「さぁっすが総代ハン察しがエエな〜。ちゅーワケで付けてもらお思うてまんのや。」

あ、勿論ここ限定でかまへんでとにやにや笑う御神に九条は人員を数えだした。

「白鳳は俺、伽月、鼎さん、美沙紀……全員に付けさせる気か?」
「美沙紀ちゃんはエエです……。」

反応を想像してしまったのだろう棒状態になって首から上だけを横に振っている御神。
それが判ってしまっている一同は素直にそうしとけと言わんばかりに頷いた。
「ま、それくらいなら構わんが。」
実は結構面白い事好きな九条はあっさりと承諾した。
血相を変えて詰め寄る紫上を軽くかわし御神に詳細を確認する。
「総代!?」
「晃、それは期間はどうなんだ。今日だけなのか?」
「今日だけでもかまへんけど、それやと短ないですか?討魔<おやくめ>入ってもうたらパァやし。」

そうだな、と九条はしばらく考えこむと顔を上げた。

「では、放課後――今日を含めて3日、執行部室内限定で大棒如風倒伏戦<棒倒し>に参加した者だけ、だな。」
鼎さんはここへは殆ど来ないだろうから俺か伽月くらいしか出来ないだろうが。
そう言うと九条は御神に此れで良いかと確認を取った。それを聴いていた一之瀬も賛同する。

「面白そう〜、アタシも別に構わないよ!」
「ですが……」
「良いじゃん結奈、ここから出るときは外して良いんだし。那須乃には気を付けないといけないけどね。」

場所柄執行部員しか入れないと云う所と期間・時間限定による事それでもって一之瀬、御神の説得により遂に渋っていた紫上も折れた。
「あ、じゃあアタシ今日ぐらいは先輩連れてきまっす!」
しゃきっと挙手すると返事を待つ間もなく一之瀬は執行部室を飛び出していった。
止める間もなく突風のように消えていった後姿を見送りながら御神は口を開いた。

「あ〜、じゃあとりあえず総代ハンどれがエエですか?」
「やはり御髪の色と合わせた方が良いのではないでしょうか。」

少しだけ柔軟になった紫上の提案により黒色の付け耳――どうやら位置からいって犬のようだ ――を手に取りかぽっと付けてみた。

「どうだ?」
「お似合いですよ、綾人様。」

長めの鴉の濡れ羽色の髪から伸びる細身の耳、シェパードか何かを思わせるそれ。
紫上が手を伸ばし髪を整えると鞄から鏡を取り出し渡した。
「う〜ん、オモロイかと思うてたんやけど案外普通に似合うな〜。いっそ兎耳でも探すべきやったやろか。」
紫上に鏡を借り、角度をかえて色々覗き込みながら九条は言った。
「うん、制服も似たような色だから特に違和感は無いか。」
くるりと振り向き机の端で静かに座っていた伊波に声をかける。

「どうだ、飛鳥。」
「格好良いですよ、九条先輩。」

言われて表情を緩めた九条はふむ、と伊波をじろじろと眺め視線を机へ戻す。
もう一度伊波を見やると顔はそのままに片手だけ動かした。
一房跳ねた髪とは別にぴょこんと生えるふわふわの茶色の耳。
きょとんと九条を眺めた後、おずおずとばかりに頭上に手をやってそれを確かめた。

「外すなよ。うん、矢張り可愛いな。」
「そう云うのは紫上さんか伽月にでも言ってあげて下さい……」
「どうだ、紫上。この色で構わないか?」
「ええ、良くお似合いです。」
「エエやん、かいぐりしたなる位には似合うとるで。」
「御神…紫上さんまで……」

口元を押さえ上品に微笑みかけてくる紫上とにやにや楽しそうな御神に脱力する。
九条は伊波のもっと近くまで寄るとニヤリと笑って片手を出した。
「飛鳥………『お手』。」
見ない振りをしていても静かに待っているその掌に向かいやや投げやりに右手を乗せた。


―――ぺし。


「『おかわり』。」
反対の手をこれまた投げやりに乗せる。

―――ぺし。

「おお、良く出来たな。」
笑いながら空いている方の手で頭を撫でる。しばらくはされるがままだった伊波は口元だけでニヤリと笑った。
その笑いの意味を聞かれる前にすうっと軽く息を吸いこんだ。そして一声。

『Bow,wow!』

「……!?」
がらっと扉を空けたのと同時に飛鳥の声が響いた。
踏みこむのに少し躊躇してから頭だけひょっこり覗かせて原因に思い至ると笑顔を見せた。
さっき飛び出していった一之瀬と連れられてきた宝蔵院だ。

「先輩連れてきたんですけど〜って、今のは飛鳥かぁ。」
「伽月お帰り、こんにちは宝蔵院先輩。驚かせてごめんなさい。」
「お、おぅ。今のはお主か。」

心持ちひるんだように見える宝蔵院はきょときょとと室内を見まわす。
「伊波君鳴き真似、お上手ですね。」
感心したようにこちらを見る紫上に、これしか出来ないけどね、と返す伊波。

「後コイツ猫の鳴き真似も出来るんだよ、結構似てるんだ。」
「他にヴァリエーション無いし、同じようなのしか出来ないけどね。」

つまりは犬の鳴き真似と猫の鳴き真似が一種類ずつ出来ると言うことらしい。
遠吠え、威嚇音といった音が出ないという事なのだろう。
そんな遣り取りを見ていた九条は伊波の方へと体を乗り出した。

「ふむ、お前なら飼っても良いな。どうだ俺の飼い犬になるか?物凄く可愛がってやるぞ。」
「ああっ、ならワイが飼いたい!って寮やとあかへんか……」
「駄目だよ〜、アタシを差し置いてそんな事は許さないんだから!」

ノリが良いと言うか何と言うか、畳みかけるように繰り出される言い分に伊波はちょっと引き気味だ。
困ってこの面子のなかでは唯一止めてくれるであろう立場の紫上に目をやれば、 彼女は一つ瞬きした後微笑を浮かべてこう言った。

「ふふ、綾人様。伊波君を御飼いになるのはせめて頭上のものを外してからになさいませ。」
「おお、そうか。してどうだ結は?」
「――伊波君くらい可愛らしい犬種なら私も欲しいですね。」

面白いと思ったのか何故か皆と一緒になって参加している。
すっかり伊波を誰が飼うかで騒ぐ一同に取り残された感じの当人は肩を落とす。
ついでに一房跳ねた髪も揺れた。
珍しく騒ぎに乗らなかった宝蔵院は無言で伊波の肩を叩いていた。



なお罰ゲーム期間が終了した後、参加メンバーでは無かった伊波にも付け耳が授与された。

「貰ってどうするんですかこんなの……」
「俺も困るが……とりあえず飛鳥の場合は偶に付けておけば良いんじゃないか?皆が喜ぶ。」
「……何処で付けるんですか……というかあまり嬉しくないです……。」

提案者の御神と参加者の九条に直々に手渡されて捨てるわけにもいかず、ほとほと困り果てていた伊波の姿が有ったという。





愉快な罰ゲーム風味。御神がエセ関西弁なのはご勘弁。
確か前日生徒会執行部での会話ですよね、罰ゲームうんぬんは。


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