炎彩夜宴


夜空の一角が明るくなった。次いでどぉん、と云う音が響く。
紅い菊花、金のひまわり。
其れにつられて立ち止まる人が偶にいるものだから気をつけないとぶつかりそうになる。
そういった人を避けつつも人の流れに乗りながら、九条綾人と伊波飛鳥は並んで交通規制の掛かった道路を歩いていく。
浴衣を着て来るという案も有ったのだが、会場までの混雑が予想される事と公共機関を利用する為、 私服で行動する事となった。
九条はTシャツにシャツを羽織り、色の抜けたダメージパンツにスニーカー。
伊波はカーキのカーゴパンツにTシャツとスニーカー、バックパックという軽装。
私服で並んでいると云うのが何となく珍しくて、最初はお互いに不思議な感じを覚えていたが今はもう慣れてしまった。
会場となっている川岸は見物客でごった返していて、ちらほら浴衣を着ている女性も見える。
長身で整った容貌の二人が並ぶと廻りから好奇の視線が飛んでくるが、そんなものにはとんと気付かぬまま ――少なくとも伊波の方は――ひたすら見易そうな場所を探す。
人垣の中にようやく二人分くらいの隙間を見つけ足を止めた。
その間にも空ではプログラムにあわせて、炎色反応を用いた光の饗宴が開かれていた。
本日、晴天。されど夕刻になって僅かに風が吹き始め、今現在も涼しい風が隙間を流れる。
幾つかの連続した物の後に足元から腹の底まで大きな音が響き、何かが零れるような音が続いた。
赤や緑や金色の華が咲き、青い星が弾け欠片を振り撒き消えていく。
音をたてて昇って行く光が音と銀の飛び交う光をばら撒き、 僅かな星しか見えない空に煙の線を残し、新たな光が線を引く。
大きな華が上がるたびに周囲から歓声が上がりと拍手が聞こえた。
金色の菊、緋色の牡丹、銀色の柳。大輪の中に小型の華が見えるもの。昇り龍。

「流石、大きいのは迫力がありますね。」
「お、今上がったやつは色が綺麗だな。」

金色の椰子、高い音を立てて飛ぶ蜂の群、緑や赤の花束、変化牡丹、冠菊。
打ち上げ花火の合間にここからでは人垣で見えにくいが仕掛け花火が点火しているようだ。
前の方で人の波に動きがある。無理に見に行こうとはせず、今回は諦め打ち上げものだけを見物する事に留めた。
暫くの後、上がった中で変わった形の見慣れない花火に伊波は首を傾げた。
ねじれた曲線と短い線で描かれた花火。
「……今のは何でしょうか…?」
僅かな明りで会場前で配っていたプログラムと時刻をちらりと確認して九条が答える。
「ねずみ…らしいが…。ああ、あれは判るな、猫だ。」
続いて上がった花火は、ディフォルメされてキャラクターっぽくなってはいたが、ちゃんと髭まで見てとれた。
女性の放送案内が途切れ途切れに聞こえる。花火の名と種類を読み上げているようだ。
端の方で華やかな配色の扇が開いた。廻りの視線も一斉にそちらを向く。
左端から右端へと水中から噴水のように上がる扇形が移動していく。
完全に消える前に今度は右端で連続花火が上がった。
離れていて同時に見るのが難しかった為に伊波は忙しく頭を動かして見ている。
九条の方はと云えば視線だけで移動していく其れを追いながら、 端で捕らえた隣の動きが面白くて、それも横目で見ていた。
そのうちに水中からの連続花火が終わる。
隣が静かになるとまた眼前で展開される花火へと戻っていった。
散っていく花火から赤い光の点が水平に動いていくのを何となく視線で追う。
ちかちかと瞬くのを見て飛行機が飛んでいくのだと知った。
飛行機から此れは見えているのだろうか、高度がかなり違うから無理かもしれないが音ぐらいは届いているのだろうか。
上から見下ろした花火も見てみたい気もする。球形ならともかく、図形になるものは一体どう見えるのか。
そんな事を考えながらも目は眼前に広がる光景に向いたままだった。
時折上げる歓声と感想以外は二人特に会話も交わさぬまま、ただ花火に見入っていた。
「今度のはまた大きそうだな……。」
九条が呟き金色の光が登って行くのを視線だけで追いかける。
だがそれでは追いつかず今までに無く高く上がり殆ど真上を見上げるようになって。
中心部の色だけ違うとてもとても大きな菊花が上がった。星の破裂と共に体の芯まで響く音。
それは視界をはみ出るほど大きく、散っていく欠片が川面に辿り着きそうなほどで。
余りの大きさに周りの観衆からも一際大きな歓声と拍手が上がった。
開いた際の音がまだ耳の奥に残るようで、じんとする。
「凄いですね……」
ぽつりと伊波が呟く、余韻を残すように散った煙が夜空に溶けた。
続けて其れよりかは小さな花火が連続して上がった。色彩華やかな光の群。
次々と光の柱のようなものが昇っていく。
色と光が交じり合い視界を皓く染め、昇曲と玉の破裂音が鳴る。
聞こえる音が人のざわめきだけになっても二人は暫くはその場を動かなかった。
どちらとも無くほぅ、と軽く息を付く。
やがて、終了を知らせる案内放送が流れると顔を見合わせ、笑う。
二人は無言で示し合って動き出す人の流れに巻きこまれぬように、場所を移動した。






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