プロローグ

 穏やかな風に導かれ、彼はその地に初めて足を踏み入れた。長い時を生きる女王と守護聖が住むために作られた聖地は、新女王が女王候補の頃、非公式に行われていた女王候補試験地であった飛空都市を反映した作りになっていると聞く。

 世代交代を終えた宇宙はようやく平和が訪れようとしていた。そう、宇宙が安定するのは良いことだと思う。しかし、なぜもっと早く、彼女が現れなかったのだろうと、思ってもしかたない事を考えてしまうのは、まだ彼の傷が癒えていないからだ。無意識に触れた精悍な貌を彩る傷が微かに痛む。彼の名はヴィクトール、何も知らない人々は彼を英雄と呼んでいたが、その声から逃れるようにこの地に訪れたのも事実であるため、彼女だけを責められないのを知っている。あの時、彼女は女王ではなく、前女王も力の限り手を尽くしてくれていたのも知っている、だが、その救いの手からこぼれてしまった、沢山の命があったのも事実だ。

 これからあのような悲劇が起こることはないだろうと胸をなで下ろした彼の元に届いた一通の手紙。それは、即位して間もない女王からのこれから行われる女王試験に教官として聖地に来て欲しいとしたためられた手紙だった。女王からの任命であれば必ず行かなければならないのだが、その手紙は女王自身が書いたのだろう。自分の経験から、ただ育成するために守護聖たちと過ごすだけでは、実際の女王としての裁量の知識が狭められてしまっている事。次代の女王にはそんな苦労をさせたくないと、
もっと人として視野を広げる手伝いをして欲しいと切々と訴える文章に、心が少しだけ傾いた。が、彼をその地へ誘ったのは、女王の「英雄と呼ばれる苦痛を知る貴方だからこそ、女王候補生達に教えてあげて欲しいのです。女王として生きると強い精神がいることを・・・」という一文だった。
 その一文に込められた女王が秘めている心の悲鳴が聞こえるようで、ヴィクトールの死にかけた心を深く揺さぶった。数多くの部下に助けられた命のため、自ら死を選ぶ事すらできず、名声と呼ばれる群衆の荒波に放り投げられ、萎えそうになる心を必死に立て直すのが精一杯な自分に助けを求める女王に共感に近い感覚で引き寄せられたヴィクトールが、その地に訪れたのは、手紙を受け取って、1週間もたたない頃だった。

To be continued



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