育成を終え、寮の夕食時間までまだ少し時間がある。その僅かな時間を使って少女は足早にある目的地まで急ぐ。

 恋人達の湖の畔にあるログハウス。少女の瞳には映るのに、飛空都市で暮らす人達には見えない不思議な建物の前で、荒んだ息を整えて、緊張の余り震える手を押さえつけるようにノックをする。

コン・コン

 と軽く叩く。

 ドアをノックしながら心の中で祈るように呟いた。ここ数日あの少女を安心させてくる優しい笑顔に逢っていないのがとても悔やまれるからこそ強く祈る。

     今日はいらっしゃるといいなぁ。・・・・・さん。


 少女の祈りが通じたのか、カチャという音共にドアが開く。ドアにいる少女に気付いたログハウスの持ち主は、笑みを深めて、ログハウスの中へと招き入れる。 「よぉ、お嬢さんお久しぶり? ちょうどコーヒーを飲もうとして煎れたばかり何だ。何もない所だが、コーヒーでも飲んでいってくれないか?」
 アンジェリークと呼ばれる少女の心配を余所に、迎え入れてくれる彼の声が妙に懐かしくて嬉しい気分にさせるのに気付いたのは随分と前の話。
「はい!」
 だから、答える声が予想外に大きくなってしまったのも、多分、そんな気持ちのせいだと思う。


 私が招き入れられたログハウスには、挽き立てのコーヒー豆の良い匂いがしている。
「どうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます。カティスさん」
 慣れない女王試験に全ての歯車がかみ合わなかった頃、偶然出会ったこのカティスは旅の商人だと言って、落ち込んでばかりいる少女に応援のエールを送りつづけてくれたのだ。
「がんばれ!」
 と応援される度に、アンジェリークは少しずつ笑顔を取り戻している自分に気付かされた。
 このアンジェリークにとって秘密の場所であるカティスのログハウスは居心地が良すぎて、気がつくと帰らなければならない時間になるまでいる事の方が多い。こうやって他愛もないお喋りをしながら過ごす時間が大切で、何よりも優先したいという思う不思議な空間でもあった。
 そう、いつもようにカティスに煎れてもらったコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと掛けて、カティスの旅の途中で起こった出来事やアンジェリークの試験中に起こった出来事を報告をする時間が飛空都市で過ごす時間で一番安堵できる瞬間だった。
 だが、本日のカティスはちょっとキョロキョロとして落ち着きのない動作を繰り返していた。
 小首を傾げ、カティスの動作を見詰めてるアンジェリークの視線を感じたのか、カティスは苦笑を浮かべて照れるように喋り出した。
「今日はお嬢さんに渡したいものがあるんだけど、受け取ってくれるかい?」
 ぽりぽりと鼻の頭を掻いて、カティスは少女を見詰め返した。
「渡したいもの??? 何ですか?」
 カティスから貰えるものなら何にでも喜んで受け取っていたつもりのアンジェリークは金髪を一房弄りながら聞き返すと、ますます顔を赤く染め上げてカティスは早口で捲くし立てる。
「花を・・・・君に渡したい花があるんだ。でも受け取る前にちゃんと花言葉を知ってから欲しいんだ。それを知った上で、受け取るか取らないかを決めて欲しい」
 真摯な瞳でアンジェリークを見詰めるカティスに押されてアンジェリークはコクリと頷いた。
「この花を君に・・・・・アンジェリーク・・・君に渡したいんだ。この花の名前はスノードロップ。2の月から3の月までの寒い時期に雪の残る山野にどの花よりも早く咲く待つ雪草とも呼ばれる。この葉を君に・・・花言葉は希望、慰め、そして、恋の最初の眼差し。俺としては恋の最初の眼差しという花言葉がメインなんだけど・・・・受け取ってくれるかい?」
「・・・・・それって、私は自惚れてもいいんでしょうか??」
 釣り鐘状の小さな白い花を下向きに付けた可憐な花を軽くまとめた花束を差し出して、尋ねるカティスの姿が涙に滲んでしまう。
 アンジェリークは泣き笑いに似た表情を浮かべてカティスの手から花束を受け取りながら小さな声で尋ね返す。
「それはこっちのセリフだよ。お嬢さん」
 弾かれたようにアンジェリークの顔を見つめ、ゆっくりとアンジェリークが大好きな笑みを深くしてカティスは花束を抱え持つ少女を抱きしめる。
 そして、ログハウスにある二人の影がゆっくりと近づいて重なり合った。

スノードロップ。

それは二人にとって特別な花言葉を持つ花となる。 






花言葉

花名:スノードロップ

希望、慰め、恋の最初の眼差し




FIN



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