7月の暑さは何のせいなのか。
「あつーい!!暑いってば!!!」
まだ7月。
夏本番というには少し早い気もするが、それは暦の上での話な訳で、気温上はとっくに真夏となっていた。
「メイったら、いつも何かしら叫んでいますのね」
広場にある木陰のベンチ。
そこで涼んでいる2人の少女。
右側に座る少女−メイの、何度目かの叫びにさすがに呆れたような声が飛んでくる。
とはいえ、その声の主も暑さに当てられたのか少しぐったりしたような気配が取れる。
「でも暑いんだもん・・・」
メイは不貞腐れたように友人を見る。
ディアーナとメイ。
親友のような仲に見る間に発展していった2人は時間さえ合えば一緒に過ごしていた。
ディアーナがメイをとても気に入っているせいもあるが、メイ自身もディアーナの奔放さや、
優しさに気を許していた。
もっともメイは誰に対してもそうであるように見えるが・・・。
「それにメイ、あなたが人の倍暑さを感じるのは、やっぱり服のせいだと思いますわ!」
ディアーナはメイの厚手のケープを手にとる。
「ほら・・・これでは暑いに決まっていますわ」
布の質感に溜息のような声をこぼす。
「でもさぁ、この服には色々と思い入れもあるのよねー・・・って何よりも、
キールが新しい服買ってくれないんだもん!しょうがないじゃんっ」
メイはしんみり語るかと思いきや、暑さと怒りをここにはいないキールへとぶつけた。
ディアーナは相変わらずですわね・・・と苦笑交じりにその様子を眺めていたが、
良い事を思いつきましたわ!と、手のひらをパチンと合わせる。
「メイ、私の持っている服で、大人し目のものを差し上げますわ!確かあまり着ていないのもあったと思うから、
差し上げます。ね!よろしいでしょう?」
ディアーナは自分の考えにウキウキと目を輝かせる。
「う〜ん。でもディアーナの服じゃちょっと高価すぎるんじゃない?それになんか悪いよ」
メイは普段のディアーナの服から他の洋服も想像した上で答える。
「そんなことないですわよ!・・・あ、でもメイがいやなのだったら仕方ないですわ・・・」
ディアーナはメイ自身が嫌がっているのかと想像し、しゅんと項垂れる。
「や、そんな事ないって!そう言う意味じゃなくてさ・・・」
メイが慌てて否定すると再びその顔を上げパッと輝かせる。
「じゃぁ、よろしいんですのね!!では、善は急げですわ!早く行きましょう!」
こうなるとディアーナの勢いは止まることを知らなかった。
メイはなすがままにディアーナに手を引かれ、王宮へと向かうのだった。
「これなんかいかがかしら?」
女官に手伝ってもらいながら自分の着ない服を選別し始める。
「ディ・・・ディアーナ、1着でいいからね?」
何枚も出すディアーナにさすがに焦ったメイは声をかける。
「そうなんですの?そんなことを言わずに、もっと持っていって下さいな」
ディアーナが不思議そうな顔で勧める。
「や、もって帰るの大変だし、そんなに友達のものもらうわけにいかないよ」
メイとは思えない殊勝な言葉が出てくる。
だが、そういいたくなるほどにディアーナの服は高価なものばかりだったのだ。
「では、次の機会にまた持ってくださいませね?」
ディアーナが折衷案をだすと、ちぎれるほどの勢いで首を上下するメイだった。
「じゃぁこれにしようかな?」
メイは1枚の白いワンピースを選んだ。
丈はそんなに長くないシンプルなものだ。
数ある中から一番動きやすいものを選んだ結果だった。
もちろん、メイ自身デザインが気に入ったのもあるのだが。
「あら!やっぱりそれにしましたのね。私もそれが似合うと思っていましたの。
ステキでしょう?日の光にあたると薄く蝶が浮かび上がりますのよ?」
メイはそんな高価そうなものを選んでしまったのかと一瞬焦る。
「ディアーナ・・・本当にこれいいの?」
再確認するメイにディアーナはにっこりと頷く。
「良いんですの。それを私が着ると周りの者があまり良い顔をしないんですわ。
丈が少し短すぎるんですって」
確かに王家の姫が着るには短いかもしれない。
足首が見える時点で問題があるだろう。
「でも一度そう言うのが着てみたくて、作ってもらったんですわ。
私にはあまり似合わなかったのだけど、メイにはとっても良く似合いそうですわ!」
ディアーナの言葉に少し赤くなりながらメイはえへへと髪を梳く。
「ありがとう、ディアーナ。特別な時に着るね!なんだかもったいないもん。
私こんな服初めてだよ」
遠慮していたものの、やはり憧れはあったので素直に喜びを伝えるメイに、
ディアーナも嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「せっかくですもの、着てみてくださいな。・・・メイをお願いね」
ディアーナはご機嫌なまま、近くにいた女官にメイの着替えの手伝いをするように伝える。
女官はメイが慌てているのをよそめに別室へと連れて行く。
ディアーナはメイの消えた部屋の中、そわそわと待ち始めた。
「姫様、失礼致します」
控えめなノックが聞こえ、ディアーナが入室を許すと、女官の開けたドアの向こうにメイが立っている。
白いワンピースは襟元が少し大きく開いており、胸元とすそを繊細なレースで縁取っていた。
ウエストには少し大きめなリボンがあり、フレアー状になったスカートは裾に近づくにつれ、植物の刺繍が細い銀糸によって
施されていた。
丈はメイのちょうど膝下。
ディアーナが着ると、ちょうどふくらはぎの真ん中辺りになるのだろうか。
「えへへ、どうかな?」
メイは少し得意げに頬を染めながらもディアーナに感想を求める。
「よくお似合いですわ、メイ!さぁこちらにいらして」
ディアーナはメイを窓際に用意した鏡の前に連れて行く。
メイは鏡に映る自分の変わりように驚きながらも、服を見てさらに驚く。
先ほどまで真っ白だったのに、今は七色に変化した蝶が飛翔していた。
「すっごーい!!!綺麗な蝶!!これって魔法だよね??少しだけ魔法の波動も感じるもん」
日光があたった瞬間微弱な魔力の流れをメイも感じた。
まだ未熟ながらも、魔道師の端くれなのだ。
「そうですわ。シオンがかけてくださったの。せっかくだからシオンにも見てもらいたいところだけれど、
今日は宮廷にはいないんですの。お兄様と神殿にいるんですって」
ディアーナは残念そうに言う。
「それよりも!メイ、鏡を出来るだけ見ながら、クルっと回って見せてくださいな」
ディアーナに急かすように言われ、メイはその場でクルリと回転する。
すると先ほどすそに止まっていた蝶は優雅に飛翔したのだ。
メイは驚いて再び回転する。
「ディ、ディアーナ、本当にこれもらっちゃっていいの?!?!」
感動しながらも慌てるメイに、にっこりとディアーナは頷く。
「もちろんですわ!メイ、どうかしらさっきの服よりも涼しくなったかしら?」
当初の目的を思いだしたメイは、確かに涼しくなったと言う。
「涼しいけど・・・本当にいいの?」
上目使いにさらに聞くメイにディアーナは得意げに腰に手を当てる。
「ふふ、実はその服の丈を長くしたものを作ってもらったんですの。だから心配しなくても、大丈夫ですわ!」
それを聞いたメイはほっと胸をなでおろす。
「よかったぁ。じゃぁ、これもらっちゃうよ!本当にありがとうディアーナ!」
メイはディアーナに抱きついて感謝を伝える。
「ふふっ、メイったら」
そんなメイに笑みをこぼしながら、今日はそれで帰ることをディアーナは勧め、
メイもまたそれを了承し、しばらくすると研究院へと帰っていった。
時間は夕暮れ。
メイは王宮の中庭を通る。
噴水の前を通る時、その水に朧気ながらにうつる自分を見る。
異世界にきて異世界の服を着、そしていつもと違う化粧をする自分。
嬉しいけれど、あまりにも遠くに来てしまった事を嫌がおうにも実感してしまう。
少し哀しげに笑うと、さっきのようにクルリと1回転してみる。
先ほどよりも赤い、夕日のような蝶がそこから羽ばたく。
その幻を見るように水に映る自分を見る。
「お嬢さん、そろそろ王宮の門扉が閉まりま・・・おまえか」
後ろから不意にかかった声に振り返ると、驚いた顔をした長身の男性が立っていた。
「隊長さん・・・」
とっさのことに先ほどまでの沈みかけた顔を見せてしまったメイだったが、一瞬後には笑顔を浮かべる。
いつもどおりの屈託のない笑み。
「ディアーナからもらったんだ!どう?」
そう言うと先ほどからしてきたように再びクルリと回転する。
さらに傾いて赤さを増す夕日を反射するようにそこから数匹の蝶が羽ばたく。
レオニスは何を見てか眼を細める。
「・・・美しいな・・・」
聞き取れないほどの小さな呟き。
何に対しての言葉か聞きとれずに、無難な答えをメイは返してしまう。
「ね!綺麗な蝶でしょ?」
いつもの自分らしくないな・・・と思いながら。
それを見たレオニスは目を伏せ、本人も気付かないほどに薄く笑う。
「よく、似合っている」
そう言ってポンと頭に手をのせる。
キールが毎朝してくれるのとは微妙に違う。
まるで手がのった瞬間に何かのスイッチが入ったようだった。
そうして自分の横を通り抜ける瞬間目の端に移った彼の青い瞳。
その目を見た瞬間、金縛りにあったように固まってしまう。
レオニスの声が後ろから聞こえてくる。
「その姿ではどこの無頼漢に声をかけられるとも分からん。話はつけておくから、馬車で帰るといい」
そこまで聞くとやっと体に反応がもどってきたメイは後ろを振り返る。
「私はまだ任務があるのでな。気をつけて帰れ」
レオニスもまた振り返り、それだけ言うと王宮へと入っていく。
先ほどとは違ういつもの、静かな穏やかさをたたえたような瞳がメイの瞳の中に移る。
今や夕日のせいだけでなく、真っ赤に染まったメイの頬。
「暑いよ・・・暑いったら!」
頬を抑えながら呟くその姿から伸びた影は、王宮の出口へと向かって行った。
End