きっかけは6月で。
夏にはまだ早く、けれどその気配はやってきている6月。
暑さを感じるがカラッとしたものではなく多量の水分を空気中に含んでいる。
そう、つまりは蒸し暑く、不快指数の非常に高い日々が続いていた。
「あーあ。今日も降るのかなぁ。どうせ降るなら降るで、ザーっと一雨来てくれれば
少しは涼しくなるのに。あーもー!」
騎士団の中庭。
そこにメイはいた。
この世界に召還されてから早、3ヶ月が経とうとしている。
友人として仲良く、そして見知らぬ土地に来ているという共通の認識がある人物、
シルフィスの所に遊びに来ている所だった。
そして、少し気になる彼のいる場所でもある。
「すみません、メイ。待たせてしまって」
中庭の、メイが座るベンチの向かいの扉からシルフィスが出てくる。
練習が終わった後の片づけをしなくてはいけないとかで、
倉庫に行って来た所だったのだ。
「となり、いいですか?」
シルフィスはメイの前まで来てメイの横に空いているスペースを指す。
「ああ、座りなよ。別にそんなコト言わないで座っちゃっていいのに」
カラカラと笑いながら空いている席をパシパシと叩く。
「なんだか不機嫌そうな顔をしていたので」
座りながら少し小首を傾げたようにメイを見る。
「ん?別にシルフィスのせいじゃないよ?こうも毎日雨が降りそうで降らない天気が続くと、
もー、いいかげんはっきりしろー!!とか思っちゃって、なんか湿気もすごいから
蒸し暑いわで、かなり不快指数が高いんだよね」
メイのイライラしている原因は分かったが、その言葉の全てを理解していないシルフィスだった。
「メイの世界には雨季はないのですか?」
「んー?あるわよ。まぁ、あっちのがかなり憂鬱かも。ま、これも大自然の摂理ってヤツで
仕方ないことなんだけどね!」
メイが両手足をう〜んといいながら伸ばしているのを見てシルフィスは苦笑する。
「もう、メイはいつもそれですね」
「あははは!あーあ、なんか面白いことでも起きて、スカッとできないかな〜。
例えば街でゴロツキをぶっ飛ばすとか!」
その発案にシルフィスは呆れ顔をするが、物騒とはいえ、あまりにもメイらしい言い様に
クスクスと笑い出す。
メイは頬を膨らませてシルフィスを軽くにらむが、やがてメイ自身もつられたように笑い出す。
傍から見ていればこの光景はなんとも華やかで、男くさい場所で過ごす見習い騎士たちの憧れともなりそうな勢いである。
どこからともなくこの光景を目にしたものはとくしたなぁ!などと考えているに違いない。
その時、どこからともなく黙っていれば美少女に見える2人組を取り囲むようにして
見習い騎士の3名程が現れた。
メイは先ほど自分が言っていたことを実行するためのカモが来たといわんばかりに彼らを見上げる。
シルフィスはメイの表情をみてそれを悟る。
これは、なんとかしなければ。
「俺たちこれから大通りにあるイイ店に行くんだけどよ、お前等も来いよ」
下卑た笑いがその目的を語っているようで、聞いてる二人は鳥肌の立つような感覚を覚える。
そして彼らはおおよそ見習とは思いにくい風体をしていた。
「それが女の子を誘う態度ぉ?悪いけど、私たち今とーっても大事な話をしてるのよ!
そういうわけで、アンタ達だけで楽しんできて頂戴」
メイはどうでもいいと言わんばかりに手をヒラヒラさせ追い払おうとする。
もちろん相手を怒らせるためにわざとしているに決まっている。
案の定、言われた方の男は額に青筋が浮き上がる。
それを見たシルフィスはさすがにここでの揉め事はまずいと思いフォロー役に回る。
「すみません、せっかくのお誘いですが、この後隊長に呼ばれていますので、
メイさんも隊長宛に手紙を預かってきているそうなので。
申し訳ないのですが、今日はここから出る時間がないんです」
シルフィスの言葉にいつもとは違う迫力を感じた3人は隊長に怒られることとはかりにかけ、
まぁ今日は許してやらぁと言わんばかりの勢いで退散していった。
「なによぉ、根性無いやつらねぇ!手を出してきたらすかさず反撃できたのに」
あーあ、残念とばかりにメイはベンチにもたれかかる。
「まぁまぁ、メイここでの揉め事は駄目ですよ。隊長にもご迷惑がかかってしまいますしね」
シルフィスが諭すようにメイに語りかける。
「そだね。でもさ、この世界ってあの手合いが多くない?」
メイが不機嫌そうに言うと、シルフィスも同感ですと苦笑する。
「まぁあの人たちも悪人ではないんですけどれど・・・ね」
しばらく2人でとりとめもないことを話した後、メイはレオニスの執務室を訪ねた。
が、あいにくとレオニスは留守にしていた。
(あーあ、隊長さん、いなかったなぁ。う〜!ちょっと会いたかったんだけどなぁ・・・)
大通りを経由して研究員に戻ろうとしていたメイはその通り道、まだ大通りまでに行かない、
人通りのない道で先ほどの見習達に出会ってしまった。
見習達は3対1なら力づくでもイケル!とばかりにメイを取り囲む。
「用事も終わった見たいだし、俺らに付き合えない理由もなくなったな。一緒に来いよ」
「はぁ?アンタ何いってんのよ。私にアンタらに付き合う義務なんかあるはずないじゃないのよ。
そっちが力に訴えるってんなら、こっちにも考えがあるんだからね!」
さすがに多勢に無勢というのメイも分かっている。
おもむろに両手をあげ手のひらを空に向けると、口の中でぶつぶつと詠唱を始める。
覚えたての呪文だった。
「・・・ファイヤーボール!!!」
「「「ボンッ!!!!」」」
上空で思い切り炎が弾けた。
見習達は本気で魔法を使うとは思っていなかったために、驚きが隠せない。
覚えていろ、とかなんとか言ってこれ以上大事になるのはゴメンとばかりに逃げ出した。
本当に根性が無い連中だった。
メイの方はといえば、焦げ臭い空気を吸いながら、ぼーっと突っ立っていた。
頭上に炎の塊を作って脅そうとしただけのつもりだったのだが、
制御がきかなく、暴発してしまった。
おそらく今の爆発音は大通りまで余裕で届いているだろう。
あとはキールの耳にこの話が入らないことを祈るのみだった。
だが、暴発したとはいえ、思い切り魔法を使ったことには変わりない。
メイ自身はけっこうスッキリした気分になっていた。
(それにしてもあいつら、絶対に騎士になれない。あれくらい情けないって言うのもどうなのよ?)
そんなことを考えていた、そして、
次の瞬間いきなり大粒の雨が降ってきた。
「ぎゃーーー!!!ぬれちゃう〜!」
メイは道沿いにある大きな木下に入る。
(う〜、なんだか踏んだりけったりだぁ)
降り始めてから結構早く木下に入ったにもかかわらず、メイはびしょびしょになっていた。
(はぁ。運があるんだかないんだか)
その時、人が走ってくる足音が聞こえる。
メイは誰が来たのかと思い大通りに続く道を見ると、自分が今日会いたいと思っていた人物がやってくるところだった。
「たーいちょーおさーん!!!」
メイは手を振りながら自分の存在をアピールする。
レオニスもメイがいる木陰へと走ってきた。
「先ほどの爆発はお前か?」
レオニスは大通りに用事があって出かけていたのだが、爆発音を聞いて急いでやっていたのだという。
「あはは、暴発しちゃって。ちょっと多勢に無勢だったから、威嚇しようかなぁ〜と思っただけだったんだけどね」
そういいながら、レオニスの雨にぬれて重くなった前髪を見る。
雨が降っているのに走ってきたからレオニスはメイ以上に濡鼠になっていた。
自分でも鬱陶しく思ったのかその前髪を掻き揚げる。
普段とは違って見えるその仕草と伏せ目がちな目に自分の顔が少し火照ってくるのを感じる。
(隊長さん、めちゃくちゃカッコイイ!!って私が赤くなってどうすんのよ!!)
動揺しているのか心の中で自分ツッコミなどしてみる。
「多勢に無勢?威嚇?何かあったのか?」
その声にメイは心の世界に入りかけていた自分を呼び戻す。
レオニスの顔を見てみれば心配そうな表情が僅かに浮かんでいる。
「や、え、単に3人組の男に囲まれて大通りに行こうって誘われて、断ったら実力行使に出ようとしてるから、
正当防衛をしてみただけだよ」
メイが少し赤くなりながらなんでもないというように言うと、レオニスが溜息をつく。
「・・・無事でよかったが、あまり人気の無い道を1人で歩くのは関心せんな。騎士団に用があったのだったら、
帰り道は送るように言っておくが・・・まさかその男は騎士団所属のものではないだろうな?」
騎士団所属とは見習いも含めてだろう。
メイはとりあえずシラを切ってみることにする。
シルフィスもなにかあったら隊長が困るといっていた気がする。
確かにそうだろう。
「ん〜よく分からない。でも遊びに行ったときにはいなかった顔だったかな。まぁ今日の目標は達成されたからいいや」
ニコニコと笑うメイに怪訝な表情になるレオニスだったが、霧雨程度にまで弱まった雨に目を向ける。
「通り雨のようだな。もう大丈夫だろう。・・・行くぞ研究院まで送っていってやる」
道に出て振り返るレオニスに雲間からのぞく光があたりその存在を際立たせている。
先ほどぬれたせいで髪はその光を反射させていた。
「何を呆けている、行かんのか?」
動きが固まったままのメイに声がかかる。
「あ、う、今行く。今行きますってば」
急いでレオニスの横へと行くメイ。
「顔が赤いようだが熱でも出てきたか?雨にも濡れていたろう」
明るいところに出てメイの顔が少し赤くなっていたことに気づいたレオニスが言う。
「や、大丈夫大丈夫!!風邪なんか引いてないってば!さ、早く行こう!!」
メイはそう言って先に歩き始める。
当然、それは照れ隠しのための行動だった。
歩き始めるとメイは今日話そうと思っていたことを話し出す。
一通りそれが終り、後もう少しで、研究院というところで、レオニスが訊ねる。
「・・・先ほどお前は目標は達成されたと言っていたが、騎士団に何の用だったのだ?」
「え?今日はね、隊長さんとシルフィスと話をするために行ったんだよ!
でも隊長さん、いなかったから
今日は会えないかな〜と思ってて、でも会えたから目標達成!って言うコト」
弾むような足取りのメイを見下ろし、理解できん、というような顔つきをした。
「あーあ!もう着いちゃった。また遊びに行くね!!今日は送ってくれてありがとう、隊長さん」
その後も色々話をするうちに、もっともメイが一方的にしていただけだが、着いてしまったのを残念そうにメイが言う。
「・・・では、な。あまり無茶はするなよ」
それだけ言い残して去っていく。
その姿をしばらく見送ってメイは自分の部屋へと戻っていった。
今日1日でメイの心の中のレオニスが占める部分は確実に広がっていた。
End