File10「志穂」
ボクはまた夢を見た。
また、志穂の夢だ。
このあいだの夢と同じ場所だ。同じようなシチュエーションで、志穂が、ボクの知らない、けれど、どことなく懐かしい場所でこんどはボクと一緒にいる夢…。そして、志穂は今の彼女……いや、一年かもう少し前って感じだ。
なんかいやな感覚がする。そしてその感覚は次第に大きくなって…
次の瞬間あたりの景色が変わった。真っ暗になった。そしてそこにはふたりの人影が…。ひとりは女の子だろう。そしてもうひとりは男で手に持っているのは…血に塗れた包丁!?
目が覚めた。いやな夢だ。でもなんかひっかかる夢だ。
「そういえば――」
ボクは志穂の部屋に向かった。帰っていて欲しい。気がつかなかった。こんなにも彼女のことが心配になったのは初めてだなんて。そして、こんなにも予想と期待とを混同したのも――
「志穂?いる――帰ってないのか――」
扉を開けた時、そのむこう側には誰もいなかった。やっぱりか……。残ったのは、寂しさと空回りした期待に対する虚しさ。
朝食を自分でつくったのはどれくらいぶりだろう。いつもは志穂がやってくれていた。考えてみると、結構男勝りなくせに、保守的なまでに女っぽかったんだな。いなくなるまで、まったく気がつかなかった。
本当に、たった一晩いなくなったくらいで、こんなにも心が虚ろになるなんて、自分でも信じられない。でもそれはボクたちがいつも一緒にいた証拠。ボクの中で彼女がどれだけのウェイトを占めていたか、それを如実にしめしてくれる。
「――そうだよな、たった一晩帰ってこなかっただけなのに、なんでこんなにおちこんでるんだろうな。こんなとこ、あいつに見られたら、なんて言われるか――」
紅茶のカップを片手に、わざと声に出して言ったのは、きっとボク自身を納得させるため――ボクの心にできた虚無の世界を覆い隠すため。
帰って来て欲しい――。
その日一日、ボクは虚ろな心を人に見られるのを拒み、妙に明るく振舞っていたみたいだ。たぶん、周りのみんなも気づいていたんだろう。ボクに何か変化があったって。こんなこと、ボクらしくもない。いや、逆か――。
何日かたった。あいかわらず志穂は戻って来ない。どうしてだろう。そしてボクの中の空っぽは、日に日に大きくなっていく。
そんなある日、ボクはなんとなく課題のレポートを見ていた。
そういえば、この中の事件、どこかで聞いたことがある、いや、なんか知っているような気がする。それは、男女ふたり組が女の両親を殺害するといったごく単純なもの。課題はその経緯を場合わけして説明していく、そんな感じで進められていったんだ。凄く単純な事件のような気がするけど、なんでだろう、凄くきになる。
それに、妙なことが起こるようになった。ポストの中に差し出し人不明の手紙が入っていて、中には「人殺し!」って殴り書きしてあったり猫の死体が入っていたり…。いったいどういうことだろう。
そんな中、ふと思ったことがある。
ひとつは、ボクの記憶の連続性と断片化している理由。
そしてもう一つは、「志穂の記憶がまたなくなった、あるいは昔の記憶が戻り、もうボクと一緒に生活する必要はなくなった。」ってこと。
そうして、志穂がいなくなって一週間が過ぎようとしていた。
一日が過ぎ、一週間が過ぎ、これが一ヶ月、一年となるのではないだろうかと思い始めたころ、受話器がけたたましい音とともにボクを呼んだ。
「坂下志穂さんの知り合いの方ですか?南西総合病院といいますが、彼女を迎えに来てあげてくれませんか?」
――え!?
「いったい、どういうことですか?志穂がそっちにいるんですか?」
受話器を置くとボクはバイクを飛ばして病院へと向かった。見つかった、志穂が見つかった。話したいことがいっぱいある。聞きたいことがいっぱいある。なによりも志穂に会いたい。
「志穂!」
ボクは病室へと駆けて行った。たぶん、看護婦さんや医者から白い目で見られていたんだろうけど、そんなことはちっとも気にならなかった。なにせ、志穂と一週間ぶりに会えるんだ。
病室に入るとそこには、額と腕とに包帯をまいて寝ている彼女の姿があった。他にも顔や腕に傷がある。もっとも、こっちの方はほとんどかすり傷で、しかもだいたい治りかけていた。
すると、病室に一人の医者と一人の看護婦が入ってきた。
「あなたが、坂下さんの身元引受人?ずいぶん若いようだけど…」
看護婦はボクを興味深そうに見ながら言った。続けて医者が口を開く。
「このこは、二日前に大学の裏の空き地で倒れていたのを発見されてここに運び込まれたんだ。さっきまで起きていたんだけど、そうとう衰弱しているみたいでね、なにか恐ろしいことでもあったかのような、そんな表情をしていたよ」
そしてこう付け加える。
「君のところに電話しようとした時もかなり嫌がっていたようだけど、何かあったのかい?もしよければ話してもらえないかな」
そう言い終わらないうちにボクは言った
「いえ、なんでもないと思います」
ボクと医者たちは、その後少し話しをした。志穂の身体のこと、入退院の関係の書類のこと、そんなことを。
「――ぅ…ん……翔君!あたし……あたし……」
「うわっ、いきなりなんだよ……志穂――どこに…いってたんだ――ボク…心配で……」
目覚めたとたんに彼女はボクに抱きついてきた。人目も気にせず。ボクだって会いたかったんだ。彼女の存在を確かめたかったんだ。気がつくと、ボクの目には熱いものがたまっていたみたいだ。それに、見れば志穂なんて顔が涙でくしゃくしゃじゃないか。
けど、ボクの耳はきになる一言を逃さなかった。
「全部――思い出したわ――君のことも――」 |