File1「そして二人は出会った」
「なんだ……これは…?」
気がつけば、ボクの横には、見知らぬ少女が眠っていた。下着しか着ていない恰好で。
「ん〜〜…うぅ……」
げ、起きちゃった…どうしよう――
「あ、おはよう、翔君」
「え……あ、おはよう……!?――え!?、あ、え〜と……」
なんでボクの名前、知ってるんだ?いや、そんなことよりこの子、誰だ?
「覚えてないの?ゆうべ、君、ひどいんだから」
「ひどい…?」
眠い目をこすりつつ、一応何があったのかを把握しようとするボクに、追い討ちをかけるかのように、少女はうつむきつつ口を開いた
「“こんな時間に男の家に一人できたんだから、それなりのことは期待してたんだよな”って、言って――」
「え……ウソだろ……?」
「イヤだって言ったのに無理やり……な〜んてね、へーきよ、気にしてないから」
落ち込んだフリを見せたあと、にぱっと笑って答える少女。そういう問題だろうか?本当にちっとも気にしていないといった様子だ。それに――とかなんとか言っておいてきっちりタオルケットを身体に当てているじゃないか。
「ねぇ、なんか着るものない?さすがにずっとこの服じゃまずいでしょ?」
胸に当てたタオルケットを見ながら、彼女は言った。
「……ちょっと待って――え〜と、ボクのシャツでいい?ちょっと大きいかもしれないけど…」
そう言ってボクは、タンスからTシャツ一枚、ダンガリーのシャツを一着、それにコーデュロイのズボンを取り出した。
「これで、いい?」
その服を受け取り、ちょっとあっち向いててというなりとっととそれを身につけた。次の瞬間、このの緊張の糸を破るかのごとく、彼女のおなかがグ〜〜〜〜ッっとなった。
やばいなぁ、昨日あんなにごちそうになったっていうのに、あたし、まだおなかすいてるっていうの?……しょうがない――
「ゴメン、なんかごはんない?」
結局この言葉をはくハメになっちゃうんだよね。ああ、自分が情けない…
「ねぇ、昨日のこと、ボク、ホントなんにも覚えてないんだけど…」
これにはあたしも少し驚いた。いきなり言われた、っていうのもあるけど、それ以前のこと、覚えていないっていうのに。
「ふ〜ん、覚えてないんだ……。」
ちょっといたずらしてやるか?
「おしえてほしい?ま、いいけど、どこまで覚えてる?」
「えっと……たしか、高校の時の友達が大学受かったお祝いだっていって、宴会やってくれて、そこで酒呑みまくって、気持ち悪くなって別れて駅のあたりまで来て……そこまで――かな?」
――たしか、そんなところまでだよな。するとちょっと驚いたように、少女はマジマジとボクの顔を見て、真剣な表情でこう言った。
「何、君、一浪してんの?」
「ちがうよ、一年留学してたの!」
そう、ボクは一年のあいだ、アメリカの叔父のところに行っていた。もっとも、今ボクが住んでいるこの家も、叔父がこっちの人に貸していたが、その人が引っ越したので、ボクに貸してくれているのだ。もちろん、有償で…まったく、いくら格安でっていっても、苦学生にたかるなよな〜〜。
ちょっとだけ、ウソついちゃおうかな〜〜、よぉし……
「ふぅん、GAPStudentねぇ、いいわねえ――あのね、そのあとあんたさ、駅前であたしに声かけてきて――」
ちょっとくらい、いいよね…。でもなんか罪悪感…
「で、同じ大学に受かったってきいて、なんか“酔ってるからうちまで連れて行ってくれ”って言うから、送って行ってあげたら、あとはさっきいったとおり……クスクス」
あれ?あたし、なに笑ってるの?
なんて話していながら、このこはあまり深刻そうじゃない。むしろ深刻なのはこのボクの方なのだ。
「ホントに何も覚えてないけど、酷いことしちゃったみたいだな……ゴメン、なんかおわびって言うか、何かボクにできること、ないかな?」
そう言うと、彼女はちょっと考え込んで、口を開いた。
「じゃあさ、ここに住んでもいい?あたしさ、高校以前のことよく覚えてないんだ。だから友達とか、わからないし、正直言って親のことも思い出せないんだ。それに、今から住むとこ捜すの大変だし、ここ、広くて静かだし、ダメ?」
いきなり出てきたその言葉にギョッとしているボクをよそに、彼女はどんどん続ける。
「あ、もちろん、光熱費とか、食事代は割り勘ね。料理はあたしがなんとかするからさ、って言っても、こっちに来るまでのこと、よく覚えてないんだよね〜」
「ちょ、ちょっと待ってよ、いきなり話を進められても困るんだけど…」
ハッと我に帰って、ボクはやっと口を開いた
「あのさ、ボクは君のこと、まだなんにも知らないんだよ。それに、ここに住むっていったって、やっぱ、男と女がふたりきりで住むっていうのは…やっぱり、まずいんじゃない?」
「そう?あ、え〜と、あたしは坂下志穂。年はまだ18だけだけど、お酒とかにはけっこう強い方よ。もう、一度ことはおこってるんだから、“男と女”なんて関係ないじゃない?じゃぁ、あたし、泊まってるホテルから、荷物持ってくるね」
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まあ、なんと言うか、そんなこんなで彼女はうちに住むことになってしまった。
ほとんど毎日のように一緒にいるボクと志穂――周囲から見れば、仲のいい恋人どうしっていったところかな?ま、現実的にそんな感じになりかけてはいるものの――
4月、大学の入学式が終わり、少しがたった。しかし、早速いろんなサークルが勧誘をはじめているものだなぁ。ボクたちも、もうかなりのサークルから誘われた。まあ、別にどこかに入ったわけではないけどね。まぁ、結構多くの先輩と仲良くなった。
ボクと彼女は心理学科なんていう、傍から見れば、ちょっとかわった学科に入っている。もっとも、二人とも成績のほうは優秀(らしい)で、結構いい感じの生活をしている。
「どうしたの?ボ――っとしちゃって」
「いや、ちょっとね、ご飯がうまいな〜〜って」
そう、彼女と一緒に暮らしていてよかったことっていたら――やっぱ、毎日まともなご飯が食べられることかな?でも、本当に志穂の作るご飯は美味しいんだよ。
こんなふうに言われる時、常々思う。あたしって、料理上手だったんだなぁ、って。イヤ、それよりもなによりも、どこでこんなこと習ったんだろうなぁ…。
「感謝しなさい」
「ハイハイ、ありがとうございます」
ホントに感謝してるのかな?なんか、あきれているような…。
「そういえばさ、今週末って、何もなかったヨね?」
「ああ、そうだな…どこか行こうか?」
初めて言われたような気がする、こんなこと。うれしいにはうれしいんだけど、どこに行こうかな…
「自由が丘、なんてどうかな?」
そうね――ちょうどこの前、誰かが教えてくれたっけ。誰だっけ?ま、いいや。それに、いろいろといいお店があるって…
「そうだね。自由が丘か…じゃあさ、その後、三軒茶屋行かない?でさでさ、それから三宿行って、そこの“ZEST”ってお店で夕ご飯食べよう。ほら、この前誰かが言ってたじゃん、メキシコ料理の美味しいところなんだって。ね、いいでしょう?」
「わかったよ、んじゃ、今度の週末ね。あ、おかわり」
やったー、って連れていってくれるのはうれしいんだけど、おかわりくらい自分でやればいいじゃない。なんだか、こんなことがアタリマエと化している。
まあ、別にイヤではないし、こっちはなにしろ居候なんて言う、迷惑ばっかかけている身分なんだから、これくらいのことはしてあげたい。これが正直な気分だ。
「ハイハイ、じゃ、週末、楽しみにしてるネ」
なんて口にしながら、あたしは台所に向かっていった。な〜んか、幸せだなァ……
そんなわけで、ボクたちは土曜日の午後、デート、もっとも彼女はそう思ってはいないかもしれないが…をした。自由ヶ丘でL.L.BeanとEddieBauerでウインドウショッピング、そして三軒茶屋でキャロットタワーにのぼり、下北でぶらぶらして、これはちょっと予定外だったけど、それから三宿で夕食。
「どう、ここのタコス、美味しいでしょう?」
「うん、おいしいな。でもさ、どこでこんな店知ったの?」
ボクはタコスをほおばりながら言った。
「なに言ってるの、この前、誰かから聞いたじゃない。あれ、誰だったっけ…それに、なんだか来たことあるような気がする……ずいぶん昔のような…最近のような…ええと…よく覚えてない、あまり大切なことじゃないのかな?おかしいでしょう?」
なんか、まずいこと訊いちゃったのかなぁ。えっと…
「うん?あ、ねえ、そろそろコーヒーでも飲まないか?」
ボクは最後の一枚を口に押し込み、彼女にメニューをわたしながらそういった。
「そうね、じゃぁあたしはエスプレッソね」
「普通のじゃダメなの?」
「ダメ」
まったくもう、普通のコーヒーは400円で、エスプレッソは500円するのだ。もっとも、同居をはじめて一ヶ月近くにもなるのだから、このこのひととなりはわかってきたけど、やっぱりちょっとね――
「え〜と、エスプレッソと、普通のコーヒーひとつずつお願いします」
あ、ボクの知らぬまに勝手にオーダーしてるし……
「あれ、どうかしたの?」
「いや、別に何でもないけど……」
なんでもあるよ。ボクだって、そんなに経済的余裕はないんだ。まぁ、彼女もボクもバイトとかで必要な分は稼いでいて、一応の共同生活とやらは確立している。だからといって、たとえ二人で稼いだ金だとしても、そんなに簡単にたっぷり使うわけにはいかないん――
「あ、エスプレッソあたしです、コーヒーはこっち」
「あ、サンキュ」
ま、確かに匂いはいいし――
「あぁ、おいし〜〜」
うん、確かにおいしいな……
「じゃ、これ飲んだら帰るぞ」
「え〜〜もう帰っちゃうの?もうちょっと……」
「まだいくの――?勘弁してよ――――」
まったく、冗談じゃないよ…。さんざん買い物とか、ウィンドウショッピングをして、荷物だって結構あるというのに…
「そうだ、三軒茶屋のツタヤよっていこ」 |
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あれからもう四ヶ月にもなる。あいかわらず彼女とボクは、微妙な線での同居生活を続けている。恋人でも、親戚でもない――微妙な関係、いったい、彼女はどう思っているのだろう、ボクのこと。
四ヶ月のあいだ、たしかによく一緒にそとに行ったりはしたけど、でも、それだけだった。だけど、お互いのことはよくわかるようになったし、一応、親友、そんな感じでとどまっているんだ。
ま、もっとも、彼女じたい大学には友達なんてほとんどいないみたいだし、なにより、それ以前の記憶があやふやだから誰が友達だったかなんて、覚えていないみたいだけど……。でも、こんなのが心理学やってるなんてね〜〜。
出会ってからもう四ヶ月になる。あいかわらずあたしは彼に、居候って感じでお世話になっている。それについて、すっごく感謝している。けど、彼はどう思っているんだろう、あたしのこと。
四ヶ月のあいだ、ホントによく一緒に出かけたりした。けれど、でも、それだけだった。それでも、お互いの人となりは理解しあえているし、ま一応、親友……そうなるのかな、たぶん。
ま、もっとも、あたし自身大学には友達なんてほとんどいないみたいだし、なにより、それ以前の記憶があやふやだから誰が友達だったかなんて、覚えていないし……どうやら、あたしを知る人がいないところをみると、あたし、かなり遠くから出てきたのかな…。でも、こんなのが心理学とはねぇ〜〜。
「はやくはやく〜〜、新幹線混んじゃうよ」
「わかったからそう引っ張るなよ。それに、あと二十分もあるんだ。まだ大丈夫だよ」
「でもさ、自由席なんだから、なるべくいい席がいいじゃん」
「まぁ、そうだけどさ――お盆だってまだ先だし、そんなに混まないんじゃないの?」
この夏、あたしは翔に連れられて、軽井沢へ旅行することになった。長野新幹線を使ってね。幸い、彼の親戚の人が旧軽井沢に別荘を持っていて、ちょうど誰もこない日があると言うのだ。
「よかった、まだあんまり人いない」
「だから言ったじゃん。だいたい、こんなはやい時間にそんなに人がいるワケないだろ?」
そう、今は朝の7時を回ったばかり。でも、山手線は混んでた、通勤ラッシュで。まだ朝もはやいというのにこの暑さ、ホントご苦労様。
「じゃあさ、あたしお弁当買ってくるね」
「買っていくの?新幹線の中で買えばいいじゃん。横川の釜飯とかあるんだしさ」
「う〜〜ん……そうだね、そうしよう。でも、よく知ってたな」
「だってほら、これに書いてあるじゃん」
「なるほど、旅行ガイドか…まさか、もうどこに行こう、とか決めてあるとか?」
やっぱわかるか…四ヶ月以上も一緒にいるから、だいたいのことはおみとおし、か…
「ホント、楽しかったね。涼しかったし、おいしいジャムも買ったし」
ホントにうれしそうだ。満面の笑顔を浮かべている。連れていった甲斐があったなぁ
「それに、アウトレットモールがよかったんじゃないの?」
「もちろん!だってさ、L.L.BeanとかNikeとか、あんなに安かったんだよ。いいものいっぱいあったしさ。あとほら、ベネトンとかもあったじゃん!」
ボクの言葉に志穂は、ちぇ、ばれたか、とでも言いたそうな顔で応えると、ボクに言った。
「こっちの方にはアウトレットってないのかな?」
「今度、四週間くらいあとかな?横浜にできるらしいよ。たしか――ベイサイド・…なんだっけ?」
「ベイサイド・マリーナ――じゃない?」
ボクが思い出そうとしていると、彼女の口から自然とその言葉が出た。志穂自身も驚いている。
「あれ?知ってたのか?」
「いや、そうゆうワケじゃないんだけど……なんとなく、どっかで聞いたような気がするの」
「そう……」
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その年、ボク達はなにをしていたんだろう……。9月には、まだできたばかりのベイサイドマリーナに行き、10月は志穂が行きたがった東京ゲームショウ、11月は…覚えていない。12月も、クリスマスに教会に行ったくらい。
そしてボク達は新年を迎えた。
「はいもしもし、え……あ、ハイ、すぐにかわります。翔君、君の家から」
「え?あ、サンキュ」
ボクはそういって、お雑煮の入ったおわんを置いて受話器を受け取った。
「もしもし――」
「お兄ちゃん、今の誰?正月になっても帰って来ないから、心配してデンワしたんだけど、そ〜、こういうことだったんだ。あ、だいじょうぶよ、お母さんたちには内緒にしておくから。そのかわり――お年玉、おくってね」
「おい、ちょっと待て――」
志穂がにこにこしながらこっちを見ている。なんか癪だな……。
「ねえ、お兄ちゃんたち、もしかして一緒に住んでるの?あ、でも叔父さんの家だからそれはないかな?」
まったくわが妹ながら、いい勘してるよ……
「――あれ?もしかしてあたってた?」
「それは――関係ないだろ?」
まさか酔った勢いでナンパして家に連れ込んで……なんて妹に言えるわけがない。
「わかったよ、お兄ちゃん。じゃあね〜今度遊びに行くから」
「おい、ちょっと待て――あ、切っちまった」
ボクがハアッとため息をついたすぐあと、志穂が言った。
「今の、君の妹?ねえ、今度遊びにこないかな〜、会ってみたいな〜」
まずいことになってきたぞ……
「翔の妹ってさ、小っちゃくってかわいいんだね。びっくりしたよ」
――ホント、あたしだってそんなに大きい方じゃないし、だいたい、翔とは頭ひとつ、とはいかないまでも、10センチくらい小っちゃい。そのあたしよりさらに小さいんだから、ねぇ。
マグカップを持つ手がなんとなく色っぽい…翔って、指とか細長くて綺麗なんだなぁ。その綺麗な指で包まれたカップを傾けながら、彼は言った。
「しかし、ホントに来るとはな…まあ、母さんたちには、ボクたちがどうせ…いや、一緒に住んでるってこと、黙っててくれたみたいだけど…」
あれ?こいつなにあせってるんだぁ?
「なにあせってるのかなぁキミぃ。な〜んか、まずいことでもあるの?そっか、あたしみたいにかわいい子が一緒だと、なに言われるかわからないもんねぇ」
「ブッ、な、なに言ってんだよ〜〜、ったく…」
「あ、汚い〜〜。お茶吹いた…きちんときれいにしといてよ」
「ハイハイ、わかりました。だいたい、志穂が変なこと言うからさ…」
まったく…ホントおもしろい奴。カラカイがいがあるっていうか、わかりやすいって言うか……。冬休み終わったら、真っ先に先輩達の遊び道具にされるんだろうなぁ。
「冬休み、終わっちゃったな」
ボクたちは、ボクの部屋のパイプベッドに二人並んで横になっていた。さっきから、志穂の好きな曲が流れている。意外なことに、ぼくらの音楽の趣味はごく近かった。二人とも洋楽ばっか聴いている。今だって、Shania・Twainなんか聴いたりしてネ。
「そろそろうちの学科だと、レポートとか始まるんだってさ」
天井を見つめながら言った。
「そうみたいね。でも、共同提出OKなんだから、一緒にやろうよ」
志穂は顔をボクの方に向けていた。そういえば、ボクがはじめて彼女を知ったのもこのベッドでだったな。その時もこんなふうにボクの方を見ながら寝ていたのかな。そして――
「レポートか、あんまり好きじゃないな。苦手じゃないけどね、志穂はどう?」
「あたしはほら、あれだから、やっぱ覚えてないよ」
白くて繊細で、整った指で自分の頭を指す。そうだった。彼女の記憶のこと、最近すっかり忘れていた。彼女は、ボクと会う前のことをあまり覚えてないんだ。
――けれども、このレポートがあとで大変なことにつながるだなんて、このときのボクたちには思いもよらなかった。
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ボクたちの通う大学の心理学科の研究室で、それは始まったのだと思う。
「これから半年をかけて君たちには、犯罪の心理分析の、ゲームに入ってもらう」
みんなからブーイングがわいた。ボクも、いくらゲームとは言えいきなり犯罪の分析だなんて思ってもいなかったから、ちょっとびっくりしたし、あまりいい気はしない。もっとも、実際にあった犯罪ではなく、教授たちが作ったシナリオらしい。
なんでも、これは教授達にとっても遊びみたいなものとかいう噂だ。誰がどれくらいおもしろい事件を創れるか…不謹慎だと思うけどなぁ。
教授はみんながそれに気づいているのを知っていながら、もっともらしくいった。
「といっても、犯罪なんてたくさんあるから、一応の資料は渡すし、推論をたてるだけでかまわない。それに、学生が犯罪の分析なんかできたら、警察のプロファイリングチームなんかお払い箱になっちゃうからな。ま、適当にがんばればいいぞ、単位には関係するけど」
ようは、提出さえすれば、内容はそんなには重視しないってことね。ボクの横で志穂もそう思っていたみたいだ。
教授が資料を持ってきたのだ。
「これがそのファイルだ。好きなのをもっていっていいぞ。早い者勝ちだ。共同提出でもいっこうにかまわないぞ」
ボクはチラッと彼女のほうを見て
「どうする?好きなのを選んでいいって言ってたけど」
「どれでもいいじゃん、適当に選んでいこうよ」
いくつかあるファイルの中から、ボクがどれにしようかな〜って選んでいると、彼女は急に足を止めた。そう、あのファイルの前で――
そのファイルを選んだことがあんなことになるだなんて、ボクには見当もつかなかった。そもそも、彼女があのファイルの前で立ち止まったときに気づいておけばよかったのだ。いや、僕は気づいていたのかもしれない。
まぁ、その日からボクたちのレポート作成が始まった。
ボクたちの大学の図書館は、去年からコンピューターを導入して24時間開館をはじめた。だから、レポートの締め切りの前には学生たちがたくさん集まるんだ。
「ねむいよ〜ぅ」
「しょうがないだろ。大体、とっととレポート作ってあとで楽しようって言ったの、志穂じゃんか」
まったく、もうこいつは分厚い本一冊を枕にして机に突っ伏して眠ろうとしている。
「うん……」
「ふぁ〜ぁ」
とか言っておいて、僕も結構眠い……。
グゥ〜〜〜〜〜〜ッっと、大きなおとでおなかを鳴らした志穂。
「おなかもすいてきたよぅ。帰ろうよぉ、眠いよぉ」
「よし、帰ろう。途中で何か食べていこう」
ボクも腹が減ってしょうがない。
「うぅ〜――そうだね。帰ろう……じゃぁあたし、この本、返してくるね」
「あ、頼むよ」
彼女は分厚い本を数冊かかえて本棚の奥へと歩いていった。
少したって戻ってきた彼女と、ボクは図書館をあとにした。
大学の時計が二度の鐘の音で時を告げる。もう、こんな時間か…。
さすがにこの時間となると店はほとんどがしまっている。まぁ、当然のことだけどね。しょうがなくボクたちは、コンビニでお弁当を買った。
「うぅ…眠いよぉ…」
「そんなに眠い眠いって言うなよ…ボクだって眠いんだから。う、なに、そのイヤ〜〜な笑みは…なんかイヤな予感」
「ねぇ、背中で寝ていくからさぁ、うちまでおぶっていって」
「――おい、ボクはタクシーじゃないんだゾ…」
酔っているわけでもないのに、なに考えてるんだ。
「ねぇ、気持ちいいだろ、ムネの感触」
ボクは彼女にとっていったい何なのだろう。どう思われているのだろう。どういう存在で、どれくらいのウェイトを占めているのだろう。
「やっぱ家はいいな〜〜、といっても、あたしは居候なんだよね。さ、早く食べて寝よう。明日も大学あるんだから」
そのままあたしは台所に、翔は部屋にいって今日まとめあげたレポートを置いてリビングに戻ってきた。
「はい、コレ」
あったかいマグカップを二つ手に持ち、机のところまで歩く。こうしているだけなのに、足元がおぼつかないのは、きっと眠気の所為。
「ありがと。さっさと食べて寝よう」
「――ハァッ――」
「どうしたの、意味深なためいきして」
「だってさ、帰ってくる時、結局あたし、キミの背中で寝てたじゃない?それなのにまだキミよりフラフラ歩いてる。だからさぁ……」
ホント、つくづく自分が情けない。
こんなふうにいつも行き当たりばったりで迷惑ばっかりかけているあたしを、彼はちっとも非難したりしない。彼にとって、あたしって何なのだろう。どう思われているのだろう。どういった存在で、どれくらいのものなのだろう。
人から受ける親切を数値にすることがイヤらしい考えなのはわかってる。でも、とにもかくにも彼からあたしへの負担の方が圧倒的に多く、あたしは彼に対してその借りを返そうと、いつも追いかけているのだけど、その距離はいっこうに縮まることはなく、つもり積もった借金のようにあたしの心の中に膨れつづけている状態だった。
自分ばっかりその親切を受ける側で、ちっともその相手にお返しできていない。何とかがんばってその人のために何かしてあげようって、いつも考えているんだけど、いつもその負担してくれた量がいっこうに減らないって言うか…
でも、あたしが彼にしてもらったことに比べて、あたしが彼にしてあげてることって、なんなんだろう…何をすればいいんだろう…
「しょうがないじゃん。いつもボクより早く起きて、家のことなんでもやってるんだから」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「つかれたね…」
「うん…」 |
| File6
「夢」 |