10月のある晴れた日。
 サービスに連れられ、シンタローがガンマ団に戻ってきた。

「開けてちょうだい!!」
 部屋の中から重い扉を叩き、ナオミは叫んだ。
「お願い、ここを開けて! シンタローに会いたい!」
 ずっとずっと、想っていた。イトコであり、恋人の、シンタローのことを。
「会わせて! お願いよ・・・・!」
 激しく叩かれるドアの外で、ティラミスとチョコレートロマンスはやり切れなく肩を落とす。
「ナオミ様、どうぞお静かに」
「開けて! ねえ、チョコレートロマンス!」
「なりません、ナオミ様」
「や・・・・っ!!」
 会イタイノニ・・・ドウシテ!?
 体が熱い。何もかもが混じり合い、沈みゆき、分からなくなってしまう。
 かつて一度だけ、経験したはずの感じ。
 青い光が、ナオミの両の眼に宿り始めた。

「お帰り、坊や」
「てめェ・・・」
 仏頂面で、シンタローは父のマジックをにらみつけた。シンタローの叔父であるサービスは、無表情で二人のそばに立っている。
 感動的という言葉には程遠い親子の対面だった。
「シンちゃん、もうパパに反抗なんて、するんじゃないヨ。秘石も早く返しなさい」
「ケッ」
 シンタローは、一年前に、ガンマ団総帥である父の宝物の青い秘石を盗み出し、南海に浮かぶパプワ島という孤島に流れ着いた。
 マジック総帥は秘石を取り返すため、パプワ島にたくさんの刺客を送り、また自ら出向いたことすらあった。
 それらはいずれも失敗に終わっていたが、ともかく今日息子が戻ってきたことで、マジックは上機嫌。
「まァいい。今日は休みなさい」
 いそいそとエプロンを身につけて、にっこり微笑んでみせる。
「今晩はシンちゃんの好きなカレーだからネ」
 子煩悩の上に、マメなパパだった。
「そんなことより、親父」
 シンタローは相変わらず、苦い顔つきを崩さない。
「ナオミに会わせろ!」
「なに・・・」
 その時だ。
 爆音が響き、突然の地震がガンマ団本部を揺るがした。
「マジック総帥!」
 青い顔をした部下たちが、必死で駆けてくる。
「どうしたティラミス、チョコレートロマンス」
「ナオミ様が・・・!」

「シンタロー、シンタロー・・・・」
 きな臭い煙の向こう、こなごなに破壊された扉の残がいの中で、ナオミは子供のようにしゃくり上げて泣いていた。
「シンタロー・・・」
「ナオミ!」
 マジックが止めるより先にシンタローは走った。大事な娘の細い肩を抱き、顔を覗き込む。
「シンタ・・ロー・・・」
「ナオミ、オレだよ」
「シンタロー・・・」
 青い瞳が、再び開かれる。
「シンタロー! ナオミから離れろ!」
 サービスが叫んだ。
「ナオミは、力をコントロールできないんだ・・・!」
「シンタロー!」
 マジックの声に重なり、二度目の爆音が轟いた。
「うっ!」
 シンタローは、避けきれなかった。ナオミの眼魔砲を、体の正面で、受けてしまった!
「うわあああーーーッツ!!」
「シンタロー!」
 爆炎の中へ、シンタローの身体が沈み込む。
 すさまじい力を放出し切って、そこでナオミは我に返った。
「・・・あ・・・・」
 自分のしたことの恐ろしさに耐えきれず、がくりとひざをつく。
「い・・・っ、いやーっ! シンタローッ!!」
 あれほどの威力の眼魔砲を受けて、生きていられるわけはない。例えガンマ団ナンバーワンといわれたシンタローでも。
「ああ・・シンタロー・・・」
 爆発により生じた黒い煙が、空気の流れにより少しずつ薄くなってゆく。
「・・・!?」
 マジックもサービスも、息をのんだ。
 煙の中から姿を現したのは、シンタローの死体ではなかった。それが当然あるべきその場所には、金髪の男がひざをつき、うずくまっていたのだ。
 血まみれで、しかし男は顔を上げ、笑った。
「・・・生き返ったぜ!」
 ゆっくりと立ち上がる。金の長い髪と、青い瞳。たくましい体に、シンタローと同じ服をまとっている。
「シンタロー・・・シンタローなのかッ!?」
 ハッとして口走ったマジックに、男は顔を向ける。
「あぁ。アンタの本当の息子さ!」
 そして、ナオミの目の前にかがみ、指で頬の涙をこすり取ってやりながら、こう言ったのだ。
「ナオミ、おまえのおかげだぜ。おまえがあのニセ者をふッ飛ばしてくれたのさ!」
「・・・あ」
 わけが分からないまま、男を見上げる。
 シンタローとは似ても似つかない。しかし。
 ナオミはがく然とした。
 そっくりだ。
 金の髪も、青い瞳も。この男の全てが・・、マジックに、そっくりだ!
「そんな・・・」
「信じられん。本当に私の息子か?」
 ナオミからサービス、そしてマジックに視線を移し、もう一人のシンタローはひとりごちる。
「無理ねぇか。24年間、アイツの体だったんだもんなァ」
 ナオミの体を支えてやりながら、立ち上がった。
「安心しな、俺は本物だ! 青い玉の一族に、黒い髪の奴はいねぇはずだゼ。・・・なァ、ナオミ」
「・・・」
 体力を消耗しきっていて、ナオミは自力では立っていることも辛かった。金の髪の男にしがみつき、シンタローの黒い髪と眼を思い出す。・・・シンタローは、どこに行ってしまったのだろう?
「歩けねぇのか、ナオミ」
 片腕で、軽々とナオミを抱き上げる。
 体のバランスが取れなくなって、ナオミは仕方なく両手を男の首に回した。
「俺についてこい」
「待て、どこへ行く!?」
 マジックに呼び止められると、金髪のシンタローは不敵に笑った。
「秘石を取り返しに行くのさ」
「勝手なマネはさせんぞッ!」
 父の必死の声に、余裕で振り返る。
「フッ・・・父さん、アンタの望み通り、息子の俺がガンマ団総帥の後継者になってやるぜ。そして、秘石を継ぐのは俺だ!」
「なッ!」
「青い玉が選んだのは、父さん・・・アンタじゃなく、俺だったんだよ」
 絶句するマジックにたたみかけ、男は再び背を向けた。
「覇王は一人でいい! アンタはおとなしく待ってな!!」
 めちゃくちゃに壊された廊下に笑い声を響かせて、ナオミを連れた金髪のシンタローは歩き出した。
 南の島・・・パプワ島へ。

 やっと体を動かせるようになったとき、ナオミは大きな飛行船の中にいた。簡素な部屋のベッドに横たわっていた体をどうにか起こす。
 これはガンマ団特戦部隊の飛行船だ。二人きりで出掛けた金髪の男とナオミは、途中で特戦部隊に拾われたのだ。
 一体何がどうなっているのか、ナオミには全く分からなかった。
 ただ、シンタローに拳を向けてしまったあの場面だけが、頭の中の鮮明なスクリーンに何度も繰り返し映し出される。
 耐えきれない後悔の中で、ナオミは新たな涙をこぼした。
 黒髪の優しいシンタローは、どうしてしまったのだろう。そして自分が引いた引き金とは、一体何なんだろう・・・。

 いつまでもこうして泣いてばかりいられないので、ナオミはとにかく起き上がり、飛行船の中を歩いた。金の髪の男に会えたら、いろいろ聞いてみたいという考えだ。
 ある部屋の扉を開けてみて、ナオミは思わず声を上げた。
「ティラミス! チョコレートロマンス!」
 ナオミの世話係もしているガンマ団員の二人が、床にうずくまっていたのだ。
「ナ、ナオミ様」
 ナオミの姿を認めて、不自由な体をそれでも起き上がらせる。そんな二人の顔がひどいアザだらけだったことが、ナオミをますます驚かせた。口からは、血のすじも流れ出ている。
「ティラミス、チョコレートロマンス・・・どうして、こんなところに」
 急いで二人のそばへ走り寄る。扉は自分で音を立てて閉まった。
「ナオミ様、いけません」
「お戻りください」
「何言ってるのよ」
 二人とも、鎖のついた手かせをはめられ、自由を奪われていた。
「どうしてなの、こんな、ひどい・・・」
 さらにティラミスは、ズボンをはいていなかった。
「どうしたのティラミス、そのかっこう」
「・・・いえ」
 心なしか赤い顔をして、ティラミスは頭を振った。
「ナオミ様がお気にかけることではありません」
「そんなこと言ったって」
 辺りを見回したが、殺風景な部屋にはタオルの一本も見当たらない。ナオミは自分のカーディガンを脱いで、とりあえずそれでティラミスの足を隠してあげた。
「ナオミ様、我々のことは放っておいてください。どうか」
「そうはいかないわ」
 黙って見過ごすことなんか、できっこない。
 ナオミは次に、ブラウスの袖を力一杯破った。部屋の隅に水道があったので、そこで布をぬらす。
「ナオミ様・・・」
「じっとしてね。痛い?」
 チョコレートロマンスから、順番に傷をぬぐってあげた。そうっと、優しく。
「ねぇ、どうしてこんなことになったの。ここには、誰がいるの?」
「・・・」
 もう、ナオミに何も知らせないという態度をとり続けることはできない。そう覚悟して、チョコレートロマンスは低い声で答えた。
「ガンマ団特戦部隊の、隊長です」
「・・・ハーレム、おじ様・・・?」
 ハーレム。ガンマ団特戦部隊の隊長を務めている、ナオミのもう一人の叔父だ。ナオミの父ルーザーの弟なのだ。
「ハーレム様が、マジック総帥に無断で軍を動かしたのです」
「ティラミスたち、ハーレムおじ様を止めようとしたのね。だからこんな目に・・・」
 知らずのうち、また涙ぐんでしまう。
「泣かないでください」
「私たちは大丈夫ですから、ナオミ様」
 逆になぐさめられると、ナオミはもっと泣きたくなった。
「私、ハーレムおじ様に言うわ。ティラミスとチョコレートロマンスに、ひどいことしないでくださいって」
「ナオミ様っ」
 立ち上がりかけた娘を、ティラミスたちは声を合わせて止める。
「おやめください」
「本当に、いいんです。我々のことは」
「でも、こんなこと黙っていられないわ」
 ナオミは走って、暗い部屋を出た。

 ハーレムは、実はサービスの双子の兄なのだった。もっとも、顔も体つきも性格も、一つとして似たところはなかったが。
 ナオミは、今までハーレムに会ったことがなく、顔も知らない。サービスにはほんの時々会えたが、何故か、このもう一人の叔父には会わせてもらえなかった。

「ハーレムおじ様」
「ナオミか・・・」
 部屋の奥に座って、叔父は昼間からブランデーのグラスを手にしていた。目配せをすると、そばにいた部下達はみんな部屋を出ていってしまう。
 この部屋も薄暗くて、叔父の顔がよく見えない。ただ、グラスの中のブランデーだけが、わずかな光を赤く反射させていた。
「どうしたナオミ、その格好は。・・フッ、シンタローに襲われでもしたか?」
 袖の破れたブラウスを見て、ハーレムはさもおかしそうな笑い声を洩らす。ナオミは、さすがにムッとした。
「ちょうどいい、おまえに新しい服を買ってやった。これに着替えればいいだろう」
 紙袋を指し示す。ナオミは首を振り、毅然と顔を上げた。
「ハーレムおじ様、私、お話があるんです」
「それなら、そんなところに突っ立ってないで、もっと近くに来い。よく顔を見たい」
 グラスをかたわらのテーブルに置き、ハーレムは白い手袋をはめた手で手招きをした。ナオミはしぶしぶと、そばに行く。
 叔父は足を組んで座ったまま、ナオミの腕をつかみ、自分のそばにかがませた。
「おまえを見るのは、何年か振りだ」
「・・・・」
 足元にひざをつき、そっと見上げる。ナオミにとっては、初めて見る叔父の顔。
「ハーレムおじ様・・・」
 金の髪は、獅子のたてがみを思わせる。強い瞳。野望を秘めた、荒々しさの残る表情・・・。
 マジックは陽気。サービスは反対に、クール。しかし、このもう一人の叔父は、そのどちらとも似てはいなかった。全体的に派手な印象で、どこかあやしげな雰囲気も併せ持っている。
 しかし、綺麗だ、ともナオミは思う。双子の弟サービスのたおやかな儚さとは性質の違う美しさを、ハーレムは持っていた。それは圧倒的に激しく、見る者を呑み込んでしまうような、強い美しさを。
「フ・・・」
 ハーレムは口の端を上げて笑い、言葉もなく見上げているナオミのあごに手を添えた。
「ルーザー兄貴の最高傑作ってわけか。確かに、美人だな」
 すうっと、華奢な首に指をすべらせる。
「透き通るような白い肌、ってのはこのことを言うんだろうな・・・」
 思わず目をそらしたナオミの、むき出しの腕を撫でる。びくっと腕を引く姪の様子に、失笑を禁じ得ない。
「ハーレムおじ様」
 ナオミは我を取り戻し、再びハーレムを見た。微妙に、視線をそらしながら。
「ティラミスとチョコレートロマンスの手かせを外してあげてください」
「ほう」
 ひじをついて、ハーレムは興味深そうに目を細めた。
「おまえの話とは、それか」
「はい」
「真っ先にそんなことを言ってくるとは、思わなかったな」
 自分も大変な目に遭っているというのに。
「あの二人に、ひどいことをしないで」
 この姪は、マジックの一部下のことだけを、気遣っている。
 青い瞳を見つめ、ハーレムは口もとをゆるめる。
「よかろう。おまえがそう言うなら、外させよう」
「よかった」
 心から安心して、ナオミは息をついた。
「ナオミ、シャワーでも浴びて、着替えてくるがいい。おまえともう少し話をしたい」

 どうしてこうなっているのか分からなかった。ハーレムは、何をたくらんでいるのだろう。
 何の心配もなく、欲しい物は何でも与えられ、マジックに可愛がられて過ごしていた昨日までがやけに懐かしい。
 シャワーから上がって、叔父からもらった新しい服を身につける。ナオミが好きなブランドの、流行のロングスカートとカットソーだった。
 単純なもので、さっぱりしてからきれいな服を着ると、ナオミはとたんに機嫌が良くなった。思わずにこにこして、叔父の前に出ていく。
「ハーレムおじ様」
「よく似合ってるぞ、ナオミ」
「ありがとう」
 姪の喜ぶ顔を見て、ハーレムも表情をゆるめた。
 いつの間にかそこに用意されていた大きなソファに座るように促し、足を組み直す。
「さて・・・」
 背をもたせ、グラスを手にする。そうしてハーレムは、姪を見やった。
「何を聞きたい?」
「・・・・」
 聞きたいことなら多すぎて、にわかに言葉にできなかった。
「飲むか?」
 ブランデーのグラスを、ナオミの前に置く。
「お酒は・・・」
「飲まないのか」
「あまり・・・」
 それもこんな昼間から飲む気にはなれなかった。
「緊張をほぐすには一番いい薬だと思うがな」
 軽く言って、一口含んだ。
「何をそんなに警戒している?」
「だって・・・」
 ナオミはグラスを手にとって、深い色の液体に目を落とした。
「ハーレムおじ様、マジックおじ様に無断で、どうして動いているの。目的は何?」
 そっと表情をうかがうが、叔父の様子にはいささかの変化もない。
「シンタローとおまえに、手助けしようと思っているだけだ」
 また一口、グラスを傾ける。
 ナオミもつられて、同じ動作をした。
「・・・・」
 おいしいとはとても言えないその味に、顔をしかめる。
「ふ・・・。ナオミにはこっちの方がいいか」
 手を伸ばして、ハーレムは細長いびんを取った。ふたを開け、別のグラスに注いでやる。
 オレンジ色の、いかにもおいしそうなお酒だ。
「これなら飲みやすいだろう」
 フルーツの香りがする。口を付けてみると、さっきのよりは確かにおいしかった。
「甘くておいしいわ」
「好きなだけ飲め」
「ありがとう」
 ジュースのような感覚で、ナオミはこくこくとグラスを空ける。
「ハーレムおじ様・・・」
 いったんお酒を置いて、今度は臆することなく、ハーレムを見上げた。
「なぜ、私はおじ様と会わせてもらえなかったのかしら」
「おまえにとって俺が害になると、マジック兄貴は判断したらしい」
 ナオミにお酒を注いでやりながら、ハーレムはくっくっ、と笑う。
「いいことも毒も、全部教えてやらないと、健全なオトナにはなれないってのに、なァ」
 同意を求められても、困ってしまう。ナオミはあいまいに首をかしげた。
「・・では、ハーレムおじ様は、全部教えてくれるの?」
「ああ」
 真実から目をそらして、何になるというのか。教えないまま清らかに育て上げるのが、果たしてその子のためになるものか。ハーレムはマジックの考え方は間違っていると思っていた。
「私の知っていることならな」
「・・・私の両親のこととか・・・」
 本当に、何も知らされていないのだ。ハーレムは少し愉快な気分になった。
 マジックがこの子には黙っていたかったことを、自分はいとも簡単に教えてやろう。
 純粋な姪は、傷つくかも知れない。それでも良いと思う。
 本当のことを知る権利は、誰にでもあるのだから。
 

−つづく−

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