「・・・それが、私なの・・・?」
薄暗い飛行船の中で、春の風と桜をありありと思い浮かべ、ナオミはどこか夢心地の表情だった。
「そうだ。俺がちょうど今のおまえと同じ年の頃、ガンマ団の門の下で、赤ん坊のおまえを拾ったんだよ」
「・・・・」
ナオミは目を伏せる。拾われっ子だったなんて、マンガや小説によくありがちなストーリーだ。どうも実感が湧かなくて、へたな設定にいっそ笑いたくなる。
「私は・・・」
視線をさまよわせ、ナオミはあげく、グラスを手に取った。思い切ってあおり、叔父を見据える。
「私は、お父さんの子供じゃなかったの・・・? お兄ちゃんの妹じゃ、なかったの」
そういう自分の言葉にも、どこかセリフを読んでいるようなわざとらしさを感じている。
「・・さあな」
揶揄するでもなく、存外真剣な顔をして、ハーレムは足を組み替えた。
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
「どういう意味・・・?」
「おまえが、秘石眼を持っているからだ」
背を屈め、ナオミの青い瞳を見つめる。アルコールのせいか、衝撃の事実を知ったからか、魔力を宿した瞳はとろんとうるんでいた。
「俺たち“青の一族”しか持たない秘石眼を、おまえは赤ん坊のときから持っていた」
目を細める。あのとき、そっと柔らかい体を抱き上げたあのとき、赤ん坊は目を開けた。泣くどころか、ハーレムの顔を見て、笑った。瞳の強い光を忘れはしない。
「私は、誰の子供なの」
ほとんど泣きそうな声になって、ナオミは下を向く。少しずつ少しずつ、自分の問題として、現実が迫ってきているのに耐えきれないのか。細い肩が震えていた。
「それは、分からん。・・・もしかして、俺の娘なのかも知れないし、な」
「ええっ」
勢いよく顔を上げるナオミに、叔父は少しムッとして見せた。
「そんなにイヤそうな顔をするな」
ナオミは再び頭を垂れる。ハーレムは正直な奴だ、と笑っていたが。
「一応、予防はしていたつもりだが。失敗したということもありうる」
ひとりで納得している。ナオミはワンテンポ認識が遅れた。
「あ・・、ハーレムおじ様にも、奥さんか恋人が?」
「いや。そういう、特定のはいなかった」
では、特定じゃないのは・・・。ふと思ったが、ナオミはそれ以上の追及を諦めた。本当に包み隠さず話してくれるから、こっちが恥ずかしくなってくる。
「マジック兄貴やサービスだって、同じような疑惑はある。だから誰の子か分からないってわけだ」
マジックや、ましてサービスは、この叔父ほど疑惑は濃くないと思うが・・。
もしかして、本当に自分はハーレムの娘なのかも知れない。少しナオミは青ざめる。
「だが、ルーザー兄貴かも知れん。本当に」
見透かしたように、ハーレムは言った。
「ルーザー兄貴は戦死したが、遺体は見つからなかった。もしかしてどこかで生きていて、おまえをこさえたのかも」
グラスを取って、椅子の背にもたれる。
「・・そういうことにしよう、と、マジック兄貴は言った。本当のところはともかくとして、おまえはルーザー兄貴の娘として育てようと。そして兄貴が、おまえに名前をつけた」
「私の名前、マジックおじ様が・・?」
大好きな伯父のことを思って、ナオミの表情がやわらぐ。少し落ち着いたようだった。
「そう」
オレンジ色の、甘いお酒をつぎ足してやる。ナオミは手を伸ばし、酒を口もとに運んだ。
「ちょうど桜の時期だったから、“奈桜美”と」
「マジックおじ様・・・」
嬉しかった。捨てられていた自分に、こんな素敵な名前をつけてくれたことが。今まで大事に育ててくれたことが。
「これが真相だ。驚いたか?」
「・・ええ」
その割には、幸せそうな顔をしている。何となくハーレムは残念な気持ちになった。別に意地悪ではないのだが、かわいい子ほどいじめたいというやっかいな性質を持っているためだ。
「まァ、一族の人間であることに間違いはなかったからな。大切に育てられたというわけよ。何も知らされないままに」
「でも、真実が分からないなら、やっぱり私はお父さんの娘で、お兄ちゃんの妹だわ。私がそう信じるから、それでいいもの」
「・・・ふぅん」
ますます、おもしろくない。どうすればこんな翳りのない娘に育つものか。
「教えてやろうか」
にやりとして、ハーレムはナオミの顔を横目で見た。
「おまえの親父、ルーザーのこと」
「本当?」
無邪気に喜ぶナオミに、グラスを空けるように勧める。ナオミは上機嫌になっていて、楽に飲み干してしまった。頬がピンクに染まっている。
「お父さんの話って、全然聞いたことがないわ」
「そうだろう。これもおまえには教えたくないことだったろうよ」
びんを傾け、また足してやりながら、ハーレムは言った。
「あいつは悪魔のような男だったからな」
「・・・・」
ナオミはグラスに手をつけず、ゆっくりと、叔父を見上げた。きれいな顔に悲しみの色が広がってゆく。
「嘘・・」
「嘘なんかじゃない」
ハーレムはどうしようもなく愉悦を覚え、我ながら悪趣味だと感じつつも、ナオミをもっといじめたくなってきた。
「嘘っ」
立ち上がろうとして、よろけ、ナオミはソファにどさりと座り込んだ。
「ナオミ」
びんとグラスをずらし、ハーレムはナオミの隣に移動してくる。
「もう酔ったのか」
「酔ってなんか、いないわ」
そう言ってはみたが、まるで頭に心臓があるかのようにこめかみがドキドキいっているのを、ナオミは不思議な気持ちで聞いていた。
「マジック兄貴が、大切に育てたお姫様か・・・」
肩を抱き寄せ、髪をかき分けてやる。
「壊したくなる。大切にされているものほど」
耳もとに息を吹きかけると、ナオミはぴくんと反応した。グラスを取って、もう少しナオミの口に注ぎ入れてやる。
飲みきれなくて、口の端からお酒がこぼれる。半開きの小さな唇が、やけに色っぽく感じた。
「おじ様・・・」
目の前の叔父の姿が、かすんで見えた。全てがどうでもよいことのように思えてくる。
右手首を押さえつけられ、ハーレムの導きのまま、ナオミはソファに身を横たえた。
「壊してやったら、兄貴の奴、どんな顔をするかな」
「・・・ハーレムおじ様・・っ」
「やめろハーレム」
第三者の声の、硬い響きに、叔父は手を止めた。ナオミの酔いも、一瞬醒めた気がした。
黒いレザーの上下に、金の髪。
「シンタローか」
もう一人のシンタローが、きつい眼をして立っているのだった。
「ナオミに、変なまねをするな」
「クク・・・」
ハーレムはナオミから離れ、自分の椅子に戻った。深くもたれる。
「姪に手を出すわけはなかろう。ま、少しふざけ過ぎたかも知れんな」
ナオミも力をふりしぼって起き上がり、服を直す。酒のせいで、頭がくらくらする。
「そんなことより」
にらみつけるように、金髪のシンタローはハーレムを見下ろした。
「答えろハーレム。なぜ、親父の弟のアンタが俺たちに味方する!?」
いつの間にか俺“たち”にされていることが、ナオミには気になった。
「ふふふ。簡単なことだよ」
白い手袋の両手を交差させ、叔父はきっぱりと、しかし楽しそうに言うのだった。
「男は女以上に、強い者に惹かれる。それだけだ」
「フ・・・ン」
一向、表情を和らげようともせず、シンタローはナオミに目を向けた。
「いつまでこんなところにいる気だ。来い」
「・・・・」
何を信じて、誰の言うことを聞けばいいのか。
判別がつけられなくて、ナオミはただ黙って自分の肩を抱く。
「来いと言っている。ナオミ」
いらいらして、二の腕を引いた。立ち上がったナオミを後ろから押して、一緒に部屋を出る。
「ナオミ、どうしてハーレムなんかの思うままになっていた?」
声が怒っているようなので、ナオミは顔を上げることができなかった。
「お酒・・、飲んで」
「・・・バカだナ・・・」
なぜか哀しげにつぶやいて、金髪のシンタローはナオミを元の部屋の中へ入れた。
「おまえは、父さんのものじゃない」
扉を閉め、そのままナオミを後ろから抱きしめる。
「サービスのものでも、ましてハーレムのものでもない」
ナオミの、まだくらくらしている頭に、シンタローの声は直接響いていた。
「おまえは、俺のものだ」
「・・・私は・・・モノじゃないわ・・・」
ようやく、それだけ答える。
男の腕をゆるやかにほどいて、ナオミはふらふらと歩いた。椅子に倒れ込むように腰を下ろす。前髪をかき上げながら、そっと顔を盗み見た。
「あなたは、本当に、シンタローなの?」
「シンタローさ」
彼もゆっくり歩き、向かいの椅子に座る。
「それじゃあ、私の知っているシンタローは・・。黒い髪のシンタローは・・・」
「俺の体は今まで、あいつに乗っ取られていたんだ。おまえのおかげで、やっと追い出すことができたがな。分かるかナオミ、あいつは悪人だ。何しろ24年間も、人様の体を使ってやがったんだ」
「・・・」
マジックにそっくりの眼にとらえられて、ナオミはそらせない。
「秘石を取り返すついでに、あのニセ者の正体も見せてもらおうじゃないか」
それが本当なら・・・。
ナオミは考えていた。
彼の言うことが本当なら、確かにシンタローは、悪い人ということになる。
でも。
思い出す。幼い頃からやんちゃだったけど、心の優しいシンタロー。
学校へ行かなかったため友達もいないナオミに、よく会いに来てくれて、いろいろ話をしてくれた。
朗らかな性格で、その上しっかりした考え方を持っていた。
そして、自分に対する思いを告げ、言ってくれた。守ってあげる、と。
あのシンタローを、悪い人だなんて、思いたくはない。例え客観的にはそうであっても、自分だけは、そう思いたくはなかった。
どんなことがあっても、シンタローを信じていてあげたい・・・。
H11.1.25