夕月もみじさんカウンタ25000ゲットリクエスト小説


「ジュエル」
 優しく名を呼ぶ。
 暖かい部屋のふかふかソファに身重の体を沈めた妻はしかし、返事をしない。聞こえてはいるはずなのに、ぴくりとも反応をくれなかった。
 彼女にくっつくように座っている二人の子供たちは、不思議そうにそんな母の顔を見上げている。
 シルバーは思い出して、呼び方を変えた。
「シュガー」
「なあに、シルバー!」
 ぱっと明るい顔を上げる。子供のままの単純さに、シルバーはいつものように笑みを誘われた。
 最近、父のゴルドー(ガンマ団総帥)からもらった砂糖菓子の可愛らしさに心を奪われて、自分で自分に『シュガー』とアダ名をつけた妻は、もうそのように呼ばないと返事をしてくれなかった。
 こんなことはしょっちゅうで、幼い頃から今までで彼女には数え切れないほどのアダ名がついている。
 年齢は24なのだが、小柄な外見はまるでお人形さんのようで、少女にしか見えない。青の一族に唯一の女性として生を受けた宿命か、心身共に幼いままで時を止めてしまっていた。
 彼女の父、ゴルドーの実弟がシルバーである。つまりジュエルには叔父に当たるのだが、二人は同じ青の一族であり、同時に夫婦でもあった。
「ルーザー、パパそこに座っていいかい?」
「うん」
 母の左隣から次男を立たせ、シルバーは腰掛けると、ルーザーを膝の上に抱き上げた。
 長男のマジックは、反対側にちょこんと座って、母に髪を撫でられるままにされている。シルバーも無意識にルーザーの髪に触れていた。
 一族を象徴する金の髪は、子供特有の柔らかさで、つやつや金の輪を作っている。
 その感触と光の具合を楽しんでいるジュエルは、夫の存在など忘れかけているのかも知れない。ひとつのことに夢中になると、その他のことが見えなくなってしまうところも子供みたいだ。
「ジュエル・・・じゃなくてシュガー」
 穏やかな声はシルバー本来のもので、驚かすことなくジュエルの注意を引くことができた。妻は片手を大きなお腹に当てながら、首を傾げるようにして見上げてくれる。あまりの可愛らしさに、シルバーも右手を伸ばして今度はジュエルの髪をなで始めた。軽くウエーブをかけた金髪の両サイドに、白いレースのリボンを飾っている。着ているのも白いマタニティドレスで、フリルやリボンがふんだんに使われたそれはお人形のようなジュエルによく似合っていた。
「何かお話なの?」
「ああ・・・」
 大切な話を伝えに来たのだった。どんなときでも彼女を見るとどうしようもないくらいの愛しさに襲われてしまう。シルバーは手を止めて、妻の目を見た。
「・・・一週間後に出掛けることになったよ。今度の仕事は長期間の遠征だから、三ヶ月・・・いや、四ヶ月くらい帰ってこれないかもしれない」
「ええーっ」
 目を見開いて、ジュエルは素っ頓狂な声を上げた。
「そんなあ。そんなに長い間シルバーに会えないの!?」
 予想通りの反応に、笑いながら頭を撫でてやる。
「いっぱいお土産買って来るから」
「ママ、おしごとなんだから、しょうがないよ」
 腕の中でマジックが言った。
「ぼくたちがいるから、がまんして」
 大人びた言葉。まるで親子の役割が反対みたい。
「ママ、がまんして!」
 ルーザーも口を揃える。そうなるともうワガママは言えない。ジュエルはそれでもつまらなそうな顔をして、夫を見上げていた。
「一週間後じゃ、まだ赤ちゃん生まれないわ。せめて赤ちゃん見てから行けばいいのに」
「ぼくの都合じゃ決められないからね」
 ジュエルの大きなお腹を優しい瞳で見下ろす。出産予定は来月、2月の中ほどだった。
「パパ、あかちゃんは『ふたご』なんでしょ!?」
「そうだよルーザー。二人一緒に生まれてくるんだよ」
「ふたり、いるんだ・・・」
 幼い子供には不思議なことだった。母のお腹に、二人の赤ちゃんがいるなんて。ルーザーは父の膝の上から手を伸ばし、母のお腹に触れた。つられるようにマジックも、それからシルバーも。みんなでまだ見ぬ家族に、挨拶のつもりで触れていた。
「生まれたらすぐ知らせて。双子の赤ちゃんと会えるのを楽しみに、仕事頑張ってくるよ」
「うん・・・」
「ぼくもたのしみー」
「ぼくもー」
 子供たちのにこにこ顔に挟まれて、ジュエルにも笑顔がようやく戻ってきた。
「シルバーがいないのは寂しいけど、赤ちゃんたちと遊んで待ってるわ」
「うん」
 もう一度、可愛い妻の髪を撫でてあげ、それからシルバーは唯一の心配事を口にした。
「あの・・双子たちの名前はもう決めてあるの?」
「もちろん、決めているわ!」
 ジュエルは張り切って頷いた。性別ははっきりとは分かっていないが、男家系の一族だ、多分男だろう。双子の男の子の名前は、もうちゃんと心の中にあった。
「でも、生まれてからのお楽しみね」
「・・・・」
 シルバーは言葉を選んでいた。
「あのね、ジュエル」
「シュガーだよ」
 マジックに指摘されて、慌ててシュガー、と呼び直す。
「あのね・・・出来るだけその、まともっていうか、いい名前をつけてね・・・」
 上の子たちの名前も、ジュエルがつけたものだった。
 長男は、サンタさんがくれた。赤ちゃんができるのは不思議な手品にも似ていると感じて、それで「マジック」とつけたのだった。
 それはまだいいが、次男・・・「ルーザー」とは「敗者」という意味である。どうしてこんな名をつけたのか。
 そもそも、次男がお腹の中にいたころ、ジュエルが夫につけたアダ名が「ルーザー」だった。テーブルゲームで遊んで勝ったとき、負けたシルバーをからかってルーザー、ルーザーと呼んでいたのだが、どういうわけかその響きが気に入って、しばらくルーザーと呼んでいた。そのうち男の子が産まれたので、そのまま「ルーザー」とつけてしまったのである。
『名前負けって言葉があるじゃない。名前負けするような名前よりも、こういうのをつけた方が、かえって立派に育つものよ』などともっともらしいことを言っていたが・・・。
 シルバーはもちろん、父ゴルドーもジュエルにはめっぽう甘いので、誰も強く反対することができなかったのだ。
 そういうわけで、名前に関してシルバーは不安を抱いていた。今度こそまともなのをつけてくれるだろうかと。
「ちゃんと、いい名前を考えてあるわ! 任せて!」
 胸をドンと叩く仕草が、余計に怖いが。
「・・・まあ、頼むよ・・・」
「早く帰ってきてね、シルバー」
「うん。シュガー・ジュエル」
 自然と顔は近付いて、自然とキスが交わされる。
 マジックとルーザーは赤くなって、両手で目を覆っていた。

 戦場に出て数週間後、シルバーのもとにひとつの知らせが届いた。2月14日のことである。
「生まれたかー。名前は・・・えーと、ハーレムに、サービス・・・!?」
 目を疑った。それからがくっと肩を落とす。
 やっぱり、こうなってしまったか・・・。

「うふふふふっ。ハーレム、サービス〜」
 数日後、生まれたばかりの赤ちゃんを抱き上げて、シュガー・ジュエルはすこぶるご機嫌だった。
「男の子四人になって、ママは逆ハーレム状態ねー。二人もいっぺんに生まれるなんて、シルバーと神様ったら大サービスねー」
 名前の由来を歌うように口ずさみながら、踊るようにくるりと回った。ハーレムとサービス、第二音が「ー」と伸ばす音になっているところがお揃いだ。双子っぽくてお気に入り。
「ママ・・・」
 しんから楽しそうなジュエルに、ちゃんと声もかけられなくて。ルーザーはドア付近で立ち尽くしていた。

 夜、皆が寝静まった頃、こっそり寝床を抜け出してルーザーはジュエルの部屋に忍び込んだ。母はぐっすり寝入っており、かたわらのベビーベッドでは双子も並んで眠っている。すやすやと。
 カーテンは開いていた。閉め忘れたのではない、わざと開けて寝たのだろう。母は月を見ながら眠りに入るのが好きだから。
 踏み台に乗って、ルーザーはベビーベッドの中を覗き込んだ。月明かりの中に、双子の姿が浮かび上がっている。そっくりの寝顔、ほんの小さな体。可愛い二人の弟。
(・・・ママ・・)
 同じくらいに、憎くて・・・。
 魔を宿した左眼が青く光る。月の優しさの中で、冴えるほど美しく。
「・・・ふぎゃ・・・・」
 片方の赤ん坊が不意にむずかった。
「ふぎゃあ、ふぎゃあ・・・!」
「・・・・!」
 ビクッと身体を震わせて、ルーザーは踏み台から下りた。よろけてベッドにしがみつく。
「おぎゃあ・・・」
 もう一人の弟も目覚めて、泣き声を重ねる。
「・・・うーん・・・」
 母もむくりと起き上がった。
 ルーザーは走って部屋を出る。
「ルーザー!?」
 パジャマ姿のマジックが廊下に出てきて、弟を止めた。両肩を掴むようにして、軽くゆすぶる。
「おまえ、なにを・・・?」
「・・・・」
 左の眼に力の名残が見える。何をしようとしていたのか。マジックにはおぼろげながら分かっていた。
 弟は、双子の赤ん坊に母を取られたような気になっている。それは知っていたが、まさかこんな・・・。
「なんでもない・・・」
「ルーザー」
 穏やかだが有無を言わせぬ強さで身を返すと、ルーザーは自分の部屋へ戻っていった。
 後ろ姿を見送りながら、マジックは呆然としていた。

 弟のルーザーは、頭のいい子だった。
 だがどこかおかしい・・・、はっきりとは分からないが、残酷なことを残酷と思わないでするような。そんな性行の持ち主だと、マジックは感じ取っていた。
 悪いことを、悪いことだと認識していないのかもしれない。
 注意したり、叱ったりしたところで効果はないだろう。認識ができないのなら。
 そんな弟を、恐ろしいのと同時に哀れに思った。
 マジックは母に、ルーザーを構ってくれるように頼み、自らも弟から目を離さないように気を付けた。
 そのお陰か、二度とあの夜のようなことは起こらなかった。 
 

 きな臭い戦場に、月が昇る。荒野のあちこちに硝煙がくすぶっていた。
 ひどく傷ついた身体を投げ出して、シルバーは月を眺めていた。もう痛みも感じない。とめどなく血が流れる。全身の力も同時に失われてゆく。
 最期のときが近いのだろう、月に重なるように、今までのことが次々浮かんできた。
 自分が12才のときに、姪のジュエルは生まれた。生まれたときから、将来の花嫁だと決まっていた。
 いつまでも子供のように無邪気で弱いジュエルを、守ってやりたかった。
 だけど・・・、自らが最大の哀しみを彼女に与えることになるなんて。自分が死んだら、ジュエルはどうなってしまうだろう。あの弱くて愛しいシュガーは・・・。 
 涙がこぼれる。月も輪郭を滲ませていた。
 
「・・・シルバー!」
 聞こえる声も、近いはずなのに、遠く・・・。
 目も霞む。兄の顔が見えない。
「・・・にいさん、すみません・・・。ぼくは、最後まで、青の一族として戦えはしませんでした・・・」
「シルバー! 死ぬな! 死ぬことは許さんッツッ!!」
 知っていた。弟が秘石眼の力を疎んでいること。決して使おうとはしないこと。
 だから敢えて前線に出したのに。まさか本当に最後まで、力を封印したまま・・・。
 その結果が、傷だらけ、血だらけのこの姿だった。
「にいさん、ジュエルと子供たちを、頼みます・・・」
 握った手から、最後の力が失われていく。
「シルバーっ!!」
 兄でありガンマ団総帥であるゴルドーの悲痛な声と涙が、月を震わせた。
 

 羽をもらえるなら・・・。
 最後に一目でも、会いにいきたいよ・・・。
 

  
 
 

−つづく−



 
 

第2話・ハートがつめたいときは
 
 


 
 
 
 

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