T H U N D E R B I R D
「マズイ・・・。このままだと、見合いさせられてしまう」
 海人界の空を渡りながら、バードは独り言を洩らした。頭の中では、架空の見合い相手が厚化粧で媚びた笑顔を見せている。何だか寒くなって、ブルッと身震いした。
「明日はもっとマーメイちゃんが喜びそうな物を持ってこないと」
 チチチ・・・。同類のさえずりを不意に聞いて、バードは振り返った。小さな鳥が、自分を追うように飛んでくるのが見え、思わずスピードをゆるめる。黄色い小鳥は、青空によく映えて目が覚めるほどの鮮やかさだ。
「おーい、待ってくれよー」
 声からすると、どうやら少年のようだ。バードは空中で止まった。小鳥は追いつくと、ぽん、と小さく音を立てて人型に変身した。ゆったりとした上衣にショートパンツをはいて、野球帽をかぶっている。そのままで、ぴょこんと頭を下げた。野球帽から覗く髪は、さっきの小鳥と同じ色つやをしていて、鳶色の目が好奇心いっぱいに輝いている。すばしっこそうな印象の男の子だった。
「鳥人界英雄のバードさんでしょ。オレ、鳥人のヒヨ。バードさんの大ファンなんだ!」
 そんなふうに言われると、悪い気はしない。バードも変身した。
「サインは、後でな。今はいろいろ忙しいから」
「人魚のことででしょ?」
「なんだおまえ、見てたのか?」
 そういえば、岩場に小鳥が止まっていたような。
「覗き見は感心しないな。いくらオレのファンでも」
 気分を害した様子にも構わず、ヒヨはさえずりを続ける。
「あのマーメイって娘、やめた方がいいよ。ああ見えて、相当性悪だよ。オレ見たもん」
「何言ってんだ」
 ますます気分が悪い。そんな話は聞きたくなかった。
「変な言いがかりはやめてもらおうか」
「嘘じゃないよ。確かめる価値はあると思うよ」
「バカバカしい」
 ふいと身を返して、バードは再び鳥になった。そのまま飛び去る。
 青い大きな鳥の後ろ姿を見送って、ヒヨはため息をついた。
「やめた方がいいのに。あんな女」

 次の日も、前日より更に高価な宝石を手にして、バードは海人界へと向かった。昨日の少年のことは、もう頭にない。ナンバーワンたるもの、ファンにいちいち構ってはいられないのだ。
 いつもの岩場に着地するが、今日は歌声が聞こえなかった。いないのだろうか?
 そっと、波打ち際に顔を出す。ふわりと波打つ金の髪が見えた。
「マー・・」
 名を呼ぶ声は、途中で立ち消えた。マーメイの隣に、もう一人の人がいるのに気付いたためだ。
 まさか、の思いをやっとのことでねじ伏せて、もっとよく見えるように、静かに伸び上がる。隣にいるのは、男。しかもぴったりと寄り添って、楽しそうに会話をしているではないか。
 波の音が邪魔をして、二人の囁くような話し声は聞き取れない。バードはよろけそうになる体を懸命に支えて、岩の陰に音を立てないようにしゃがみ込んだ。押さえ込んだ胸の痛みに、死にそうになる。
「それじゃあ、また明日来るからね、マーメイ」
「ええ。さよなら」
 ようやく聞き取れたそんな声も、男が立ち去るらしい足音も、まるで遙か彼方から聞こえてくるようで、ただ自分の心臓の鼓動だけがクローズアップされて響くのだった。
(・・でも、もしかして誤解かも・・・。兄弟とか)
 良い方に良い方にと考え、早速立ち上がる。恐るべきは、脳天気な能力だ。
 気を取り直して、もう一度声をかけようとしたとき、波の立つ海面が乱れ、バシャリと水をはじきながらもう一人の人魚が姿を現した。マーメイとは違って明るい褐色のストレートヘアだが、この子もなかなか可愛い。彼女は水から上がると、マーメイのそばに腰掛けた。
「マーメイ、また何かもらったの?」
「ええ。見て見て」
 どうやら二人は友達らしい。さっきの男からもらった物を手渡して見せ、マーメイは得意そうだった。
「男なんて、単純よね。ちょっと話し相手になってやれば、何でもくれるんだから」
「あんたも悪い子ねえ」
「いいじゃない、別に。・・今日はあの鳥人も来るはずだわ。昨日よりも高い物をくれるんでしょうね」
 言葉は何よりも鋭利な刃となって、バードの心をえぐる。今度こそ本当に死にそうだ。ハートに入った亀裂がぴしぴしと広がって、ポロリと欠け落ちた。
「ホラ・・・だから言っただろ」
 黄色い小鳥が止まっていた。言葉はバードの耳には入らない。顔面蒼白になってよろよろと歩き出した。思い出したように鳥に姿を変え、やはりよろよろと飛び始める。
「バード」
 ヒヨも追うように飛んだ。
「気にするなよ。一文無しになる前に分かって良かったじゃないか。また次の出会いだって・・・」
「・・・マーメイちゃん・・・」
 聞こえちゃいない。バードの頭の中は真っ白で、何も考えられる状況ではなかった。
「バード」
「マーメイちゃーん」
 大きいのと小さいの、二羽の鳥がぱたぱたと海人界を横切っていった。
 
 

 

 

つづく
 

 第4話・酔っぱらいども

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