クローン・パニック!
もうすぐお昼だな・・・。ジャンとでも何か食べに行こうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、サービスは校舎を出た。
ガンマ団士官学校の5年生に上がって、早一ヶ月。新緑が目にも爽やかな季節となった。
まばゆい金髪を一つに束ね、制服姿で歩く仕草すらも優雅なサービスを、背後から呼び止めた者がいる。
「サービス!」
微妙に弾んだ声に振り向くと、同級生のマッドサイエンティストが立っていた。
サービスは条件反射的に身構えてしまう。この男がこんな顔してわざわざ人を呼びとめるなんて。何か企んでいるのに違いない。そして、高松の企みがロクなことであった試しはないのだ。
「お願いが、あるんですが」
きた。「ルーザー兄さんの髪の毛?」
意外といえば意外なお願いに、けげんそうに眉をひそめる。
「何に使うんだ、高松?」
「いえちょっと、実験レポートの提出用にね」
「ふーん・・・」
どんな実験レポートに髪の毛を使うというのか。
本当の用途は不明だが、兄の髪の毛を少しもらって高松に渡すだけなら自分に実害はないだろうと即座に判断し、サービスはわざと視線をそらした。緑の木々を見上げるふりをする。
「いいけどね。もうすぐお昼の時間だな」
サインが通じないほどバカじゃない。高松は早速サイフを取り出していた。
「あなたは確か・・・ホウレン草入りのキッシュが好物でしたよね・・・サービス」
確かに金は惜しいが、少しくらいの出費をケチっている場合ではなかった。
「ランチは御馳走させていただきますよ!」
札を確かめる。
がそれだけで終わらせないのがサービスだった。
「ジャーン」
どこへか向かって呼ぶと、いきなりジャンがサービスの肩の辺りからひょいと顔を出す。
「どうした、サービス」
一体どこから出てきたんだ。高松は悪い予感がした。
「高松がランチをおごってくれるってさ」
「いやぁすまんねえ。タ・カ・マ・ツ、くん」
涼しい顔して当然のように言うサービスと、語尾にハートつけて嬉しそうなジャンを前にして、高松はサイフが急激に軽くなってゆく気がしていた。
機会あれば絶対、人体実験してやる・・・。その夜、兄弟揃っての夕食も終えてそれぞれくつろいでいるときに、サービスは二番目の兄のそばに寄った。
「ねぇ、ルーザー兄さん・・・」
ルーザーは一人がけソファに座って、雑誌を広げていた。右手にハサミを持ったサービスは、そのソファの後ろに回って背もたれに軽く肘をかける。兄の金髪を間近で見つめた。
「髪を少しください」
「カミ?」
雑誌から目を上げて、しかしルーザーは即座に願いを却下した。
「駄目だよ今日のおねだりは。昨日ヘアサロンに行ったばかりだ!」
せっかく整えたばかりなのに、冗談じゃない。例え少しだといっても。例えかわいい末弟の願いだとしても。
「私よりもあのライオンのたて髪を切ってやれ!」
親指で窓際を示す。そこには三男坊が缶ジュースと新聞を手にしてたたずんでいたのだった。
ズルズル伸ばした髪を一つに結んでいるのが、ルーザーの美意識からすれば許されない。サービスのようにストレートの絹糸の髪ならば問題はないのだが、双子の兄ときたら髪のクセがひどく、まさにたてがみのようだからだ。
自分にお鉢が回ったこと知り、ハーレムは顔をしかめた。
「ふん。又、俺の悪口かよ。やだね! 俺は伸ばすんだからな!」
何と言われても譲る気はない。せっかくここまで伸ばしたのだから。
サービスもハーレムの方を見て、ハサミを一度チョキンと鳴らした。
「この際ハーレムでもいいよ」
ルーザーはこの分だと髪をくれそうもないし、同じ金髪なのだから大丈夫だろう。
ハーレムは背を向けてジュースの缶を傾けた。ちなみにジャスミンティーだ。
「冗談じゃねぇ。この際で切られてたまるか!」
大事にしてるのに!
と、その大事な後ろ髪をいきなりギュッと掴まれた。ギョッとして振り向く。
「マジック兄貴!」
「遠慮する事はないぞサービス。思いきり切ってやれ!」
長兄はライオンの髪を離さず、末っ子を促した。
「この髪ではレストランにも連れて行けん」
「やめろォ、切るのやだッ!」
必死で抵抗するのを、背後から力づくで押さえる。それを見てルーザーも悠然とソファから立ち上がった。
「兄さん! 僕も手伝いますよ」
「わぁーっ、ルーザー、てめぇ!」
本気でイヤがって、歯をむく。ハーレムは真っ赤になって汗までかいていた。もがいても逃げられない。
そこに、ハサミを掲げたサービスが近付く。
「ご協力ありがとうございます。お兄様方」
銀色に光るハサミと美しい微笑は、まるで悪魔的で、ハーレムには絶望のカウントダウンが聞こえてきた。チョキン。
「はい、高松。ルーザー兄さんの髪の毛」
ご丁寧にリボン付き小ビンに入れられた金の髪を、高松はまじまじ眺め、満足そうに笑った。
二人分の昼食をおごった甲斐もあったというものだ。
「感謝します、サービス!」
今度は頬ずりしている。少し引いてしまったサービスの腕には、高松が作ったバイオ・ジャン犬が抱かれていた。
「一体何に使うんだい?」
答えなど期待せずに問うてみる。
「ヒ・ミ・ツ」
ニッコリ笑う高松の後ろで、木々がざわざわ風に揺れていた。青い空とあいまって、似合わないほど爽やかな風景だった。その日、地下の研究室には、いかにもあやしげな笑い声が響いていた。
「ふ・・・フフフ・・・」
言うまでもない、白衣姿の高松である。
「これが愛しのルーザー様のおみぐしですね」
金の髪をそっとつまみ上げて、うっとり見つめる。ただの髪ではない、この世で最も尊敬し敬愛する人物ものだ、金の輝きも他とはまったく違うもののように感じられた。
気の済むまで眺めてから、目線を部屋の奥に移す。そこにはたくさんの機器類が並べられているのだった。
「この髪の毛を私が作ったクローン製造機に入れれば、一週間でクローン人間ルーザー様の出来上がり♪」
この間ようやく完成させたマシーンだ。一番最初に作るのは、やはり最愛の人のクローンでなくてはならない。
「おお! そうだ」
中が液体で満たされ、ぽこ、ぽこと泡のわき上がる機械に近付きかけて、ひらめいた。
「これだけ髪の毛があるんですから、どーせだったらクローン人間いっぱい作って、ルーザー様だらけにしちゃいましょう!」
この部屋がルーザー様でいっぱいになったら、どんなに素晴らしいだろう!
想像に、盛大な涙と鼻血が流れ出す。もう止まらない。
高松は鼻血もそのままに、いそいそと準備にかかった。そして一週間後・・・。高松は例の研究室の前にいた。
「フフフ・・・。遂にこの日が来ましたね」
こんなに長い一週間は初めてだった。授業中でもそわそわしっぱなしで、他の研究なんてとても手につかないような有様だったのだ。
だが、それも今日で終わりだ。
「この扉の向こうに、何十体ものルーザー様がいらっしゃるんですね−・・・」
期待に踊る胸を押さえる。自然と歓喜の涙がこぼれた。
「ああ・・・これこそ、まさに!」
ハーレム状態!扉の向こうが文字通りのハーレム状態であることに、まだ高松は気付いていなかった・・・。
夕月もみじさん画
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