クローン・パニック!
頭の中にリアルに繰り広げられる妄想に思う存分浸り尽くしてから、高松は鼻血をふきふき、ドアに手をかける。
この向こうには、めくるめくパラダイスが広がっているんだ。
カチャリ。
「−−−!?」
ドアの隙間から見える世界・・・それは今頭の中にある夢の世界とぴたり一致しているはずだった。
そうでなくては、いけないのに。
わらわらわらわら・・・・。
一致したのは金の髪のみ。
思い思いの服をまとって、うじゃうじゃ動き回っているのは、愛しのルーザー様にはあらず。
あれはまさしく同級生の・・・金にやたらうるさくてすぐ怒鳴る野蛮な・・・。
獅子舞!
(・・・じゃ、なくて)
動揺しすぎている。
「ハーレム・・・!?」
あんぐり開いた顎が床につかんばかりだ。高松は予定外の理由で鼻から出血大サービスしていた。
ハーレムがいっぱいいる。ハーレムのハーレム。
もう思考がついていかない。
「あは・・・はは・・・」
ハーレムだらけの喧騒の中から、ドアのほど近くにいた数人がこちらに気付いた。
科学者らしからぬ呆けぶりの高松の脇を走りぬけ、ばらばら外へ出てしまう。
「・・・はっ!」
さすがに我に返り、慌ててドアを閉める。
「ま、待ちなさい!」
後姿は6人。いずれもバラバラな趣味の服を着ている。
高松は必死で追いかけた。ハーレムのクローンなんて作ったと知れては、いい笑い者だ。・・・ルーザーだったらいいのだろうか。
地下室の階段を上りかけて、中の一人が不意に立ち止まり振り返った。特攻服なんて着た、目つきのあやしいヤツだ。
「・・・オラぁ!」
追ってきた高松の腹に、いきなり強烈な蹴りを入れる。
「うぐっ!」
あまりといえばあまりの不意打ちをまともに食らい、高松は体を二つに折ってその場に倒れこんだ。
「あばよ、マッドサイエンティスト」
オリジナルと全く同じ声だけが、遠くなる意識に響いていた。
Tomokoさん画
高松は知らなかった。
ご自慢のクローン製造機には実は欠陥があったことを。
そっくりそのままの複製にはならない、ということを。
ジャンは、いつものように空腹を抱え、寮に戻った。
ガンマ団の寮にはちゃんとまかないさんがいるのだが、休日の今日はそのまかないさんもお休みだ。
(・・・メシ、どーしよ)
お金もないし。ごはんに塩かけたいつものやつでいいか。
他人から見れば哀愁漂うほど寂しいメニューを思い浮かべつつ玄関に入ったジャンの鼻を、いい匂いがかすめた。
何か食べ物の匂いだ。・・・おいしそう。
(ちょうどいい、食わせてもらおう)
誰の部屋からだろう、こんなごちそうの匂い。誰のであっても、無理矢理押しかけてご相伴にあずかる図々しさはある。自慢ではないが。
(ん?)
匂いの元を辿ったら、自分の部屋の前まで来た。間違いはない、嗅覚なら犬並みなんだから。
「俺の部屋かー、ラッキーだな!」
そこに疑問はないらしい。嬉々としてドアを開ける。
「おかえり!」
いやに明るいが、聞きなれた声に迎えられた。
「遅かったな。メシできてるぞ」
腕まくりのジャージ上下に、エプロンをかけた級友が、料理の並んだテーブルを前に待っていてくれたのだった。
「・・・ハーレム?」
どーして?
クエスチョンマークはあっという間に空腹に押しつぶされて、ぺちゃんこになってしまった。
シッポ振る犬みたいに、ちゃっ、と食卓につく。
「うまそー。どーしたんだコレ」
黒い目もキラキラ輝いている。
ハーレム(クローンその1)は両手をぱっと広げた。少し芝居がかった仕草で。
「俺が作ったんだよ。休みの日なんてロクなもの食ってないんだろ。おまえのことを心配してさ」
「ハーレム」
今まで聞いたことのないような優しい言葉に、思わずウルっときた。
「ドケチで乱暴な獅子舞だとばかり思ってたけど・・・おまえって本当はイイヤツだったんだな!」
「何言ってんだ、友達のことを心配するのは当たり前じゃないか」
ハーレムの青い瞳も、ウルウル。
「ハーレム・・・」
「ジャン」
二人はガシッ! と肩を抱き合い、男泣きにむせんだ。
両のほっぺに涙のすじをつけたまま、同時に窓を向く。ひざまづくようにして、ハーレムは人差し指を突き出した。
「見てみろジャン、きれいな夕陽だ。さあ、夕陽に向かって叫ぶんだ!」
「青春のバカヤロー!!」
一体、青春のどの辺がバカヤローなのかさっぱり分からない。ついでに言えば、東向きの窓からは夕陽など見えない。
だが二人は叫び続けた。
「小遣い上げろー!」
「テストの点数くれー!!」
流れ落ちる涙をぬぐいもせず、どさくさに紛れてストレス解消していた。「はー、食った食った」
ゴージャスな手料理を腹いっぱい平らげて、ジャンはぽん! と膨らんだお腹を突き出すように後ろに両手をついた。口には爪楊枝をくわえている。
「うまかった。本当にこれ、ハーレムが作ったのか?」
「ああ。料理なら任せておけ」
「ふーん。隠された特技ってヤツか」
胃袋が満たされて、ここで初めてジャンは自分の部屋を見まわす余裕ができた。
ジャンは整理整頓ということにあまり頓着がない。ゆえに出かける前までの部屋はかなりすごいことになっていたのだが、改めて見ると、随分こざっぱりとしている。
「もしかして、部屋も片付けてくれたのか?」
ハーレムはあくまで爽やかに笑っている。
「ああ。洗濯もしておいたぞ。部屋をきれいにしておかないと、体にも悪いからな」
「ハーレムおまえ、そこまで俺のことを・・・」
オヨヨヨヨ・・・。
「泣くなよジャン、俺まで泣けてくるじゃないか」
オヨヨヨヨ・・・。
「すまん。俺は今までサービスのことばっかりで。でも今なら、お前を嫁にしてもいいと思えるよ」
かなり見当違いなことを口走るジャンをすら、ハーレムは優しく包み込んでやっている。
「いいってことよ。それよりごらん、あの星を」
ビッ。今度は天井を指差す。ジャンも見上げた。
天井にぶら下がる裸電球も、今の二人には輝く星に見えるらしい。
「俺たちはあの星に向かって、走りつづけるんだ!」
「おおっ!」
感極まって、二人は窓から外に飛び出した。どの星に向かってか、走り出す。
(・・・何やってんですかね、あの二人は・・・)
ようやく見つけたと思ったら、ジャンとクローンは二人だけで青春まっただ中になっている。
高松は、体の力がとめどなく抜け出てゆくのを感じていた。
・・・でも、ジャンがあのハーレムに疑問を持ってないらしいことは不幸中の幸いだ。早めに回収すれば良い。
(今回だけは、アナタのバカ単純さに、感謝ですよジャン・・・)
![]()
Tomokoさん画
パーカーにハーフパンツ姿の弟を連れて、ルーザーは街を歩いていた。
「一緒に買い物に行きたいなんて。どういう風の吹き回しだい、ハーレム」
「たまにはいいじゃないか、ルーザー兄さん」
何だか気持ち悪いというか・・・いつもと違う。
じゃれつくようにしたり、スキップふんだり。
ごく幼い頃にしか見せてくれなかった仕草に戸惑いつつも、ちょっと嬉しいルーザーだった。
「オゴらせようって魂胆かな?」
「やだなァ、兄さんったら」
クローンハーレムその2は、ルーザーのお株を奪うような天使の笑顔を見せた。
(・・・かわいいなァ)
十何年も反抗期のようだったが、ようやく素直になってくれたんだろうか。
「ハーレム・・・兄さん、生きてて良かったよ」
「アハハ。どうしたのルーザー兄さん」
「そうだ、ご褒美に何か買ってあげよう」
何のご褒美なんだろう。
ルーザーはあるお店屋さんの前で足を止めた。
「これなんかどうだい、ハーレム」
店頭に置かれているカゴを指す。中では黄色い小鳥がチチチとさえずり、可愛らしさをアピールしていた。
少し青ざめながらハーレムが顔を上げると、『ペットショップ』の看板が見える。
「これも可愛いねえ。青い鳥はどうだい?」
小鳥たちに囲まれニコニコしている。その汚れない姿が、クローンハーレムには恐かった。
「・・・やだーーーッツッ!!」
子供のような悲鳴を上げていきなり走り出す。
「あっこらハーレム、せっかく買ってやろうって言ってるのに。待ちなさい!」
鳥カゴを持ったまま、ルーザーも後を追った。
「小鳥やだーーー!!」
「わがまま言うんじゃない!!」
命がけでダッシュかけるハーレムを、鳥カゴ振り回して兄が追いまくる。
小鳥はかわいそうに、目を回していた。「まったく、余計な体力を使っちゃったじゃないか」
ハーレムは無理矢理押し付けられた鳥カゴを持って、ぐったりしていた。ぐるぐる目を回した鳥も、同じくぐったりしている。
鳥の体もハーレムの顔も、お揃いの青色だった。
「ああ、お腹が空いたねハーレム。ごはん食べよう。僕がおごってあげるから」
弟の気持ちも知らず、相変わらずきれいに微笑んで、ルーザーはいい匂いがする方に誘われるように歩いていった。
「これ食べよう。おいしそうだ」
「いらっしゃーい」
店の前でおじさんが焼いているものは・・・。
「おにーさんたち、どーだい? うまい焼き鳥だよー」
「鳥はやだってばーーーー!!」
「あっハーレム、いつからそんなにかけっこ好きになったんだい!?」
そして再開される兄弟チェイスだった。結局、クローン2号が地団駄踏んでダダをこね、ステーキをルーザーのおごりで食べた。食べ物の好みはオリジナルと変わらないらしい。
「あー、おいしかった」
大好物で満腹になったお腹をさすり、ハーレムの機嫌もすっかりよくなっている。鳥カゴはちゃっかりルーザーに持ってもらっていた。
「映画見に行こうよ、兄さん!」
甘えるようにまとわりついてくる。
本当に今日のハーレムはどうしたんだろう。ルーザーは純粋に不思議がっていた。
そして、不思議は自分の手で解明したいと思うとうずうずしてくるのが科学者の性である。
(後でちょっと調べさせてもらうとするか)
まあハーレムは頑丈だから、ちょっとくらいいじくり回したところで平気だろう。
腹の中ではものすごくマッドなことを、しかしさらりと考えつつも、表面上はあくまで穏やかなルーザーだった。
「よし、じゃあ行こうか。それも僕の払いかい?」
「へへへー。ごちそーさま、ルーザー兄さん!」
絵に描いたような仲良し兄弟ぶりを物陰からうかがって、ハンカチを噛んでいる姿がある。
言うまでもなく高松なのだが、ハンカチはズタボロ、更に真っ赤に染まっていて、既に原型を留めてはいなかった。
(ルーザー様にあんなに接近して・・・クローンの分際でッツッ!!)
本当だったらあの麗しのルーザー様に囲まれて、今頃ウハウハ状態鼻血の海だったハズなのに・・・。想像すると、また違う意味での鼻血が流れ出てくる。
「あ、そこの方、ご協力お願いしまーす」
腕を引かれ、街角の献血ルームに引っ張り込まれる高松だった。
![]()
H13.5.12