大地が揺れている。激しい振動は天使を見ていたナオミを現実へと引き戻した。おののきながら立ち上がる。どうして? これは確かに青の波動だ。
父を見下ろす。ルーザーは穏やかな顔で静かに眠ったままだった。
青の番人であるアスは、父と共に消え去ったはず。それなのに何故!? こんなにも攻撃的な青の力が、島全体を覆い尽くしているの!?
「・・・・」
美しい光がふと頭に浮かぶ。丸くぼんやりとした、青い・・・青い、秘石。
番人を失った秘石が、暴走している?
ひらめきは確信だった。身を返し、走る。止めなきゃ、青い秘石を。
「ナオミ!?」
みんなの驚きの声が追いかけてくる。来ないで! 巻き込むことになるから!
強い願いは秘石眼を光らせ、たちまちナオミを青い秘石のところへ導く。それはアスが使っていた移動能力と同じものだった。
次の瞬間には、青の丸い光を見上げていた。玉は壁面の金属に目玉のようにぴったりとはめ込まれている。銀色の金属は秘石によって、青くメタリックな輝きを放っていた。
全体を見ると、それは壁ではなくどうやら扉のようだった。岩盤で出来た巨大な扉に、ぴかぴかのパーツがミスマッチ。地底の扉・・・この向こうにあるのは、果たして希望? それとも?
「青の秘石・・・」
自ら光り輝いている玉の強い力に、ナオミすら気圧される。
「もうやめて」
これを封じるのは、並大抵のことではないだろう。それでも、やらなくてはならなかった。
「ナオミちゃん、危ないよ!」
振り向くと、この場に避難していたパプワ島のみんなが遠巻きにして見守っている。ナオミは微笑んでみせた。強い笑みに、動物たちはそれ以上何も言えなくなる。
扉に向き直ると、両手を上げた。徐々に力を出してゆく。抑え込み、封じるために。体に思った以上の負担がかかる。痛くて、辛い。しかし尚ナオミは力を増していった。眉間に皺が刻まれる。苦悶のうめきが食いしばった歯からこぼれた。
(何も傷つけないで)
何度、この島で繰り返した望みだったろう。自らの力でそれを叶えられるなら、いくら傷ついたところで構わなかった。
青を、紫色の光が包み込む。
気が遠のく・・・。
『ナオミ』
「!?」
差し込まれた赤の波動により軽く力をはじかれた。我を取り戻して振り向くと、チャッピーの背に乗ったパプワがそこにいた。チャッピーの首輪に赤の秘石が輝いている。今声をかけ、ナオミの力を止めたのは、この赤い玉に違いなかった。
『あなたがここで力を使うことはありません』
「でも!」
じゃあ誰が止められるというの!?
『・・・私も、許すべきではなかったのです。青い玉の行いを』
地底に、ため息のような秘石の声が響く。青い玉にも聞こえているのか定かではないが、攻撃の力は急激に弱まっていた。少し安心し力を収めると、紫色の光がナオミの中に消え、再び地底は青で満たされた。
『青い玉は、長すぎる平和に物足りなさを感じてしまった。最初は本当に退屈しのぎのゲームのつもりでした』
何のこと?
『それで気持ちがおさまるのならばと、私もついあの生き物を創り出すことを許してしまった!』
「・・・・」
アスの言葉が耳の奥に蘇る。
−あなたたち青の一族は、青い秘石が作り出したオモチャに過ぎませんから−
−ゲームを楽しくするためのキャラクターですよ−
父の声で、憎くもそんなことを言っていた、青の番人。
『でも、お互いに殺し合う生き物だったなんて−・・!』
親子で、兄弟で憎しみ合い、国同士で争い、殺し合い・・・。
『私たちは、ヒトを創ってはいけなかったのです』
悔しそうな声は、本当の後悔で満たされている。石の中にこれほどの感情が揺れているなんて・・・まるで人間と同じような。ナオミには驚きだった。
「一族は・・いえ、人間は、あなたたちが・・・」
創ったのだ、と?
「・・・違うぞ、赤い玉。まだ結論を出すのは早い!」
チャッピーの背からひらりと降りて、パプワは赤い玉と向かい合った。
「未来は今から変えられる」
いつもの無表情だけれど、パプワの言葉は力強かった。
「ぼくは創ってもらって良かったぞ。友達がたくさんできたからな」
「パプワくん」
そうだ、彼の言うとおりだ。
「私も、創ってもらって良かったわ」
この世界に、創り出された。そのおかげでこうしてたくさんの人に愛され、また人を愛することができたのなら、むしろ感謝してもいい。創造主の秘石たちに。
生まれてきたことは、罪なんかじゃないから。
二人の瞳の奥に、赤い玉はわずかな希望を見いだしたようだった。人間だったらホッと息をついた、というところだろうか。
『パプワよ! 私の力を使えば、青い玉を封じることができます』
「本当か?」
『ええ! 本当です。ただ・・・』
赤い玉は、微妙な躊躇の後に続けた。
『あなたは、シンタローと別れることになるでしょう』
パプワにとっては、辛い選択に違いなかった。大切な友達と、別れなくてはならないなんて。
「赤い玉・・・、ボクがおまえの言うことを聞いたら、みんな助かるのか?」
赤を使って青を封じることができたら。
「みんなが助かったら、シンタローすごく喜ぶな!」
頭の中にシンタローを描いて、パプワは顔を上げた。希望に満ちた笑顔を。
「シンタローが喜ぶんなら、ボクはなんだってガマンできるぞ!」
別れることすらも。
「パプワくん」
『私を扉にはめ込みなさい! そうすれば、遠い昔この島へ私達を乗せてきた方舟が浮上し、青い玉ごと私達を新たな聖地へ導いてくれるでしょう』
「パプワや、赤い玉を扉に!」
ヨッパライダーや皆が見守る中、パプワはチャッピーから赤い玉を手に受け取る。
『ナオミ、貴女はどうしますか』
パプワの手の上で、赤い秘石が、今度はナオミに声をかけた。
「え・・・?」
『貴女は赤の血もひいていますから、私達と共に行くこともできます。方舟には守り人たる島姫も眠っていますし・・・』
「ママが・・・」
舟の中にいるという颯華の姿が、ありありと浮かぶようだった。黒いつやつやの髪を寝台に広げ、胸の前で手を組み眠っている・・・美しく。
心がゆらぐ。がそれも一瞬のことで、ナオミは首を左右に振っていた。
「私は、残るわ。まだやらなくてはならないことがあるし」
何より、愛する人と生きていきたい−それは心の中に秘めたまま。
『分かりました』
カッ・・・!
赤い秘石が扉の左側にはめられる。とたんに青い秘石と引き合い、共鳴を起こした。
「ぐっすん! これでシンタローさんともお別れなのね〜〜」
「耐えるのよッ、タンノちゃん!」
チャッピーも悲しそうな顔をうつむけている。ジャンも。
「サービス・・・」
皆、それぞれの別れに胸が締め付けられる中、共鳴はますます強くなっていった。
『ちいぃぃッツ、赤い秘石よ! リキッドを使って私をここにはめ込んだのは、おまえの仕業か』
『ええ・・・! 彼は私の波長と合いましたからね。行きましょう、青い秘石よ! 私はもうあなたを一人にはしません』
秘石同士は会話の末、口を閉ざした。光も落ち着いて、地中はにわかに薄暗くなる。
「これで我々は青い玉の力を封じたが・・・あとの始末はあの若者達にかかっておる!」
「大丈夫だぞ、ヨッパライダー。シンタローなら、大丈夫だ」
残してゆく、島を。ひいては世界を。シンタローに、委ねよう。嘘を決して言わず、信じ信じられていた大好きな友達に。
「さあ、パプワよ、扉を開く鍵となる言葉を!」
「ああ」
いつかきっと、その言葉を言わなきゃいけない日が来ることを知っていた。
でも、友達の前ではその言葉を言わないんだ。絶対に!
「さよなら」
扉が、ゆっくりと開く。
H12.6.10