どこに行ったんだろう?あのバカは
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1.いつものいとしさで
「ハーレム、サービス、ほらぁ、新しいおもちゃだよー」
タオル地のやわらかなぬいぐるみは、ヒヨコの形をした小さなもの。
三ヶ月前に生まれたばかりの双子は、ママからもらったおもちゃをつかみ、ぱたぱた腕を動かした。
「かーわいい! ほらほら、これも見てぇ」
ガラガラを振ると、音に反応し二人は同時に顔を向ける。
「いやーん、かわいー」
双子の一挙一動に、いちいちきゃあきゃあ喜んでいるのは、母ジュエル。24才というその年齢にしては幼さの残るが、完璧なほど整った容貌を持った小柄な女性だ。喜びに細められっぱなしの目は、青の一族特有の美しい碧眼。長く伸ばした金髪にはゆるくパーマがかかり、両サイドをレースのリボンで結んで背に流していた。
「ママー」
ギャザースカートの裾を引かれ下に目を向けると、二番目の男の子がすねるような青い眼で見上げている。
「ルーザー!」
笑顔のままふわっと抱き上げ、ほっぺにキスを。ようやく機嫌を直した息子に、もう一度キス。
髪をなでてやりながら見やると、長男のマジックは一人でおとなしく本を読んでいた。来月ルーザーが誕生日を迎えると、二人の年の差はわずか一才になる。しかし、6才のマジックが精神的にずっと大人びているのに対し、ルーザーはまだまだ幼かった。生まれたばかりの弟たちに母を取られたような気になって、寂しがっているらしい。
小さな嫉妬をたまらなく可愛く思い、ぎゅーっと抱きしめてあげた。
ジュエルはガンマ団総帥の娘という立場であるため、家事も育児も自分でする必要はない。それらのことは全てジュエル付きのガンマ団員がしてくれるのだ。子供たちと遊ぶことだけが唯一の仕事である母は、常に有り余るほどの愛情を四人の息子たちに注ぎかけていた。
「マジックも、ママのとこにおいで」
自分がそうするのと同じように、子供たちからもいつも愛情を寄せていて欲しい。
ジュエルが呼ぶとマジックは本を置いて駆け寄ってきた。しゃがんでルーザーを下ろし、空いたもう片方の手で長男を抱きとめる。二人の髪が柔らかく触れ、子供特有の甘い匂いがした。
「二人とも、大好きよ!」
かわいい子供たちを抱き込み、代わりばんこに頬ずりをして。ジュエル至福の瞬間だった。
「シルバー、いつ帰ってくるのかなあ」
子供たちの金の髪に、愛する夫の面影を見たから。思わずため息を吹きかけてしまった。くすぐったがって、マジックは笑っている。
この子たちの父親、シルバーは、今外国に行っている。総帥と一緒に、数ヶ月にも渡る遠征に出ているのだ。その間にハーレムとサービスが誕生したので、夫はまだこの双子の顔すら見ていない。
「早く帰ってくればいいのに。ハーレムもサービスも待っているのに」
「ぼくもまってる!」
「ぼくも!」
「ママも!」
ぎゅっと抱きしめると、小さな体温を感じた。
「ジュエル様・・・」
力ない声と共に力なくドアが開かれる。不思議に思って顔を上げると、力なくやってきた男が一人。世話係のダクワーズだった。
「どうしたの?」
いつもは冗談で笑わしてばかりの男なのに、足もとはおぼつかなく、ひどく顔色が悪い。
「どうしたの・・・」
尋常ではない様子に、ジュエルはそれしか言えない。
ダクワーズはようやくジュエルたちのそばへ来ると、いきなりひざを床についた。思い切ったように顔を上げるが、その視線は定まらない。
「お、落ち着いてお聞きください、ジュエル様」
「あなたの方こそ落ち着いてよ」
子供たちも、異様な雰囲気の中で言葉を失っている。
短い静寂を、やはり落ち着かないダクワーズの叫びに近い声がうち破った。
「シルバー様が・・・!」
音と時間は、そこではたりと白く塗り替えられ、何も聞こえなくなって・・・。
「・・・ふぎゃ・・・」
「オギャア・・・!」
今まで機嫌の良かった赤ん坊が、二人揃って突然泣き始めた。
火のついたような激しい泣き声だけが、止まった空間で流れ続けていた。
次の日。
ジュエルは二人の子供たちと共に黒い服を着たまま座っていた。
よく晴れた午後だった。
今までの記憶はコマ切れで、何一つ実感として残ってはいない。
父であるガンマ団総帥ゴルドーが、沈痛な面もちで帰ってきたこと。
総帥に続くように、丁重に運び出された細長い箱・・・。
それは棺桶で、中に夫のシルバーが眠っているのだと聞かされて。
見せてほしいとせがんだが、父に止められた。『遺体の損傷がひどいから、おまえは見ない方がいい』って・・・。
棺桶って。
遺体って。
戦死した、って。
何のこと?
認識なんて、できっこない。
「・・・どこ・・・?」
ただ、うつろな目をして。
「どこに行っちゃったの・・・?」
「ジュエル」
喪服姿のゴルドーは、ぬけがらのような娘に声をかけた。
総帥でありジュエルの父、そしてまた同時にシルバーの実兄でもあるゴルドーは、総帥に相応しい偉丈夫だが、全身には気高いほどのオーラをまとった男だった。
兄としても、またガンマ団の総帥としても、シルバーを失ったのは大きな悲しみであり、痛手でもある。その精悍な顔にも深い影が降りていた。
「シルバーの骨を拾ってあげなさい」
抑揚のない声で促す。火葬が終わったところだった。
「・・・・」
「さあ、ジュエル」
「・・・いや・・・」
うつむいたまま首をぶんぶん振る、子供の仕草で。
ゴルドーはため息を吐き、娘の肩に手を置いた。また一回り小さくなったような気がして、哀しみも深くなる。
「ちゃんとしてやるんだ、シルバーのためにも」
「いやよ・・・」
声に涙が混じる。ゴルドーは何も言えなくなった。泣く子も黙るガンマ団総帥の、唯一の弱味がこの娘だったから。
「ぼくが、いくよ」
しっかりとした申し出は、ジュエルのそばについていた子供の口から出たもので、ゴルドーも一瞬目を見張ってしまった。
長男のマジックが、唇を結び真っ直ぐに見上げている。
「ぼくが、やるから・・・かあさんのかわりに」
「そうか・・・」
驚きのまま、頷く。まだたった子供だと思っていたが・・・。
手を引かれて部屋を出るきわに、マジックは肩越しに振り向き弟にこう言い残した。
「ルーザー、ママのそばにいて」
「うん・・・」
ルーザーは母に寄り添い、手に手を重ねてあげる。そばにいて、守ってあげなければ。無意識に知った自分の役割だった。
「ルーザー・・・」
「なあに、ママ」
「パパに、会いたい?」
そーっと見ると、母の顔には何の表情もなく、お人形のようでルーザーは少し怖くなった。
「・・・うん」
肯定の返事をしなくてはいけない。自分の意志というより、それは母の望むことだから。
ジュエルは顔を上げ、はじめて笑った。何か楽しいことを思いついたときと同じ笑顔に、ルーザーは幼いながら違和感を覚える。
体が浮いた。母の両手に抱き上げられ、ひざに乗せられる。
「よーし。絶対、シルバーを生き返らせるんだから」
これもまた、ゲームに臨むときの調子なので、ますます不安を募らせるルーザーだった。
H12.5.25