どこに行ったんだろう?あのバカは
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2.空とぶネコをかわいがったり
次の日、ジュエルは早速行動を開始した。まず足を向けたのは、ガンマ団科学部の研究室である。
のちに次男のルーザーが主となる部署だが、このころはモンブランという名の科学者がいて、さまざまな研究をしながらまだ幼いルーザーにやさしく手ほどきをしてくれていた。
薬品のにおいが入り混じり、変わった機器やビーカーなどが雑然と広げられた部屋に入ってゆく。ジュエルが単身やって来たのを見ると、モンブランは驚き、その次に深々と頭を下げた。
「ジュエル様、このたびは、ご愁傷様で・・・」
「いいの、そういうのは」
ぴしゃりと切ってやると、戸惑いながら科学者は姿勢を元に戻した。
モンブランは30がらみの、背の高いひょろりとした男だ。黄色っぽい髪は元々そうなのか、それとも実験に失敗したせいなのか知らないけれど、爆発したみたいにもじゃもじゃしている。その名前と合わせて、ジュエルは彼を見ると決まってケーキのモンブランを食べたくなってしまう。
色んなシミが付いて汚れた白衣が失礼に当たると思ったのか、慌てて脱いでテーブルに置くと、モンブランは牛乳びんの底みたいな眼鏡の奥から不思議そうに総帥の令嬢を見ていた。
ジュエルがここに来るのは珍しいことではない。実験室は時々お嬢さんの遊び場と化していたから。しかし、こんなときに、一体何の用で・・・。夫を亡くした直後だというのに、いつもと同じ、いや、いつも以上に元気がみなぎっているのも気になる。
「ジュエル様、どうぞ」
とりあえずは木の椅子を勧めると、おとなしく腰掛けてくれたので、モンブランも座った。
「モンブラン、お願いがあって来たの。聞いてもらえるかしら」
「は、私に出来ることでしたら、何なりと・・・」
緊張した返事をして、背をぴんと伸ばす。彼はとても実直な男だった。
「あのね」
きらきら期待に満ちた目は、何かをねだるときのもの。モンブランは思わず身構えてしまった。
果たして彼女の口から迸った言葉は・・・。
「シルバーを生き返らせる薬か機械を作って欲しいの!」
「・・・・・」
一ぺんで理解をした。異様なくらいのテンションは、こういうことだった。
子供のようなジュエルは、信じて疑ってもない。愛する夫を、黄泉の旅路から引き戻すことが可能だと!
胸をえぐられたようで、傷口がズキズキ痛い。モンブランは苦しいのと同時にひどく困惑していた。この一片の曇りもない青の瞳を前にして、一体どのように告げれば良いものなのか。
「・・・ジュエル様」
期待でいっぱいの、この瞳の前で・・・。
「それは・・・、出来ません」
どう婉曲に伝えたって、同じだから・・・。
モンブランはきっぱりと、言った。
分厚い眼鏡の奥で、うるむ目をジュエルは知らない。
「どうして?」
きょとん、と小首をかしげる。
「何でも作ってくれるじゃない、いつも」
ジュエルが気まぐれに『欲しい』と言えば、本当に何だって作ってくれた。華麗に踊る人形だって、不思議な果物だって、何でも。
がくり、肩を落として、モンブランは声を震わす。
「それは・・・人間には出来ない・・・また、してはいけない事なのです」
必死で押さえ込もうとする嗚咽に、体も震えている。
「亡くなられた方を生き返らすことは、決して出来ません・・・。いいですか、ジュエル様」
辛かった。それでも、言ってあげなければならなかった。
「シルバー様は、亡くなったんです。もう・・・二度と、帰っては来られないんです・・・・!!」
精一杯・・・。
波に押されるように、とうとうモンブランは泣き崩れた。
「モンブラン」
ジュエルは慌てて立ち上がり、小刻みに震える背中に手を添えてあげる。
「泣かないでよ。大丈夫、貴方に出来なくても、まだ、あてはあるから」
「・・・・えっ」
血がさーっと下がってゆくような感覚で、涙もはたりと止まってしまった。
今、何と・・・?
「帰ってくるわ、シルバーは。あたしが何とかするもの」
「・・・・」
震えたままの手で眼鏡を取り、手近なタオルで涙とついでにレンズもふいてかけ直す。見るとやはり、ジュエルはにこりと笑っていた。力強いとも言えた笑顔だった。
「だから、ねっ、泣かないで。あ、あたし急ぐから、それじゃ」
黒いスカートのすそを軽やかに翻し、風のように去って行ってしまった。
脱力して、モンブランは背もたれに体を預ける。
届かなかった・・・お嬢さんの心に。
『シルバーが死んでしまった』という事実を、届けることができなかった・・・。
「おいたわしい・・・ジュエル様」
新たな涙が、あとからあとから溢れてくる。
研究室には、科学者のむせび泣く声が長いこと響いていた。
次にジュエルが向かったのは、どこだろう。
薄暗くかび臭い、陰気な空気で満ちみちた場所・・・そう、地下室だ。
錆びた重いドアを開けるのは、ジュエルの全体重をかけても難儀なことだった。それでもきしんだ音を立てながら、何とか中に滑り込む。かびの臭いに異様な何かが混ざり、鼻についた。顔をしかめながら足を踏み出すが、ただでさえ暗い部屋にはさまざま不気味な物が所狭しと置かれてあって、なかなか奥へ進めない。
目が慣れてくると、ジュエルは悲鳴を上げそうになった。目の前に、ひからびたコウモリのようなものがぶら下がっている。後ずさると、中世の騎士が着ていたようなヨロイに腕が当たった。向こうの棚には、ホルマリンで満たされた瓶がいくつも並んでいる。中身が何であるかは、きっと見ない方がいいだろう。
ジュエルは泣きたくなった。あまりの不気味さに、ここまで突き進んできた勇気も萎えそうになる。きれいなもの、可愛いものが大好きなジュエルには、あまりにも馴染めない場所だ。
それでも敢えてここまで来た理由は、たったひとつ。
「バーム!」
呼ぶ声は部屋中に反響し、消えてゆく。
「バームったら、いるんでしょ!?」
ほとんど泣き声で必死に叫ぶと、背後の空気が変わった。ような気がした。
「ハイハイ、おりますよジュエル嬢・・・」
「ひっ!」
心臓を押さえ飛び上がる。おそるおそる振り向くと、いつの間にか黒装束の人物があぐらのような格好で座っていた。
若いのか年を取っているのか、いやそれ以前に、男なのか女なのかもよく分からない。暗い中でじっと座しているバーム(本名バームクーヘン)は、魔法使いなのである。
魔法使いがガンマ団にいるというのも変な気がするが、ジュエルにとっては科学も魔法も大差ない技術だった。どちらも不思議を叶えてくれるから。
この地下室が、モンブランの研究室真下にあるというのも、感覚的にはぴたりと来る。
「バーム、シルバーを魔法で生き返らせて!」
いきなり本題に飛び込むと、魔法使いは笑った。魔法使いらしく、低くしわがれた声を作って。
「それは、空とぶネコの魔法より難しい」
空とぶネコの魔法なんて知らないので、どういう比較なのか分からない。
「ネコを空とぶホウキに乗せてあげれば、簡単でしょ!」
「なるほど、なるほど」
くっくっくっ、笑っている。
「いいから早く生き返らせてよ」
一刻も早くシルバーに会いたい。それに、この場に長居するのは嫌だった。
「ジュエル嬢・・・」
前に長く垂らした髪から、黒い瞳をのぞかせる。
ハッとするほど鋭い視線に射抜かれ、硬直してしまう。自分の鼓動ばかり大きく聞こえる中で、ジュエルはぴくりとも動けなくなった。
「生き返らしてもねェ・・・どんな姿で出てくるか分からないよ。死んだときの体かもしれないし・・・もう荼毘に付されてるから・・・、骨かもよ・・・」
「−!」
「腕や足を失って・・・血だらけかも・・・」
ヒーッ、ヒッヒッ。
骨・・・血だらけ・・・。そんなシルバーをかなりリアルに想像して、血の気が引いてゆく。立ったまま気絶しそうになった。
「ま、冗談だけどね」
という一言がなければ、本当に仰向けに倒れていたに違いない。
「バームぅ〜」
「泣かない、泣かない」
よしよし。
「でも、ジュエル嬢」
下を向いたまま、魔法使いは声を抑えた。
「死人を生き返らすなんて、そんなことしちゃいけないよ」
「・・・生き返らせて、くれないの?」
ようやく自由になった体を、バームの前に投げ出す。
「お願い、バーム、お願い! シルバーを返して! シルバーに会わせて! ねえ!」
一生懸命な、気持ちは分かる。そうすることで、どうにかバランスを取り自分を律しようとしていることも。
それだけに、哀れでならない・・・。
「お嬢・・・、休ませておあげ」
「・・・・」
唇をかんで、じっとしていたが、ジュエルはバッと立ち上がった。あんまりいきなりだったので、ふらつき額に手をかざす。
「立ちくらみかい?」
「・・・もういい! 頼まない!」
もう何にぶつかろうがお構いなしで、魔法の部屋を突っ切り、ジュエルはかび臭い地下室を出ていった。
「いいわよ、いいわよ・・・。自分でやるから」
他人任せにするのがそもそも間違っていた。やはり、シルバーに会いたいなら自分でやるべきだったのだ。
ほとんど小走りになって、子供たちの待つ家に帰る。ジュエルたちの家はちゃんと一戸建てで、ガンマ団の敷地内にあった。
「ジュエル」
玄関先で父親と鉢合わせ、びっくり目を見開く。
ゴルドーは娘の様子を見に来たのだが、不在だと聞いて心配になり捜しに出ようとしたところだった。
「父様」
「おまえ・・・大丈夫なのか?」
「うん。忙しいからまたあとでね!」
ばたばたと上がってゆく。取り残されて、ゴルドーは立ちすくむ。
娘の元気が、逆に怖かった。正常な反応ではないのが心配でならない。
「総帥、ここにおいででしたか!」
「う、うむ、今行く」
娘のことをじっくり考えてやるには、総帥という立場は忙しすぎる。
後ろ髪を引かれる思いでいながらも、ゴルドーはガンマ団員にうながされながら仕事に戻る他なかった。
「何よ、バームったら、人をからかってばかりで全然力になってくれないんだから・・・」
魔法使いの文句を言いながら、本棚の中を探していると、ほどなく目的のものは見つかった。あった! と叫んで、小躍りする。
「これでシルバーと会えるわ」
「ママ、それなあに?」
「うふふ・・・魔法の使い方が書いてある本よ! あたしだって、魔法くらい使えるんだから」
黒い布張りの表紙に、金の文字で「魔法入門」と書いてある、かなりうさんくさげな本を大事に胸に抱く。そしてジュエルは息子たちを眺めた。
お兄ちゃんのマジック、かわいい盛りのルーザー、そして生まれたばかりのハーレムとサービス。
「きっと、パパは帰ってくるからね!」
H12.5.26