はじまりはいつも雨 (1)
・
残暑というにも残りすぎの、暑い日が続いている今日この頃。
涼しさをまとった風に辛うじて秋を探しながら、まだ半袖姿のカップルが土曜のデートを楽しんでいる。
「蒸し暑いなー。いつまで暑いんだろうな」
キツめだが整った悪人ヅラ(?)の男は、アキラくん。
「でもやっぱり真夏とは違うよね。・・・なんだか、雨がきそう」
ぽっちゃり丸顔の女の子は、ヒトミちゃんだ。
「こんにちはー」
二人は揃って、街角にあるお店「GIG」のドアを開けた。中で洋服をたたみ直していたお兄さんとお姉さんが顔を上げ、笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい」
ここは二人行きつけの洋服屋さん。外は暑いがファッションは秋まっさかりで、落ち葉色やアースカラーのシックな色合いが小さな店内にあふれている。
ちょっと大人っぽいこんな色も、ヒトミは最近好きになってきた。
「ヒトミちゃんにピッタリのが入ったよ。どう? こんなスカート」
「わーかわいい!」
お店のお兄さん・・・サトシさんが、いつものように入荷したてのかわいい洋服を勧めてくれる。
「アキラくんもホラ、これ一点ものよ」
「へー、いいじゃん」
ジャケットを出して見せてくれるお姉さんは、エリコさんといって、サトシさんの若奥様だ。スタイル良くもちろんおしゃれで、絶対なれないと思いつつヒトミの憧れだった。
「着てみる?」
「うん!」
二つある試着室にそれぞれ入って、秋の新作に袖を通してみた。
「どうだー?」
じゃん。
「うわーカッコイー、アキラ」
「似合うね、アキラくん」
サトシさんやエリコさんも絶賛。アキラは何を着てもきまるとヒトミは思う。誇らしいような、妬ましいような。
「ヒトミちゃんもかわいいわ」
深いグリーンのロングスカートは、ひざ下に切り替えがあり、裾にチェック柄が入ったおしゃれなデザインだ。
「あー、いいんじゃない?」
アキラにもほめられながら、ヒトミは腰に手を当てた。
「でも、ちょっとウエストがきつい・・・」
食欲の秋を見込めば、無理があるかも。腹筋を使うのも限界があるし。
「お直しできるわよ」
その言葉に甘えて、いつもウエストサイズを直してもらっているのだけど・・・。
「やっぱり、ダイエットしなくちゃなあ・・・」
恥ずかしくなって口走ったヒトミに、目の色を変えたのはアキラだ。
「そのままでいーんだってヒトミは!」
個人的な好みだが、やせた女の子には魅力を感じない。ちょっとだけふっくらが好きだった。犬コロみたいでかわいいから。
「そうそう。うちの服ちょっとキツめにできてるからね。ヒトミちゃんくらいがちょうどいいんだよ」
「そーかなァ」
エリコさんにしてもそうだけど、街にはやせてキレイな人ばっかりなのに。
「ムリは体に悪いし」
「・・・うん」
ヒトミは一見元気そうだけど、実は心臓に病気を持っている。アキラはそれを気遣ってくれているんだ。
「オレこれ買っちゃおー」
アキラはいつもこんなふうに即決してしまう。本人に言わせると服は直感で決めるもの、ということらしいけれど、リアールのバイトはよほど良いのか、お金持ちだった。
「あたしはどうしようかな」
ヒトミはバイトはしていない。少ないお小遣いで暮らしている身では、洋服をそうしょっちゅう買うわけにもいかなかった。
娘に彼氏が出来たことを喜んで、最近は母親も進んで洋服を買ってくれたりするが、それに甘えてばかりもいられないし。
「やっぱり、今日はやめとこ」
「そっか」
こんなとき、バイトを始めようかな、などと思ったりする。バイト禁止の学校だから今までやろうなんて思わなかったが、服を買ったり遊んだりするお金はもっと欲しいし、何よりアキラがバイトをしている時間、一人でいるのがいやだった。
寂しくて、彼のことばっかり考えてしまうんだ。好きなマンガを描こうと思っても、手に付かないありさまだ。
100%彼中心の生活は、幸せでもあり、困ったことでもあった。
バイトでも始めれば、ちょっと変わるかも・・・。そう考えている、最近のヒトミなのだった。
「参ったなー、ホントに降ってきた」
しばらくお店でしゃべったりしていたら、雨が落ちてきた。
最初は傘もいらないくらいだったが、どんどん雨足は強さを増し、土砂降りとまでは行かないが今や本降りになっている。
「すいません、じゃ借ります」
「返してくれるのはいつでもいいよ。気を付けてね」
アキラとヒトミは、サトシさんから傘を一本借りて外に出た。
今日はネットの家に遊びに行く約束だからあんまりGIGに長居もできないし、空を見ればにわか雨で済みそうになかったからだ。
「秋雨か・・・午前中は晴れてたのに、ツイてねーな」
「えーラッキーじゃない、相合傘だよー」
「・・・バカ」
と照れながらも、肩が濡れないよう寄り添って歩く。
秋色の雨に包まれながら、二人の周りだけほんわかパステルカラーだった。
「ジバクくんの最終回ってどうなるのかな」
「さあ・・・でも楽しみよね」
ミャーミャー、ミャーミャー、ミャーミャーミャー・・・。
「・・・ん?」
「あら?」
雨にけぶるゴミ捨て場に、子猫の鳴き声三重奏。
「捨て猫・・・?」
ヒトミが三匹の子猫を認めたときには既に、アキラは段ボールを抱き上げ頬ずりをしていた。
「はにゃあああ〜〜、かわいいニャア〜〜捨てられたんでちゅか〜〜!?」
「アキラ、鼻血出てるよ・・・」
顔も崩れまくりだよ。
小動物、特にネコは大好きなアキラくん、もう放す気はないらしい。
「ミャー、ミャー・・・」
「かわいいね」
アキラの勢いに押されてしまったが、よく見れば本当にかわいらしい子猫たちだ。一匹は真っ白、一匹は薄茶色、そして残りの一匹は三毛で、雨にすっかり濡れて小さく鳴いている。ヒトミだってこれは放っておけない。
「とりあえず、ネットくんとこに連れて行こうよ」
「そーだな。このままじゃカゼひいちゃうもんにゃ〜〜?」
あくまで子猫たちにネコ語(?)で話しかけるアキラだった。
そういうわけで、アキラは片手に三毛猫、片手に傘を。ヒトミは両手に二匹の子猫を抱き、ますます寄り添って舗道を歩く。
「ミャーミャー」
「こーんなキャワイイ猫ちゃんたちを捨てるなんて、許せねーな」
「本当ねー。アキラより悪人よね」
「何だよそれ。オレ悪人かよ」
「ミャア・・・」
「あっ!」
ヒトミの腕から、白い猫が抜け出した。
「タマにゃん!」
いつの間に付けていたのか、アキラが名前を叫ぶ。
「あぶないよ!」
ヒトミも後を追う。
雨音と傘が、背後から迫る車の存在を隠していた。
キキキキーーッツッ!!!
高いブレーキ音が、耳をつんざく。
「・・・ヒトミっ!!」
H12.9.20