はじまりはいつも雨 (3)
・
すっかり復活して、ヒトミはアキラと予定通りネットの家に行くことにした。
八神先生は車で送って行きましょうか、と親切にも申し出てくれたが、ヒトミは軽く首を振る。
「ありがとうございます。でも、歩いて行きたいので」
「まだ雨は降っていますよ」
「歩きたいんです・・・雨の中を」
さっきよりは小降りになってきたような気がする。秋の雨は優しく涼しく、そして少しだけ寂しげだった。
そんな中を二人は歩いていた。腕に子猫を抱いて、一本の傘の中に二人寄り添って。
「ヒトミに会う日って、不思議なくらい雨が多いな」
「うん・・・でも、雨も好き」
薄曇りの中で、たくさんのしぶきに包まれれば。
「水のトンネルくぐってるみたいで、幸せになるもの」
傘の中で、まるでここには二人きりのような。そんな楽しい錯覚が。
「・・・」
本当に幸せそうな顔をそっと見下ろした。
わけもなく、彼女が消えそうな気持ちになって。
切なさに足を止める。
「どうしたの、アキラ?」
今、泣きそうな顔になってる。見られたくないから、アキラは軽く膝を曲げて、ヒトミの唇に自分のそれで触れた。
繋ぎ止めておけるなら、いつまでだってこうしていたかった。
腕の中で子猫が小さく鳴いている。
全て始まりは、いつも雨の中で・・・。
水の世界に全身を心地よく溶かし、いつか二人で透明になってしまいそうな、感覚で。
ピンポラーン!
玄関のチャイムを鳴らしても、誰も出てこない。鍵は開いていたのでノブを回すと、中から賑やかな声と異臭とがいっぺんに溢れ出てきた。
「ネットちゃまあ、お鍋の中、パープル一色でちゅわよォ!」
「く〜ま〜た〜ん」
「心配するなメディア! この大根を入れれば完成だ!」
「う〜さ〜た〜ん」
「ベベたち、このハーブも忘れちゃダメだよお!」
「ハーブはいらんッツ!」
「余計くさくなりまちゅわぁ〜」
「あ、熱いよォベベ!」
「・・・・」
二人は顔を見合わせる。
「・・・またこんな場面に・・・」
実は今日はヒデハルとコユキが二人で出掛けて行った(いよいよデート!?)ので、子供たちの晩ご飯を頼む、と言われていたのだ。
アキラたちの到着が遅いから、ネットたちだけで夕飯の支度を始めていたのだろう、多分・・・。
中から聞こえてきたいかにも怪しげなセリフと、どう考えても人間が口にできるシロモノではないようないかがわしい臭いにアキラとヒトミはいっそこのまま背を向け帰ろうか、とアイコンタクトで伝え合っていたが、脱出計画は失敗に終わった。
「おお、アキラ! ヒトミ! 遅かったな」
「お待ちちてまちたわ」
「ボクもお邪魔してたよォ!」
隣のロココな少年までいる。
「う〜さ〜た〜ん」
「く〜ま〜た〜ん」
熱烈な歓迎を受けては、ダッシュで逃走というわけにはいかなくなった。
「・・・で、ナニを作ってたんだ、お子さまたち」
眉間にシワを寄せ、アキラは大鍋を覗き込んだ。
「なに、なに」
「ヒトミは見ない方がいい・・・」
腕を広げて、ヒトミが来るのをとどめた。こんなの見たら、また心臓をびっくりさせてしまうに相違ない。
ドロドロに煮詰まった紫色の液体の中に浮き沈みしているのは、見たこともないような色の野菜や、庭から抜いてきたのか!? というような雑草や。何か爬虫類とおぼしき形も見えなくもない。
「なんだコレは。ヤミナベか? それとも魔法使いのババァ手作りのへんな薬か?」
動揺のあまり言い回しがくどくなっている。アキラは即、ふたをした。
「失敬な。これはカレーだ」
「これのどこがカレーじゃ!?」
カレーの具なんて一つも入っちゃいなかったじゃないか!?
「この『股んGOくん』を入れれば完成だ!」
「やめんかァ!!」
ネットが出しかけた大根を取り上げる。ヒトミの心臓どころか、こっちの心臓も心配になってくる、まったく。
「こんなもん食えるか!? 作り直しだ」
「せっかくボクたちが一生懸命作ってたのに・・・」
アンドレはバラとスポットライトの中で、オヨヨと倒れ込んだ。
「オマエは何もしてなかったがな」
「あたくちだって、頑張りまちたわー」
「いいから作り直し! 頼むぞヒトミ」
「え、あたし、料理はちょっと・・・」
家では全て母任せのヒトミだ、家事はまるっきしダメだった。アキラだって同じで、料理なんてしたことがない。
「・・・ピザでもとろう。な」
一番安全かつ確実な提案をアキラがしたとき、玄関が開く音と、
「ただいまー」
「ただいま!」
ヒデハルとコユキの声がした。
「まあっ、帰ってきまちたのね」
「早かったな」
ネットたちはバタバタとお出迎えに走った。アキラとヒトミもついていく。
家主のヒデハルと家政婦のコユキは、カジュアルな格好で玄関にいた。スーツ姿かジャージしか見たことのないヒトミには、ヒデハルのデート服というのは珍しくて、新鮮に映る。
「晩ご飯、やっぱり心配になったから早めに帰ってきたのよ」
「コユキぃ・・・」
アキラ、ほぼ涙目になっている。ヒトミも心底ホッとした。
「五味ヒデハル、コユキと仲良くデートしてきたかぁ?」
「大人をからかうな不良学生」
と言うヒデハルもまんざらではなさそう。コユキも何だかご機嫌のようで、何かあったのか!? と想像したくなってしまう。
コユキはヒデハルのお嫁さんになりたがっているのだ、これは良い傾向だった。
「・・・やっぱり思った通りねー」
コユキは、鍋に満たされた呪いこもりまくりの物体にもひるまず、笑顔を絶やさない。さすがは五味家の家政婦である。
「今から作るから、お土産のケーキでも食べて待っててね」
「わーい!」
「じゃあ、ボクがお茶を入れてあげるネ」
「ハーブティーはイヤでちゅわよ」
「種類色々買ってきたから、仲良く食べるのよー」
てきぱきと支度にかかるコユキを、ヒトミはまぶしく見つめていた。
エリコさんとは全然タイプが違うが、彼女もまたヒトミの憧れの女性だった。
カレーのいい匂いが、さきほどの悪臭もすっかりかき消して。もうすぐみんな揃ってディナーにありつける。
三匹の子猫たちも、またまたミルクを無心に舐めていた。
「カワイイねー。ボクのオーギュストにも負けないかわいさだよォ」
アンドレは猫をいじりながらも、バラをしょってキラキラしている。
「アンドレくん、飼ってみる?」
「うーん・・・。飼いたいけど、でも、オーギュストがいるから・・・」
確かに可愛いし、動物好きなアンドレとしては飼ってみたいが、大好きなアメリカバイソンのオーギュスト・ボウへの愛情がやはり第一なのだった。
「ヒトミの家で飼えるか?」
「一匹なら大丈夫だと思う。あたし、この白い猫ちゃんがいいな。名前はもちろん、『雹さま』ってつけるの!」
「ネコに『さま』かよ・・・」
「だって雹さまを呼び捨てにするわけにはいかないもん!」
相変わらず雹さま至上主義のヒトミだった。いつものことだから、アキラもこれくらいのことは気にしない。
「オレも一匹もらっていこうかな。五味ヒデハル、一匹どうだ?」
いきなり話をふられ、オヤジくさいジャージに着替えてきたヒデハルはイヤそうにメガネに手をやった。
「冗談じゃない。これ以上手のかかるヤツが増えても・・・」
「この子が可愛いでちゅわ」
「三毛だな。名前は何がいいかな」
「う〜さ〜た〜ん」
「く〜ま〜た〜ん」
「オマエら家長の言うこと聞けい!」
「いいじゃないですかヒデハルさん、面倒はちゃんと見ますから」
コユキの口添えで、もう子猫たちの行き先は決定の模様。
いつの間にかコユキの呼び方が『旦那さま』から『ヒデハルさん』に変わっていることに気付きながらも、あえて触れずにアキラは残った茶色の子猫を抱き上げた。
「じゃあオレはドラにゃんをもらっていこ〜。ドラにゃん、おにーちゃんといっちょでちゅよ〜」
頬ずり、頬ずり。
「ミャア」
「猟奇ホモのクセに、相変わらず動物には甘い男だな」
「どっちにちても、変態でちゅわ」
「・・・ほっとけよ」
「さあ手を洗ってきて! 食べましょう」
「はーい!」
「いただきまーす!」
みんなで食べれば、コユキ自慢のカレーも更においしさが増す。紫色の物体を食べるハメにならないで本当に良かった。
「まったく、毒でも作ってんのかと思ったぜ」
「コユキさんが早く帰ってきてくれて良かったー」
「イヤな予感がしたからね」
「アキラたちが遅いから悪いんだ」
「こっちだって色々大変だったんだぞ!」
「う〜さ〜た〜ん」
「く〜ま〜た〜ん」
賑やかにおしゃべりしながら。笑いながら。
「・・でも、本当に、良かったわ・・・」
幸せを噛みしめて。
夜になって、ヒトミはアキラに送られて駅に向かった。雨はやんで、雲の隙間から光をこぼす星たちが見えてくる。
見上げながら二人は歩いている。相合傘でもないのに、やっぱり寄り添って。
「今日は楽しかった。八神先生にも会えたし、子猫も飼えることになったし。カレーもおいしかった!」
「そうだな。・・・一応、月曜にでも病院行っとけよ」
「うん」
手の中の『雹さま』のぬくもりと重みがヒトミの胸にしみる。
命にじかに触れている。それはひどく生々しい実感だった。
小さな命は、この手で守ってあげよう。きっと・・・。
「アキラ、あたし・・・」
「ん・・・?」
「こわくないよ・・・」
アキラと一緒なら、何だってこわくないよ。
言葉では全部伝えることはできなかった。
だけど分かってくれている。
「・・・いるよ。ずっと」
空いている手をつなぎ合わせて、ふたり歩いていこう。
今夜は雨の代わりに、星に包まれて−。
君に逢う日は 不思議なくらい
雨が多くて
水のトンネル くぐるみたいで
しあわせになる君を愛する度に 愛じゃ足りない気がしてた
君を連れ出す度に 雨が包んだ君の名前は 優しさくらい
よくあるけれど
呼べば素敵な とても素敵な
名前と気づいた僕は上手に君を 愛してるかい 愛せてるかい
誰よりも 誰よりも今夜君のこと誘うから 空を見てた
はじまりはいつも雨 星をよけて君の景色を 語れるくらい
抱きしめ合って
愛の部品も そろわないのに
ひとつになった君は本当に僕を 愛してるかい 愛せてるかい
誰よりも 誰よりもわけもなく君が 消えそうな気持ちになる
欠くした恋達の 足跡をつけて今夜君のこと誘うから 空を見てた
はじまりはいつも雨星をよけて ふたり 星をよけて
あとがき
カウンタ24000見事にゲットのユウキさん。リクエストはドリームネットPAPAから、アキラとヒトミのカップルを!ということで。
三匹の子猫を拾う、というネタと、八神とサトシさんも出してほしい、あとは自由にしてくださいということだったので、自由にストーリーを考えてみました。
しばらくパプワばっかりだったから、ちょうど良かったね。
最初はヒトミがバイトしていて、そのへんのゴタゴタがあって・・・みたいな話にしようかとも思ったんだけど、ここしばらく中編(私にとっての中くらいの長さの小説)ばかり続いていたので、短編でまとめたいなと思いました。だからストーリーをシンプルなものにまとめ直したの。
一話だけにしようかとも思ったけど、一話一話を短く、三話構成にしようかと。
テーマはちょっとだけ重く。でもストーリーは軽く。
アキラとヒトミはかわいいカップルだにゃーそれにしても。
アダルトな話も嫌いじゃないけど(イヤむしろ好きかも知れないけど)、こういうほのぼのカップルもかづな小説には欠かせないですね。
ヒトミは私にそっくりだ。彼氏の前だと嬉しいことは照れずに嬉しいって言う。(「ラッキーじゃない、相合傘だよー」みたいなの)
身長も私と同じくらいだ。きっと顔も似ているのかも知れない(笑)。
親近感わきまくり。
でもアキラみたいにカッコイイ人とはつき合ったことないけどねー(笑)。
アキラは猟奇趣味なのに子猫好きっていうギャップがいいですね。
血を見たいという理由以外で医者になりたいと思ったのは初めてだ、というのはスゴイ。でもそんなアキラくん、好き。
ヒデハルとコユキも少し進展があった・・・のかな?
タイトルはASKA。今時あんまりないような、恥ずかしいほど真っ直ぐなあまあまラブソング。
「君の名前は 優しさくらい よくあるけれど
呼べば素敵な とても素敵な 名前と気づいた」
ってところが、私のことを歌われているみたいで(私の本名もとってもありふれた名前だから)、お気に入り。メロディも甘く優しくて、聴いているとしっとり、ジーンと来ます。
これも自分の披露宴のとき、キャンドルサービスで使った曲でしたね、そういえば。
H12.9.24