H O W E V E R
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さらさらの髪が歩調に合わせて揺れるのを、目を細めて見ていた。まだ弱い太陽の下で。
「髪、伸びたっちゃねー、ミヤギくん」
「ああ。だいぶ前の雰囲気に近づきつつあるべ」
肩につくくらいの毛先をいじって笑いかけてくるミヤギに、トットリも微笑み返した。
トットリはミヤギの髪を好きだった。長いストレートに憧れに似た気持ちすら抱いていた。だから短く切ってしまったことを知ったときには、かなりの衝撃を受けたものだ。自分のためにという理由を聞いたなら、尚更。
しかしあれから数か月経ち、ミヤギの髪は順調に伸びている。それと並行するように、全てが収まりつつあることを肌で感じていた。しかも元よりももっと良い形となって。
今となれば、辛いようでいて楽しかったパプワ島での暮らしも、島生活にピリオドを打った戦いも、全て輪郭がぼやけまるで夢のような記憶となっているのだった。
それでもただひとつ、前よりもはっきりしたものがある。
それは二人の友情が更に深まったということだ。
「あっ、まだ雪があるべ」
空き地に名残雪を見つけるや、目を輝かせてミヤギは駆けた。トットリも慌てて追う。
暦の上ではとっくに春で、まだ冷える日があるものの、大地は冬の鎧を脱ぎ捨て春の装いに変わろうとしている時季だった。
「つめてえー」
「ミヤギくんは雪が好きだっちゃね」
はしゃぐミヤギに付き合い、トットリも素手で雪に触れてみたりする。
「わ、冷たいっちゃ」
表面は汚れているが少し掘ると真っ白いきれいな雪が出てきた。
「雪見ると故郷を思い出すべ」
ミヤギの生まれ育った土地は東北でも南部の方だったが、山沿いのため冬には雪が多く降り積もったものだった。
当時は面倒な雪かきや交通の不便が嫌だったが、振り返るとそれすら遠くやさしい思い出と変わっている。
「今頃ならまだ一面雪景色のはずだべ」
「ミヤギくん・・・」
懐かしむような目を手中の雪に注いでいる。そんなミヤギを見て、トットリは今自分が今できることに思い至った。そう、天気ならお手の物。
「脳天気雲ー!」
天に叫ぶとすぐに一片の雲が飛んできた。小さなふわふわ雲は、その場だけいろいろな天気にできるというスグレモノで、その名も脳天気雲という。
「雪だっちゃ!」
ゲタを転がす。忍者トットリお得意の天変地異ゲタ占いの術だ。
『はいはいー』
相棒の脳天気雲は軽快な返事と共に雪を降らせ始める。粒の大きな白い雪がみるみる視界を覆った。
「おおー、ボタン雪だべ」
できるだけ冷たさに触れたいのか、両手を広げミヤギは雪を受けた。
「雪の種類もいろいろあるども、オラ、このでっかい雪が一番好きだべ」
「良かったっちゃー」
でかした、脳天気雲。ちゃんとミヤギの好きな雪を降らしてくれるなんて。
雲から舞い落ちる無数の雪粒は、横からの日光に照らされて銀色に光る。まるで宝石が混ざっているみたいで、きれいだ・・・。
見とれていたら左肩に軽い衝撃を受けて目を丸くする。視線を転じるとミヤギがにやにやしながら次の雪玉を握っていた。
「雪合戦するべ、トットリ。負けた方が後で茶でもおごるってのはどうだァ?」
気がつくと周りには相当雪が降り積もっている。狭範囲に集中して降らせるため、積もるのもかなり早いのだ。元の黒く汚れていた雪もすっかり覆われ、空き地は白一色の世界と生まれ変わっていた。
「よーし、負けないっちゃよ!」
早速トットリも雪をかき集め、かたく握りしめる。
「ミヤギくん、言っとくけど中に石とか入れるのは禁止っちゃよ」
「え・・?」
きょとんと目を上げるミヤギは今まさに小石を埋め込もうとしている最中だった。トットリは苦笑する。最初に注意して良かった。
「行くっちゃよー!」
「おー!」
いくつか雪玉のストックを作り置いて、戦闘開始だ。
「そら!」
「甘いべトットリ、オラの剛速球、受けてみるべ!」
ストレートをこともなげに避けて、今度はミヤギが反撃に出る。しかしそれもかわされて、悔しそうに舌打ちをした。遊びといえど負けず嫌いのミヤギだった。
「次は二発同時だっちゃ!」
「なんのッ! こっちは三連弾だべ!」
子供のようなはしゃぎ声が二人だけの空き地に響き渡る。脳天気雲もますます調子よくふわふわの雪を降らせ続けていた。
「あー、汗かいたべー」
「楽しかったっちゃね」
襟元をぱたぱたさせながら、雪の上に並んで座り込む。雪合戦の結果はミヤギの大勝ちだった。勝利してかなりご機嫌なミヤギを見れば、それだけでトットリは嬉しくて自分が負けたことなどどうでもよくなる。お茶でも何でも、好きなだけおごろう。
我ながら甘いな、とここでトットリは気付いたが、ベストフレンドなのだから仕方ない。ミヤギに対してこれほど甘い自分のことも許しておこう。何たってベストフレンドだから。
「まるでガキのころに戻ったみたいだったべ」
「よく雪合戦してたっちゃか?」
「そりゃ、冬になれば雪しか遊ぶモンがなかったからな。雪合戦とかソリとか、雪だるま作ったり。かまくらなんかも作ってたべ」
「へえー。いいっちゃねー」
トットリが目をきらきらさせたのは、雪国への憧れからだけではない。今まであまり語られることのなかったミヤギの昔の話を聞けて嬉しかった。ミヤギはどんな子供だったのだろう?
知らないことがたくさんある。知りたいことがたくさん。きっとこれからもっと分かり合えるだろう。
「ミヤギくん」
「何だべ?」
「ぼくたち、ずーっと友達だっちゃ・・・」
「い、いきなり何言うべ、トットリ」
あんまり真っ直ぐな目で見つめられて、面映くなる。ミヤギのちょっと赤くなった頬に雪が落ち、一瞬にして消えていった。
「ごめんミヤギくん」
トットリも少し照れ笑いになる。右手を下ろして冷たい雪に触れた。
「・・・でも、思うっちゃ。別々の土地にぼくたち生まれ育ったから、もしかしたら出会えなかったかも知れないっちゃ。こんな広い地球でただ一人、ぼくはミヤギくんとベストフレンドになったっちゃ」
「・・・トットリ・・・」
広い地球でただ一人なんて大げさな表現、いつもならつっこんで笑い飛ばしているだろうけど。降り続ける雪は遠い記憶と広い世界にそれぞれ繋がっているようで・・・。
「・・・そうだな・・・。オラとおめえと、ずっとベストフレンドだべ。何があっても、共に白髪が生えるまでだべ」
「白髪が生えてもずっとだっちゃ」
「トットリ」
「ミヤギくん」
手を出す。ガシッと握り合う。雪越しのお互いの眼に、不滅の友情を見た。
「さあトットリ、お茶しに行くべ」
「何がいいっちゃ? ミヤギくんの好きなものおごるっちゃ」
雪深く積もった空き地を後に、二人並んで歩き出す。
「オラ、ぜんざいがいいべ。甘味屋に行くべ」
「いいっちゃよー。じゃぼくはあんみつにするっちゃ」
「あんみつかあ、あんみつもいいべなあ」
「分けてあげるっちゃよ。半分っこするっちゃ」
長い影を舗道に引きずって、仲良しの二人は甘味屋に向かう。背中から大きな夕陽がベストフレンドたちを包み込んでいた。
H12.2.5