葵さんカウンタ10005ゲット記念小説
 
 

 コートのポケットに手を入れて、空を見上げた。冬の名残に濁った空のどこを捜しても、さっき飛び立った飛行船を見つけることはできない。飛行船の行き先はどこなのだろう。師匠を乗せた飛行船は・・・。
 再びうつむく。心は鉛を飲み込んだように重いままだった。
(分からへん・・・)
 どうしたらいいのか。
 裏通りをあてもなく歩くアラシヤマの目に、一つの看板が突然飛び込んできた。黒く小さい看板は地面に無造作に立てかけてあり、白字で「占い」とだけ書いている。
 そこだけ異質の空気に包まれていることに気付くと、この状態の自分の目に留まった理由も納得できた。今まで街の様子なんて何一つ認識しなかったのに。
 立ち止まったのも一瞬のことで、誘われるようにふらりと黒いドアをくぐった。

 占い小屋の中は暗く狭く、独特の匂いで満ちていた。黒い布のかけられたテーブルにお香や水晶玉などがきちんと置かれており、ゆらめくキャンドルがそれらしい雰囲気を作り出している。
「ようこそ」
 低く声をかけられて、初めて気付いた。テーブルをはさんだ奥にこれもまた黒い衣装に身を包んだ占い師が座っている。よくある「占い師の婆さん」というのでもなく、若い女性のようだ。頭からも黒いヴェールのようなものを被っているので、暗い中でもあり顔はよく見えないが。
「どうぞおかけになって」
 口調はゆったりしていて、やさしさがある。アラシヤマも息をつくと、勧められるまま木の椅子に真っ直ぐ座った。お香の煙とキャンドルの炎に包まれれば、瞬く間に異空間へとトリップできそうだ。
「どんなことについて、占いましょうか」
「・・・どんなことって・・・」
 そう聞かれても困る。視線をさまよわすと、横にある黒い棚に並んでいる品々が目に入った。瓶に入れられた何かの液体、紙で作られた人形、天然石、十字の形をしたキャンドルなどなど。
 何となく薄気味悪くなって、再び前に向き直る。
「何か、お悩みのようですが」
 占い師は黒いテーブルの上で両手を組み合わせ、ヴェールを透かして客人の目を見つめていた。アラシヤマにはその勇気はなく、ぴんと張られたテーブルクロスを見るふりをする。
「自分でも、分からないんどす・・・」
 占い師は、焦りはしなかった。
「よろしければ私に話してみてください。あったこと、思ったこと、何でも。力になれるか分かりませんが」
「・・・・」
 いつもならそんなことは出来るはずはなかった。初対面の人に自分のことを話すなんてこと。
 しかし今、アラシヤマは誘われるまま重い口を開こうとしている。この独特の空間がそうさせるのに間違いはなかった。いつも他人に対するとき間に立ちはだかる見えない壁がここにはない。
「わての師匠のことどす・・・」

 今日のことだ。アラシヤマは師匠のマーカーと会った。マーカーの属するガンマ団特戦部隊が本部に留まっていることはまれで、師弟といえどほとんど顔を合わせる機会もない。燃料補給のために少しの間だけ立ち寄ると聞いたので、思い切ってアポを取ってみたのである。
「何の用だ、アラシヤマ」
 顔を見て第一声がこれだ。コミュニケーションが苦手なのはいつまでたっても変わらないらしく、マーカーは言い放つや無表情で腕組みなどしている。
 自分は慣れているからいいけど、これでは周りの人にどう思われていることやら・・・。自らのことは棚に上げ、アラシヤマはつい心配してしまう。
 それ以上何も言う気配がないので、お茶を勧めつつ上目遣いで見上げた。師匠の左頬に走る大きな傷跡に、胸がえぐられる。
 あの傷をつけたのは、他でもない弟子の自分だ。パプワ島で闘い、そして最大の自爆技を繰り出したせいで・・・。
「お師匠はん、わて、謝らなあかんと思って・・・」
「何をだ」
 師匠の返事はいつも素早い。しかもあまりに短い。アラシヤマの方が歯切れが悪くなる。
「何をって、そやから、その傷・・・残ってしもうて・・・」
 そのときは必死だった。パプワ島を、いや、シンタローを必死で守りたかった。だがどんな理由であれ、師匠に傷を負わせてしまったという事実はそのままアラシヤマの心の傷として刻まれてしまったのだった。
「お前の話とはそれか」
「へえ・・」
「くだらん」
 マーカーは立ち上がり、背を向けた。アラシヤマは慌てて止める。
「お師匠はん、待っておくれやす」
「もう師匠と呼ぶな。そんな甘いものじゃない」
 厳しい声が胸に突き刺さる。ちらとも振り返ってはくれなかった。

「もう縁を切られたのかと思うと・・・。あんなお人でも、やっぱりお師匠さんやから・・・」
 一通り話し終えて、深く息をついた。インセンスの匂いが少しきつい。
「そうですか・・・」
 静かに占い師は頷く。彼女は話している間中、決して口を挟まずただ相槌だけを打ってくれていた。それがどれだけ癒しになったか。全てを吐き出しただけで心が数段軽くなっているのを自覚できる。
「どうです、一枚、引いてみますか」
 そう言う占い師の手に、いつの間にか一組のカードがあった。慣れた手つきでシャッフルして、テーブルの中央にさっと広げる。
「カードは真実を語ります。あなたの手で、一枚選んでみてください」
 いよいよ占いらしくなってきたな、と思いながら右手を出し、アラシヤマは適当にカードを選んでみた。左の端に近い方から抜き出して、そのまま占い師に手渡す。彼女は受け取り、きれいな仕草で表を返してアラシヤマにも見えるように置いた。
「・・・!?」
 目を見開いた。わずかな明かりに照らされて、カードの絵柄が浮かび上がる。
 グレーの布を頭からまとい、大きな鎌を手にした、男の絵。布の隙間から見える顔は、何と骸骨・・・!? 下の方には「DEATH」の文字が黒く印刷されていた。これは死のカードか。
 アラシヤマにはカード占いの知識はなかったが、それでも不吉な意味を持つカードを引いてしまったと分かる。それほど恐ろしい図柄だった。
「これは・・・」
 ショッキングなカードから恐る恐る目を上げる。
「デス・・・死神のカードです。このカードは・・・」
「もう、ええどす・・・」
 聞きたくはなかった。アラシヤマはポケットをさぐる。
「お代はいくらどすか」
「待ってください。あなたはカードの意味を勘違いしているようですが」
 静かだが強い調子で遮られ、アラシヤマは手を下ろした。まだ年若いはずの彼女に何故こんな迫力があるのだろう。強引にではなく、人を黙らせるような力が。
「勘違いって・・・」
「確かにこれは「死」のカード。全ての終わりを意味します」
 やはりそうなのか。師匠との関係は終わりなのか・・・。
「・・だけど本当の意味は、「死と再生」です」
「・・・」
 死と再生? 反射的にエジプトなど思い浮かべてしまう。そういう思想でミイラを作っていたというではないか。
「死の後に必ず再生が起こります。逆に言えば、新しいものを芽生えさせるためには一度全てを消滅させねばならないのです。この大鎌できれいに刈り取って、そこから新しい命はまた生まれる・・・」
 占い師の口から流れるよどみない言葉は、まるでカードの骸骨に向けられているようだった。
「あなたのお師匠さんも、あなたと新しい関係を築きたいと思っているのに違いありません。弟子ではなく、対等な、一人前の男として認めてくれたのではないですか?」
 そっと、威圧感なく目を見つめられ、アラシヤマもそのまま見つめ返す。占い師の瞳にもやはり神秘があった。
「・・・お師匠はん・・・」
 そうなのだろうか? カードの死神は荒れ果てた土地に立っている。その手で全てを亡きものにした後なのだろう。しかしよく見ると、不毛と見えた大地には小さな芽が描かれているのに気付いた。そして死神の背後にはいままさに昇らんとする朝日が。
 もうそこに芽生えている。
「これは、そんなに恐れるカードではないのですよ」
「・・・・」
 不思議な感動に胸を衝かれて、アラシヤマは言葉を失った。死と再生。そのキーワードをそっとつぶやく。
 それならば師匠との関係も新しく生まれ変わるのか。対等な位置から、また始まるのか・・・。

「おおきに。お蔭さんで随分楽になりましたわ」
「お役に立てて私も嬉しいわ」
 お金までまけてもらい、ほんの少し払うと木の椅子から立ち上がる。きびすを返しかけて、アラシヤマはひそかに気になっていたことを口にした。
「あの、以前どこかでお会いしまへんどしたか?」
「・・・・」
 ヴェールの向こうで、くすっ、と笑い声が洩れた。どことなく嬉しそうだった。
「またおいでください。いつでも」
「はあ・・・」
 はっきりした答えをもらえなかったので、アラシヤマは黙って黒い扉から外に出た。見送って占い師は頭から下げていたヴェールを取る。肩に流れた本来はライトブラウンの髪がキャンドルの光で金色に近く輝いた。
「変わったのね、アラシヤマ・・・。前よりずっといい男になったじゃない!」
 くすくすっと笑いながらカードを集めた。
(それにしても偶然会えるなんて)
 十年近くも前になる。学生時代、ちょっとだけガンマ団士官学校に入り込んでいたことがあった。魔法使いの弟に魔法で男に変えてもらって編入したのだが、アラシヤマにバレて結局その生活を終わらせることになったのだった。
 懐かしい思い出に、瞳は優しくなる。
(また来てくれるかな?)
 戯れに一枚、抜き出してみる。表を開くと“LOVERS”−恋人のカードが現れた。

 外に出ると曇り空でさえ目に眩しい。もう夕刻で、厚い雲はオレンジ色にうっすら染まっていた。
 来るときのように空を見上げるが、もう飛行船を捜したりはしない。どんなに離れていても、想っていよう。きっと会えるから。
 そうしたらまた話をしたい。今度はゆっくりでもいいから真っ直ぐ向き合って、言葉で気持ちを交わし合いたかった。
 そのときからきっと、新しく始まるから。

 
 
 
 

 −師弟・おわり−



 3.仲間たち



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