H O W E V E R
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「かんぱーい!」
四つのジョッキが勢い良く合わさる。いっせいにビールをあおる四人だったが、いきなり最後まで飲み干したのはコージただ一人だった。
「ぷはーっ! にーちゃん、おかわりじゃ!」
店員の若い男に空っぽの中ジョッキを突き出す。少しだけ口をつけてもう置いてしまったトットリはもとから大きな瞳を更に丸くした。
「早いっちゃねー」
「よほど喉かわいてたんどすな」
「でもビールはうまいべ!」
ミヤギも半分ほど一気にいって、満面の笑顔になる。アラシヤマも再びジョッキを持ち上げた。
そう、今夜は皆で居酒屋に飲みに来ていた。今二杯目にとりかかったコージが声をかけて集まったのがこのメンバーで、日が落ちてから揃って街中の「白木屋」まで繰り出してきたのだ。
「腹へったのォ!」
「そうどすな・・・」
お通しなんて一口で平らげてしまっていて、注文した食べ物の中で最初に来た枝豆に寄ってたかって手を出す。
そのうちに大量に頼んだ食べ物が少しずつ運ばれてきた。軟骨のから揚げ、いもだんご、キムチチャーハン、ピザ・・・各々の好みでオーダーしたものがいろいろ並んで、テーブルの上はたちまち賑やかになる。
喉もお腹もある程度満たされると、ようやく落ち着いて会話が交わされた。
「しっかし、こうして飲みに出るのも久し振りじゃのォ」
「何たってパプワ島には飲み屋はなかったっちゃ」
トットリはもう赤くなっている。体質的にアルコールは受け付けないと言っていたが、本当らしい。対してコージは酒に強いと豪語していた通り、ピッチは一番早いのに少しも変わった様子はなかった。
「でも、飲み屋はなくても今思えば面白かったべなぁ」
ちょっとだけとろんとした目をして、ミヤギは島にいたころを思い出す。面白かった、ととっさに口から出たものの、最初に浮かんだのは得体の知れないナマモノや植物にされていた日々の記憶だったので、一瞬酔いも醒めてしまう。
「・・・ま、一生のうちでいい思い出になったと思えばいいべ」
頭を振って底に残ったビールを飲み干した。
「ミヤギはん、次はこれ、いきまっか」
とアラシヤマが目の前で掲げて見せたのは熱燗の徳利だ。いち早く日本酒に切り換えていたアラシヤマにお猪口を手渡されて、勧められるまま口をつける。もうぬる燗になっていたが、口当たりは良かった。
「なかなかうめえべ」
「そうでっしゃろ。コージはんもこっちに変えまへんかー?」
なかなか陽気になっている。アラシヤマにとっては酒はいい方向に効くようだ。
「おお、ビールは腹がふくれるからのォ。そっちもらおうか」
「やっぱりコージはんどすなあ」
日本酒仲間が増えるのを歓迎するように嬉々としてついでくれる酒を受けながら、コージは相当いい気分になっていた。いつもより数段明るくなっているアラシヤマ、もうウーロン茶に切り換えてしまった赤い顔のトットリ、日本酒を実にうまそうに飲むミヤギ。
仲間たちの顔を順に見回して、満足になった。何が満足か自分でもよく分からないけれど、満足だ。少し酔ってきたかな、とも思う。
「こうやって飲める日が来るなんて、あのときは思えなかった・・・本当に良かったのォ・・・」
あまりにも小さなつぶやきは、店のざわめきに紛れて誰にも届かなかったか・・・。
外はさすがに寒い。しかし体の中から温まっている彼らには何てことはない寒さだ。
「コージはん、次はどこに行きまひょかー」
「そうじゃのー、おねェちゃんがいる店がええのォ」
「ちょっと待つっちゃ」
唯一しらふのトットリがしっかりした口調でストップをかける。
「ほどほどにしておいた方がいいっちゃよ。明日は大事な日だっちゃ」
「そったらごと・・・もう少しいいべ、トットリぃ」
がばっと肩を組まれる。酒臭い息をもろに浴びて顔をそらした。
「ミヤギくん、離れるっちゃ・・・」
あまり得意ではないのだ、このにおいが。
「いいべ、行くべ。ホラ、ネオンがオラたちを呼んでるべー」
「おー、呼んどる呼んどる!」
「呼んでまっせー」
「呼んでないっちゃー」
酔っぱらい相手とはいえ三人がかりでは歯が立たない。引きずられるようにして結局トットリもネオンの海へと連れていかれることになった。
二次会はコージの知っているお店に落ち着いた。望みどおりおねーちゃんはいるが、別にイカガワシイ場所ではない。少々派手なスーツのいかにも夜のアルバイトといった若い姉さんが話し相手をしてくれるといった程度のスナックだ。
そんなに広くはない店で、カウンターの他にはテーブルの席が四つほどあるだけだ。しかし今日は空いていて、先客は一組だけだった。サラリーマン風の三人組で、お店のおねーちゃんを混ぜて飲んでいる。
「久しぶりじゃのォ、ママ」
「あらー、コージちゃん! ほんっと久しぶりね!」
という声はどう考えても男。和服姿のオカマがこのお店のママなのだった。
なんでこんなお店と馴染みなのだろう・・・。コージの深まる謎に、トットリは首をかしげるばかり。しかし後の二人はそんなことはどうでもいいようで、初対面のオカマ・・・いや、ママと早速会話を交わしていた。
「オカマをこんな間近で見たことないべ」
「やっばり、取るんどすか?」
まじまじと眺める。
かなり失礼な言動にも、ママは動じなかった。
「コージちゃんのお友達は男前ばっかりねえ! さあ座ってちょうだい」
と笑いながらテーブルに追いやると、二人の若いおねーちゃんがおしぼりやら水割りやら持ってきてくれた。コージも知らない新しいバイトさんだったが、間に座ってもらって乾杯の準備をしてもらう。
「コージちゃん、それにしてもご無沙汰だったわねえ」
「ああ、特殊任務で、南方へ遠征しとったんじゃ」
物は言いようだ。南方へ遠征なんて言うと何かカッコいい。しかも特殊任務だって。常識から大きくはずれたような島でおかしな動物や植物たちと共生していたというのが事実なのに。
「じゃ、かんぱーい」
ママも一緒に二度目の乾杯をして、今度は水割りを口に含む。もう一次会ほど飲み食いはできないので、テーブルに出されたお菓子をつまみながらちょっとずつ飲んでいくことにした。
「おねーちゃん、名前、何て言うべ?」
「ユミっていいますー。お客さん、東北の方ですねー」
「なして分かったべ」
分かるって。
真っ赤なスーツのユミちゃんは、人好きのする笑顔を見せた。
「あたしも東北出身なんですよー」
「おー、そりゃ偶然だべ」
話が合うようだ。
もう一人のおねーちゃんは黒いスーツで少し大人っぽく、名前はサオリちゃんと言った。
「よーし、じゃ、牛タンゲームでもするべー!」
盛り上がる盛り上がる。
最初はしぶしぶだったトットリも、サオリちゃんに「かわいいー」なんて言われ、おしゃべりもゲームも盛り上がり始めると楽しそうな笑顔を見せるようになった。
コージもその様子にホッとして、水割りのグラスをあおる。飲みっ振りのよさに女の子たちから歓声が上がった。また調子に乗って次のグラスを空にした。
やたら楽しい。意味はなくても笑ってしまう。何度でも乾杯してしまう。勢いつけすぎて、お酒をこぼしたり。早くもウイスキー一本空けてしまって、もう一本同じものを出してもらった。
夜通し飲んで騒ごう。あのときの仲間たちだから。
笑い声が渦巻いて。くらくらして風景が回って。
記憶が途切れ途切れで・・・。やがてブラック・アウト。
「う・・・」
自分のうめき声で目が覚めた。少し頭が痛い。
コージは自らの置かれた状況をどうにか把握しようと試みる。・・・・飲みすぎたか。
まぶたの裏が白い。右腕を目の上に置く。もう朝なのか・・・。・・・朝!?
「しまったあァア!!!」
寝過ごしたか!?
「・・っ、痛・・・」
いきなり起き上がったら頭痛と胸のムカムカとくらくらがいっぺんに襲ってきた。耐えきれず両手で頭を抱え込む。
今、何時だろう。我ながら酒くさい。完璧二日酔いだ、まずい・・・。
そこでふと気がつく。皆はどうしたんだろう? いや、それよりも、ここはどこだ・・・!?
目がぱちり、開いた。両手を下ろす。焦点をどうにか合わせると、見慣れない部屋のベッドにいる自分に気付いた。なんだ、ここは。周りが鏡だらけの悪趣味な部屋で、窓もない。
何気なく隣を見て、コージは目をひん剥いた。乱れた黒髪と、白い肩・・・。女が隣にいる。しかも裸で!?
「うぎゃああああ!?」
ものすごい速さでベッドから飛び出して、壁まで後退る。寒いと思ったら自分も服を着ていなかった。正面の鏡に写る姿があまりにも間抜けだ。
裸の女。二人きりの鏡だらけの部屋。
と、いうことは、この状況って・・・・。
「・・・何よ、騒がしいわねェ・・・」
女が起き上がる。かき上げられた黒髪の間から顔が見えたが、やはり見知らぬ女だ。彼女はコージに一瞥をくれると、手を伸ばして煙草を取った。ライターで火をつけ、けだるそうに煙を吐き出す。
「何固まってんの」
言われて、ようやくコージは肩を落とす。鏡に写る女の白い背中が色っぽい。
「・・・やっちまったかァ」
ため息をついて、そこら辺に脱ぎ散らかしてある服を集めにかかった。パンツを見つけて早速身につける。
「ほんにしても、ちぃとも覚えちょらんわ。もったいないことしたのォ」
ガハハ、なんて豪快に笑う余裕もできてきた。
「バカ言わないでよ」
女は面白くもなさそうに煙草をもみ消す。
「アンタ全ッ然役に立たなかったじゃないのさ。自分から誘ったクセに、ぐでんぐでんで、ぐっすり寝込んじゃって。ふざけんじゃないわヨって感じ」
「ほーかぁ、ますますもったいないのォ」
にやにやしながら、身支度を整えた。
「その分相手してやりたいのは山々じゃが、今日は大事な用事があるけん、また今度な」
「バーカ、今度なんてないわよッ!」
子供のようにアカンベしながら投げつけられた枕を避けて、コージは女にひらひら手を振ると逃げるようにその場を去った。
もったいないのォ、と何度もつぶやきながら。
「コージ、朝帰りだべなー」
「うわ、酒くさいっちゃ」
間に合った。ホッとしながら、コージもガンマ団の制服をロッカーから取り出す。
「お前ら、何で先に帰るんじゃ」
「何言うとんのどす、先に帰れって言ったのはコージはんどすえ」
アラシヤマに酒の残っている気配はなかった。実はこいつこそ強いのかも。
「・・・そうか」
何しろ全く記憶にないので、素直に聞くしかない。
「そうそう。道でナンパした女の子の肩、こーやって抱いて」
ミヤギが意味ありげな笑いを含ませながら、トットリの肩を使って実演してみせる。トットリは少々迷惑そう。
「ミヤギくんもそんなに近寄ったら酒くさいっちゃ」
アルコールのにおいに敏感なのだ。
「いいべ別に。とにかくこーやって、『お前ら先に帰れえ!』って言って。その後どこに行ったんだべなー」
「ホテルじゃ。決まっとるじゃろ」
未遂だけど。ということは伏せておく。
あんまりはっきり言われて、ミヤギたちはそれ以上つっこめなくった。
くくっ、と笑いながら、制服に袖を通す。久し振りの制服は身体に窮屈だったが、それでも背筋がしゃんと伸びるような気がした。
これから新しく始まる。
この仲間たちと共に、始まる−。
H12.2.9