ガンマ団敷地内にある小さな建物は、外壁も屋根もパステルカラーで可愛らしい。まるでおとぎ話の挿し絵のようなそのお家では、ガンマ団総帥の一人娘が四人の子供たちと一緒に暮らしている。
 金の美しいウェイブヘアにピンク色のリボンを結び、花柄のフリルたっぷりドレスを着たジュエルは、走ってやってきた二人の世話係を喜んで迎え入れた。
「ジュエル様」
「ご用向きは?」
 ミルクティーみたいな色の髪をした背高のっぽはダクワーズ。ダクワーズより少し年上の、中肉中背の男はガナッシュだ。
 二人はガンマ団員として総帥ゴルドーに仕える傍ら、総帥令嬢ジュエルとその四人の子供たちの世話役も申し付かっていた。といっても、末の子たちももう手がかからない年になったため、もっぱら今はジュエル嬢専用のこまづかいになってしまっているが。
 息子たちは、学校へ行ったり外で遊んだりしているのだろう。暖かな部屋には、満面ニコニコ笑顔のジュエルと、可愛がっている飼い犬のハッピーだけがいた。
「ガナッシュ、ダクワーズ、あのねお願いがあるの」
 きた。二人の背筋は思わずぴんと伸びる。
 今度は一体何を言いつけられるのだろう。
 子供のまま大きくなったようなお嬢さんは、いつもとっぴな『お願い』を気紛れに口にしては、二人を困らせてくれていた。
「できない」と言うとダダをこねるが、うまく気をそらしてやればもうすっかり願いのことなど忘れてしまう。
 ジュエルの扱い方は熟知している二人だ。ダクワーズなどは、次はどんな面白いことを言い出すのだろう、などと楽しみにしているフシもある。
「何でしょうか、ジュエル様」
 恐る恐る先を促すガナッシュの、名前の通りの色をした髪を見て、やっぱりジュエルはニコニコしている。
 この笑顔が怖い。
「あのね、明日何の日か分かっているでしょ?」
 そのことか。世話役たちはホッとした。
「ハーレム様とサービス様のお誕生日ですね」
 ジュエルの三番目と四番目の子供は双子の男の子たちだったが、明日は五回目のバースディとなる。
「パーティの準備なら大丈夫ですよ」
「うん。それは分かっているわ。あなたたちに頼んでおけばバッチリだって」
 二人はこのワガママお嬢さんから、全幅の信頼を得ていた。
『成長』をどこかに置き忘れてきたジュエルは本当に可愛らしく、その容姿には非の打ちどころがない。ドレスをまとって椅子に座れば、本物のお人形と見まごうばかりの完璧さだ。
 どんなムチャを言われても、つい何とかしてあげたくなってしまうほどに。
「そのほかに、もう一つあるでしょ」
「ああ、バレンタインデーですね」
 そう、双子のバースディは2月14日。女の子のための愛の日と同じなのだった。
「うん!」
 望んでいた返事をくれたことに満足して頷く。そうしてジュエルは、カーペットに置いていた段ボール箱にやにわ手をかけた。
「それでね、これを見て!」
 もどかしげに開ける。
 ガナッシュとダクワーズは、覗きこんで「?」の顔になった。
「これは・・・」
 中のものを手に取って見る。
 袋に入った白いものは、砂糖だろうか。ミルクの瓶も入っている。
 極めつけは、ビニール袋に三個ほど詰められた、楕円型の赤褐色の実だ。大きさは20センチくらい。重さも結構なこの実、どこかで見たことがある。
「ジュエル様、これ・・・」
 口も半開き状態だ。
「キャンキャン!」
「よしよし! ハッピー!」
 走り寄って来たハッピーをぎゅっと抱いて、撫でまわしてやる。
「見て分からない? これはチョコレートの材料よ。バレンタインといえばチョコレートでしょ」
 そうだ。彼女の言っていることに何も間違いはない。
 大きな実は、よくチョコレートのパッケージに印刷されているカカオの実以外の何物でもなかった。
 バレンタインといえばチョコレート。それも正しい。お菓子屋の儲け根性から始まったとはいえ、ここまで根付いている習慣を否定する理由も見当たらない。
「それはそうですが・・・」
「ジュエル様、まさかカカオからチョコレートを作ろうと?」
 ガナッシュが言いよどんだイヤな予感をたやすく口にして、「実物を初めて見たよ」などとダクワーズはカカオをまじまじ眺めている。
 ジュエルはますます笑顔を深くしていた。
「大当たりよダクワーズ! テレビで見たの。大好きな人には、手作りのチョコレートをあげるのがいいんだって!」
「はあ」
 ほっぺを少しピンクにして、両手を胸の前で握る仕草が可愛らしい。青い瞳も喜びと期待にきらきらしている。黄色い子犬も、真ん丸い目を一途に二人へと向けていた。
「あたし、大好きなマジックとルーザーとハーレムとサービスと、それから、一番大好きなシルバーに、手作りチョコレートをあげたいの。それで材料をそろえたの。だから作ってちょうだい、ガナッシュ、ダクワーズ!」
「・・・」
 そう来たか。
「ジュエル様・・・、素人がカカオからチョコレートを作るのは、無理です」
「ジュエル様、大好きな人への手作りチョコは、自分で作ることに意味があると思います」
 ガナッシュは肩を落とし、ダクワーズは肩を震わして笑いをこらえていた。
「でも・・・」
 上目遣いになっている。泣き出すか、かんしゃくを起こすか。
 どちらもゴメンだから、ダクワーズは袋からカカオを取り出した。
「ジュエル様、それよりこれ、ラグビーごっこ出来ますよ、ホラ」
 ポンポン、カカオを軽く宙に放っては受け取ってみせる。興味を持って近付いてきたジュエルに、気を付けながらふわっと渡してやると、自分なりのラグビーのイメージでハッピーと一緒に弄び始めた。面白がって、笑っている。
「うふふふ! ハッピー!」
「キャン!」
 ハッピーもカカオというおもちゃを渡されて、大喜びだ。
「ジュエル様、それくらいにしておいてください。お菓子の材料をそんなふうに扱うと、キャラメルだったら怒りますよ」
「・・・はーい」
「キュン」
 ガナッシュにたしなめられると、ジュエルもハッピーもおとなしくなった。
 キャラメルというのは、ガナッシュの妹の名だ。実はジュエルとは同い年の幼なじみで、お菓子が大好きなジュエルのためにお菓子屋さんを開いた。「スウィート・シュガー」という甘く可愛らしいネーミングのお菓子屋さんはガンマ団本部からも程近い場所にあり、ジュエルの御用達となっている。何たって、キャラメルの作るお菓子はとってもおいしいのだ。
 明日のバースディケーキだって、もちろんスウィート・シュガーブランドの豪華三段重ねを注文してある。

 そんなこんなで、今回も相当ごねたのだが、結局カカオの実から作る本格的な手作りチョコレートという素敵なアイディアは採用されなかった。
 その代わりに、市販のチョコレートを溶かして固めるという普通の手順でやってくれると、二人は約束してくれた。
 とにかく手作りにはこだわりたい。だが、どうしても自分でやる、という発想にはならない辺りがジュエルらしいところだった。
「明日が楽しみね、ハッピー!」
「キャンキャン!」
 ガチャッ。
『ただいまー』
『ママー』
「あっ、ハーレムとサービスが帰ってきたわ。ハッピー、お出迎えよ!」
「ワン!」
 一人と一匹は、揃って転がるように玄関まで走った。

 つづく
      
 
 


 
 

Sweet 2
 
 
 


 
 

Sweet トップへ           「南国少年パプワくん」へ
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 

H13.2.11