−また、勝てへんかった−
苛立った心のまま足元の土を蹴り上げる。かさりと舞った枯れ葉を、アラシヤマは再び強く踏みつけた。
「ちくしょォ・・・」
木の細い幹をこぶしで叩く。昼休みとはいえ学校の裏庭には誰もいない。さっきの授業でシンタローに負けた悔しさを思い切りぶつけるのには都合が良かった。
いつもいつも勝てない。同じ16才、同じガンマ団士官学校の4年生だ、実力にそんなに差があるはずはないし、自分だって相当強いという自負もある。アラシヤマの苛立ちは募るばかりだった。
「総帥の息子がなんぼのモンや・・・!」
ガサッ。落ち葉を踏む音と気配とを同時に聞き、後ろを振り向くと、木の陰に人の姿が見えた。
「誰どす?」
独り言を聞かれていたのだろうか。きまりの悪さから仏頂面になって、そちらに近付こうとする。と、相手ははじかれたように身を返し、反対方向へ走り出した。
「待ちなはれ!」
理由はなくとも、逃げられれば追いたくなる。反射的にアラシヤマも駆け出していた。木々の向こうに見え隠れする相手の後ろ姿はとても小柄に見える。士官学校の制服を着てはいるが、ぶかぶかで何だか借り物のよう。茶色っぽい髪が背中につやつやと波打っていた。
「何で逃げるんどすか!?」
逃げる方もなかなかすばしっこいが、アラシヤマの方が足は速い。すぐに追いついて、手を伸ばす。肩をつかむと強引に振り向かせた。
「・・・・!?」
細い、肩。華奢な手応えに、思わず手を引く。
ザ・・・ッ。
秋風が吹き付け、枯れ葉が舞い散る。落ち葉越しにストレートの長い髪がさらさらなびき、驚いたように見開かれた眼は印象的に焼き付いた。
「・・・あんさんは・・・」
風はひっきりなしに吹き続けている。
「・・・ごめんなさい」
高い声。
枯れ葉も風にからみ、散り続けている。
隙をつき、彼女は走り去った。落ち葉の向こうに小さくなる姿を、アラシヤマはぼんやりと見送っていた。
驚いたのは、男子しかいない士官学校の敷地で女性を見掛けたから、というだけではなく。
あの顔、あの姿は、確かに身近にいる・・・。そう、クラスメートの・・・。しかし、何故奴が?
混乱した頭を抱えて、ただその場に立ち尽くしていた。5分前のベルが鳴るまで、身じろぎも出来ず。
風と落ち葉に囲まれて、立ち尽くしていた。
午後の授業の間中、アラシヤマは窓際の一番前の席ばかりを気にしていた。そこにはマフィンというクラスメートが教壇の方を見ながらいつものように授業を受けている。窓越しに午後の光を浴びて、彼の長髪はきらきらとしていた。太陽の下では金髪にも近付くが、本来は明るい茶色の、その名の通り焼きたてのマフィンのような色だった。
後ろ髪が昼休みに見た波打つ髪と重なる。そう、奴の顔も、あの女の子とそっくりだった。
−まさか、実は女だった、とか・・・−
男と偽ってガンマ団士官学校に入り込んでいるのか。そういえば全体的に線が細いし、体技が苦手だったはず。学科が飛び抜けて良かっため成績に影響はないのだが。
−しかし・・・−
「アラシヤマ!」
「はっ、はい!」
反射的に椅子を蹴る勢いで立ち上がる。教壇の上で、教師が苦い顔をしてこちらをにらんでいた。今は武器の使用法の授業だった。
「授業中によそ見とは、たるんどるぞ! 校庭20周!」
士官学校の先生は皆厳しく、ごつい男ばっかりだ。逆らえるはずもなく、アラシヤマは黙って外に出た。何でこんな目に、とぶつぶつ言いながら校庭を回る。
そんなアラシヤマに、さり気なくマフィンは視線を送っていた。
授業も終わって、掃除の時間。
校庭20周でぐったりのアラシヤマだったが、運悪く今週は掃除当番に当たっていた。シンタローやミヤギ、トットリらと一緒に教室の掃除を始める。
「アラシヤマ、あの先生のときによそ見するなんて、いい度胸だっちゃ」
「そんなに走りたかったのかよ」
トットリとシンタローにからかわれて、ムッとしながら机を運ぶ。ほうきを手に持ったミヤギが顔を上げた。
「おめ、さっきマフィンの方ばっかり見てたべ」
「・・・・」
ミヤギの席はアラシヤマの斜め後ろだ。よく見えていたに違いない。
「? なんでマフィンを見てたんだっちゃ?」
「・・・・」
言おうか、言うまいかなんて、考える暇もなく口から言葉は飛び出ていた。
「あいつは、マフィンは、女どすえ」
そのことばかり考えていたからすんなりと言ったのだが、その一言によって辺りの空気はぴしりと凍り付いた。みんなの動きが止まってしまう。
「・・・・何、言ってんだよ」
最初に金縛りが解けたのはシンタローで、はっ、とため息をつき次の机に手をかけた。
「この学校に女が入れるわけがないだろ」
入学時の身体検査だってあるし、寮の風呂は共同だ。その他にもいろいろな機会があるのだ、性別を偽り続けることなど不可能だった。
「そやけど、わて、見たんどす」
「いいから早く机を運ぶっちゃ」
全然信じてくれない。
「まったく、何を言い出すかと思えば」
「だからアラシヤマは友達が出来ないんだべ」
この際全く関係のないことまで言われている。
−わても信じられへんけど・・・あれは・・−
諦めてアラシヤマも掃除の続きにとりかかった。
「あ、マフィン」
トットリが顔を上げる。前の入り口から噂のマフィンが入ってきた。
「忘れ物したんだ」
まだ後ろに下げられていない自分の机に近付く。
「・・・何?」
居心地の悪さに、掃除当番たちの顔を見回した。四人の視線がじっと注がれているのに気付いたからだ。
「どう見ても、男だべ」
「だっちゃ」
「バカなこと言ってんじゃねえよ、アラシヤマ」
「・・・・」
本当にそうだと、アラシヤマも思った。確かに体つきは華奢だが、あのとき見た女性とは明らかに違う。士官学校の制服もジャストサイズ、肩幅もそれなりにあるし、胸も平坦だ。
「あんさん、妹さんとか、おらへんのどすか?」
机から忘れ物を取り出し、マフィンは肩越しに振り向いた。
「いや、弟しかいないよ。ひとつ下の」
笑顔がぎこちなく作られているように感じたのは、アラシヤマの気のせいだったか。
「それじゃ、また」
マフィンがそそくさと教室を出た後、何事もなかったように掃除は続けられる。
「あいつの弟って、3年生だったよな」
同じ学校にいるのを知っている。魔法使いという特殊能力で将来有望視されているマフィンの弟は、しかし兄とあまり似てはいなかった。
「弟って1年生からここにいるけど、マフィンは今年からの編入生だったっちゃね」
「ホラぁ、早く運ばないと、床を掃けねえべ」
「わかったっちゃ、ミヤギくん。アラシヤマもそっち、運ぶっちゃ」
何となく釈然としないが、これ以上言ってもしょうがない。アラシヤマは口をつぐみ、掃除にとりかかった。
その夜、学生寮の一室、3年生のウィローの部屋にはお客が来ていた。
「それはマズイとこ見られたにゃー、ねーちゃん」
テーブルにひじをついて、ウィローは自分の明るい色の髪をかきやった。
「ねーちゃんはやめろって」
座布団に膝を立てて座り、口をとがらすのはあのマフィンである。その姿をちらと見て、弟は苦笑混じりに言った。
「もう、すっかり男っぽくなっとるぎゃあ」
「半年も男やってりゃあね。ところでアンタの魔法、中途半端なのよ。いきなり解けちゃって・・・びっくりしたんだから」
「ねーちゃん、その声で女言葉はちぃと不気味だにゃ」
「どっちなんだよ」
ばしっ。遠慮なく頭をはたく。ウィローは痛ーぎゃ、とわめいて頭を押さえた。マフィンは構わず、壁に背をつけて爪をかむ仕草をする。
「アラシヤマ、絶対不審に思ってる・・・・。どうしよう」
「ねーちゃん」
顔をずいっと近付け、ウィローは意味ありげに声を抑えた。
「こうなったら、勝負かけるぎゃ」
「し、勝負って・・・」
「ねーちゃんが男になってまで叶えたかったこと、一気に成就させるぎゃ。・・・ワシの魔法でにゃ」
魔法使いらしく、ウィローは低く笑いを洩らす。成就と聞いてもマフィンは素直に嬉しくなれない。逆に何となく不安な気持ちになるのは、何故なのだろう・・・。
H11.11.8