この島に来てから、今日で四日目になる。ガンマ団の面々やパプワたちとの共同生活にも慣れ、ナオミは楽しい時間を過ごしていた。
パプワは友達にしてくれると言った。総帥の姪ということでだろうが、ガンマ団の皆も親切だし、ずっと離れて暮らしていた兄のグンマも一緒だ。島の不思議な動物たちとのおしゃべりも面白い。しかし唯一、巨大カタツムリのイトウくんと網タイツをはいたタイのタンノくんとはなかなか仲良くなれなかった。実はナオミにライバル心を燃やすイトウたちが悪さをしないように、シンタローがナマモノ二匹を殴り飛ばしていたからだが、当のナオミはそんなことを知るよしもない。
川の冷たい水を両手ですくって顔を洗う。そのまま緩やかな小川を覗き込むと、自分の顔が川面に映った。青い眼はいきいきと輝き、頬にも赤みがさしている。ずっと一人で部屋に閉じこもっていた四日前までとは別人のように健康的なナオミがそこにいた。
(すてきだわ、何もかも)
自分自身に向かって、微笑んでみる。友達もたくさんできた。空気も水も食べ物もおいしいし、何よりも、いつもそばにシンタローがいる。
(ずっとここで、こんなふうに暮らせたらいいのに)
それを思うと、水の中の笑顔がふと曇る。決して叶えられぬ願いだと、分かっているから。
同じ島に、金髪のシンタローとハーレム率いる特戦部隊がいる。今のところ動きはないが、近いうち必ず戦いは起こるはずだった。
(・・・戻りましょう)
ナオミは立ち上がり、パプワハウスへ戻った。
まだ起こってもいないことを考えていても仕方がない。今はこの島での生活を精一杯楽しみたかった。
「んばば、んばんば」
「わうー」
「めらっさ、めらっさ」
お子様達は今度は家の中で踊っている。
「めーし、飯!」
かまどに向かうシンタローの背中に賑やかな催促をして、またステップを踏んだ。
「はーい、はいはい。もうちょっと待ってな」
「・・・・」
忙しそうに立ち働くシンタローを見て、それでもナオミには何もできない。
最初は手伝いを申し出て、シンタローも快く受け入れてくれたものだった。しかし不器用で家事をまともにやったことのないナオミのこと、炊事も洗濯も掃除も、つまり何をやらせてもさんざんで、やらない方がましだったという仕上がりになってしまった。シンタローはひきつった笑顔で手伝いをやんわりと断るようになり、そのうちナオミも言い出す勇気をなくしてしまったのだ。
「まだかのォ、朝飯は」
「お腹すいたー」
コージやグンマは手伝うなんてこと少しも頭に浮かばないらしいが、ナオミは申し訳ない気持ちで一杯だった。
「シンタローはん、お手伝いしますえ」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、いそいそとアラシヤマがシンタローのそばに立つ。ナオミはますますがっくりして肩を落とした。
そういえば、思い出す出来事がある。実は昔一度料理を習いかけたのだが、小さなケガをしたことでマジックに止められてしまったことがあった。
(あのとき、ちゃんと習えていたら・・・)
アラシヤマなんかには、負けないのに。
後悔に唇をかむナオミは、アラシヤマにとっくに勝っている事実にはまだ気付いていない。
「ナオミお嬢さん」
軽く肩を叩かれ、振り返るとミヤギとトットリの二人が並んで立っていた。
「オラたち、食後のデザートにスイカ取りにいくんだども」
「お嬢さんも一緒にどうだっちゃ?」
「うん、行く! 行くっちゃ!」
トットリの方言をことのほかお気に入りのお嬢さんだった。
太陽は少しずつ高度を増してくる。南国の島は陽の光をまんべんなく浴びて、今日も暑くなりそうだ。
ナオミはミヤギやトットリと一緒に、スイカ畑に足を踏み入れた。
「わあ、すごい」
土の匂いがいっぱいの畑に、大きなスイカがごろごろ転がっている。まさに取り放題、食べ放題だ。
「いい畑だべ」
「何たって、ぼくとミヤギくんの主食だったっちゃ・・・」
語尾が小さくなったのは、ミヤギにギロリとにらまれたからだ。
「余計なこと言わなくてもいいべ、トットリぃ〜」
「ごめんっちゃ、ミヤギくん・・・」
二人のやり取りに、ナオミはつい笑ってしまう。ベストフレンドと公言している通り、本当に仲の良い友達同士のミヤギとトットリが羨ましかった。
「ナオミ様、こっちの方においしそうなのがあるっちゃ」
「ええ」
本当は「ナオミ様」とか「お嬢さん」とかいう呼び方もやめて欲しいが、ガンマ団員としての立場からどうしても総帥の姪御を気安くは呼べないようだった。
「これ、大きいわね」
ひときわ立派なスイカに、目を輝かす。
「ほんと、おっきいっちゃねー」
「これがいいべ。何しろ大所帯だでな」
満足そうにミヤギは大きなスイカを収穫した。
「と、もひとつ」
隣に転がっているスイカも取り上げる。こちらは小ぶりの、かわいいスイカだ。
「ここでちょっくら、味見していくべ」
「賛成だっちゃ」
二人は早速畑の真ん中に座り込む。ナオミは土の上にじかに腰を下ろすことを少しだけ躊躇した。
「ナオミ様も一緒に食べるっちゃ」
「んだんだ。ここに座ればいいべ」
「・・・そうね」
にっこり頷いて、ミヤギたちと向かい合うような格好で座る。もう土が付くのもお構いなしだ。
ミヤギは手慣れた様子でスイカを割り、最初にナオミに手渡してくれる。無造作に割っただけのスイカを受け取って、ナオミはどうしたものかと首をかしげた。スイカといえば丸くくりぬいてガラスの器に盛りつけたものを、デザートとしてしか食べたことがない。
「さ、食うべ」
三等分し終わると、豪快にかぶりつく。トットリも同じように食いついた。それを見て、ナオミも思いきって同じようにしてみる。
「だめだべ、ナオミ様」
「えっ?」
何かまずいことをしただろうか。ドキリとして手を止めると、ミヤギは白い歯を見せてにっと笑った。口の周りには、赤い汁と種がくっついている。
「そーんなお上品に食べるモンじゃないべ」
「だっちゃ。こうやるっちゃよ」
大口開けてガシャガシャ、二人は手本を示した。
「かーっ、うめえべー!」
本当においしそうだから、ナオミもつられて大きくかじりついた。シャクッとした歯触りが小気味良い。そしてとても甘い! 一人きりの部屋で小さなフォークを使い食べるスイカとはまるで別物で、こんなにおいしいスイカは生まれて初めてだった。
「ああ、おいしいわ!」
「おいしいっちゃね!」
口の周りをべとべとにして、笑い合う。
青空の下、土の匂いに包まれて味わうとれたてのスイカは、今まで食べたどんなデザートよりも贅沢なものだった。甘みと共に口の中に広がるのは、幸福感。噛みしめてナオミは微笑んだ。
頭の上では、太陽も笑っている。全ては輝いていた。
平和な幸福が、このままずっと続けばいいのに・・・。
H11.12.19