朝食の後、早速出掛けるトットリを見送り、シンタローは大きなタライを持って外に出た。ナオミも今日こそ洗濯くらいは手伝いたいと、洗濯物を両手いっぱいに抱えて後をついてゆく。
それにしても大量の洗濯物だ。シンタロー曰く、パプワが一日に7回パンツをはきかえるからだそうだが、いかにおしゃれさんでも7回というのはすごい。子供だしここは暑いし、それに踊ったり走り回ったりとにかく動くから、汗をよくかくのだろうか。
水を汲んで、まずシンタローがやり方を示す。せっけんを加えたタライの中でごしごしこすると、泡がぶくぶく出てきた。
「ナオミもやってみる?」
「ええ」
楽しそうだ。たらいをはさんで向かい合うようにしゃがみ込み、ナオミも手を入れる。まねをしてごしごしやってみた。
そういえば、ナオミが唯一やっていた家事らしいことが洗濯だった。幼いころは世話役のマロングラッセとシフォンに全部任せていたが、年頃になるとさすがに恥ずかしくなり、専用の洗濯室を増設してもらったのだった。そこで張り切ったのが兄のグンマで、妹のためにと既存の洗濯機を改良して、本当の全自動洗濯機を作ってくれた。ナオミは洗濯物をぽんぽん入れてやるだけでいい。そうすれば衣類の選別も、洗剤などの投入も全て自動でやってくれるのだ。最後に乾燥をし必要なものはアイロンがけをして畳んでくれる。そこで終了の音楽が鳴るので、ナオミは洗濯室に取りに行き、仕上がったものをクローゼットに移すだけだ。
今まで何度か機械の調子が悪くなったりもしたが、それもたまにのことだし、すぐに兄が直してくれた。その全自動洗濯機はついこの間ガンマ団本部を出るまでずっと愛用していたのだった。
よく考えてみれば、兄のグンマが作ってくれた中で一番役に立っていたメカだったかもしれない。殺人兵器の開発なんかより、こんな便利なものを作っていた方がずっと世の中のためになるのではないだろうか。
つらつら考えながら洗っていても、なかなか洗濯物は減らない。シンタローがこなしている量の半分もやっていなかった。ずっとかがんでいるので、腰が痛くなる。
ぐっと背中を伸ばすとスクリーンのように青い空が見えた。
やはり、今までやっていた洗濯なんて本当の洗濯じゃなかった。洗濯物を投入するのと出来上がった物を取ってくることしかナオミの仕事はなかったのだから。
「疲れた?」
「ちょっとね・・・。ごめんね、疲れやすくて。でも楽しいわ」
こんな最高の天気の下で、シンタローと二人でする洗濯なら、楽しくないわけはない。
「本当にこの島はすてきね。こんなところで暮らしていたなんて、シンタローが羨ましいわ」
「イヤ・・かなりすさまじい目に遭ってたんだけどね」
「シンタローさぁん」
どかどか、ばきいっ。
慌ててナオミが目を向けたときには、ピンクのかたつむりと赤い鯛の巨大な体が宙に放られていた。悲鳴もろとも向こうの山まで飛んで行ってしまう。
「あーんな、ナマモノとか」
「ふうん・・・?」
でもおもしろい。そんな生活を少しの間でも満喫できて、ナオミは幸せだった。
そう、幸せだった。そしてそれも、もう終わりのときが近付いているのを肌で感じている。サービスが出掛けていると聞いてから、心の中で確かな予感となっていたのだ。
何かが動き始めている。
シンタローも同じように感じているだろうか? そっと盗み見ると、視線に気付いたのかシンタローも顔を上げた。一瞬目が合う。
「・・・ナオミ・・」
ガサガサッ・・・。背後の茂みが動き、シンタローは言いかけた言葉を止めなければならなかった。
「誰だ!?」
ナオミを守るように身構えるが、見慣れた黒髪が現れ、ほっと肩を落とす。
「なんだ、トットリか」
次の瞬間、シンタローもナオミも目を疑った。鮮やかなほどの赤い血が、トットリの頬や肩口から流れ落ちている・・・!?
「トットリ!」
「きゃあっ!」
シンタローは素早く駆け寄り、トットリの傷だらけの身体を支えた。血の色が強烈すぎて、ナオミはふらりとその場に崩れ落ちる。
「なんだべ、今の悲鳴!?」
「どうしたんじゃ」
皆の声や足音も、まるで遠くで流れているような・・・。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ぼくらのせいで、ゴメンナサイ」
エグチくんとナカムラくんが、トットリの枕元で泣きながら謝っている。トットリは布団に寝かされていた。ケガの治療はドクターが終えたが、意識はまだ戻っておらず、唇からは荒い息が洩れている。
エグチくんらの話によると、トットリはリキッドにやられてしまったらしい。
ディズニーランドに行こうなんて話をしていたリキッドが、トットリをこんな目に遭わせてしまったなんて・・・。
ナオミもシンタローに支えられながら家の中に入り、壁にもたれるように座って皆の話を聞いていた。
でも、リキッドはガンマ団特戦部隊なのだった。ハーレム率いる、最強の特戦部隊。哀しいのと同時に、ナオミの予感はもはや確信となっていた。やはり動き始めている。
「トットリ・・・!」
ベストフレンドのミヤギが唇をかむ。その姿を見て、シンタローもキレた。
「アイツら・・ぶっ殺す!」
「落ち着きなはれ、シンタローはん」
「うるせえッ!」
アラシヤマの言葉も耳に入らなかった。脳裏に浮かぶのは、金髪のシンタローのあざ笑うような顔。
「コケにしやがって・・・」
強く強く拳を握り、歯を食いしばった。
「コケにしやがってよおぉ!! あの野郎ッツ!!」
「シンタローはん・・・」
アラシヤマが両手を合わせて、シンタローに流し目を送っているのがナオミには気になる。
「熱いあんさんも素敵やけど、落ち着いて」
その一言でシンタローのハートは急激に冷めた。ナオミも内心ホッとする。
「ヤツラのことはわてにまかせてくれまへんか。知り合いがおりますんでな」
と今度はシリアスに、アラシヤマは言い放ったのだった。
「ナオミ、具合は大丈夫?」
心配顔で覗き込んでくる兄に、ナオミは笑顔で大丈夫よ、と答える。そのとき、ミヤギがドアから出て行くのに気付いた。
「あっナオミ、どこに行くの」
「ちょっと・・・。すぐ戻るわ」
グンマには軽く笑顔を返し、ナオミも静かに外に出る。走ってミヤギの背中に追いついた。
「ミヤギさん、ちょっと待って」
「何だべ、お嬢さん」
ちらと振り返ったミヤギのこわばった表情を見て、ナオミはびくっと手を引く。ミヤギはまた歩きだそうとしたので、慌てて声を上げた。
「落ち着かなくてはいけないわ。頭に血が昇ったまま行動すると危険よ」
せっぱ詰まった様子に、今度は体ごと振り向いてミヤギは首をかしげた。きょとんとした頬に長い髪がかかっている。
「?」
「トットリさんの仇討ちに行きたいのは分かるけど・・・」
ナオミは真剣な眼差しでじっとこちらを見上げていた。親友を傷つけられて、見境をなくしたまま敵討ちにでも行くように見えているのか。そう思い至ると、ミヤギの口には笑いがのぼってきた。
「ははは・・・。お嬢さん、勘違いだべ。オラはそんな無謀なことはしないべ」
「・・・なんだ・・・」
心中を察し、案じていたからこそだったが、ナオミは自分の先走った言動が恥ずかしくなった。
「ナオミお嬢さんにそこまで心配されて光栄だども、オラは沼のカオルちゃんのとこに行ってくるだけだべ」
「カオルちゃん?」
そのお友達にはまだ会ったことがない。促すようにしながらミヤギは歩き出したので、ナオミも後をついてゆく。
「カオルちゃんは床屋さんをやってるから、髪切ってもらって、気合い入れようと思ったんだべ」
「そうなの・・・」
長い髪はミヤギの歩調に合わせて揺れている。自分の髪も、彼と同じくらいの長さだ・・・。ナオミは急にひらめいた。
「私も切るわ、髪を!」
アメリカザリガニの薫ちゃんは、上機嫌だった。何しろお客さんが二人も来たのだ。揃いも揃って長髪の男女二人は、短く切ってくれと言って背を向け腰を下ろした。
長い髪を短く切ることは、美容師にとっては一番嬉しい注文だ。世界一を自負するハサミの音も高らかに、散髪を開始する。
「じゃ、いくわよぉー」
ジャキーン、ジャキーン。小気味良いリズムでまずはミヤギの髪から取りかかる。覚悟を決めるように目を閉じるミヤギ。薫ちゃんが腕を振り下ろす度にはらはらと髪が落ちるのをナオミはじっと見ていた。
腰に届くくらいだった髪は、みるみるつめられて短くなってゆく。
「さあ、ミヤギくんは終わりよー」
「・・・どうだべ」
気になって、体をねじって沼に自分の姿を映してみる。すっきり短髪になった姿に、唇を引き締めた。
「これでいいべ。ありがとな、カオルちゃん」
「おやすいご用よ。さあ、次はナオミちゃんの番ね」
「お願いします」
おとなしく待つナオミに、元の向きにかえってミヤギは囁いた。
「本当に、切るんだべか? お嬢さん。もったいないべ、こんな綺麗な金髪を。髪は女の命って言うし・・・」
「いいのよ」
自分の髪をかき上げて、こうするのも最後かといとおしげに撫でてみる。
「私の命は、髪なんかじゃないわ」
「それはそうだども・・・」
「イメチェンしたいの」
ミヤギほど深い意味はない。敢えて言えばこの島に来た記念だろうか。今まで長くしていた髪を切ってみたかった。
「そろそろいいかしら?」
美容師さんが待ちかねている。ミヤギは諦めて少し離れるように座り直した。
「ええ。いいわ」
世界一のハサミが、ナオミの髪にも入った。ジャキッと良い音がして、金の髪が切り落とされる。
どんどん軽くなってゆく感覚を、ナオミは心地よく感じていた。心まで軽くなる。
変化が訪れるものなら、自分も変わることによって受け入れよう。たった髪を切るくらいのことだとしても。
H11.12.23