DEPARTURES 5

「おーい! シンタロー、こいつ落ちてたぞ」
 とパプワが拾ってきたものを見れば、アラシヤマだったのでシンタローはさっさと背を向けた。
「捨ててらっしゃい」
「シンタローはぁあん!」
 冷たい一言で、アラシヤマにも泣きが入る。
「冗談だよ冗談! どぉこ行ってたんだヨおまえ!?」
 気付いてくれるだろうか、全身の大ヤケドを。ドキドキしながらもアラシヤマはできるだけ何気なく答えてみた。
「ちょっと・・・・散歩どす」
「あっそ」
 やっぱり見てもくれない・・・。
「ミヤギも出掛けてて大変なんだぜェ! この非常時に遊んでんじゃねーよ」
 アラシヤマはこっそり涙をぬぐう。師匠であり特戦部隊の一員であるマーカーと闘ってきたばかりなのに、何も気付いてもらえないばかりか「遊んでいる」だなんて・・・。あまりにも哀しすぎる。
 次の手を考えようとしたが、その前にミヤギが帰ってきてしまった。
「ただいま・・・だべ」
「おせーよ、ミヤ・・・」
 シンタローは目を丸くする。戻ってきたミヤギの髪が、すっかり短くなっていたことに驚いたのだ。
「どうしたーッ! ミヤギっつ!!」
「失恋したんかぁあ!?」
 その半分でもリアクションが欲しかった。一人きり涙の続きを流すアラシヤマだった。
「気合い入れるために髪切った、って・・・。親友のために、そこまでやるか・・・」
 改めて二人の絆の強さを思い知らされ、ただ感嘆のため息しか出ない。
 そんなふうに大げさに言われるのは本意ではなく、ミヤギは居心地が悪くなって無意識に髪を軽く引いていた。いつもと違い髪はすぐに途切れ、指がすべり落ちてしまう。
「そうだ、それよりシンタロー、ナオミお嬢さんが外で待ってるべ」
「ナオミが?」
「おお、妬けるのぉ」
「うるせー」
 コージのからかいを軽くいなし、そのまま外に出る。ナオミもいなくなっていたことは確かに気にはなっていたが、一体どこで何をしていたのだろう。
「ナオミ?」
「・・・シンタロー」
 微妙にはにかむような声がして、木の陰からナオミが姿を見せた。幹に触れながらそこに立っていたが、いつもならさらさら風になびく金の髪がすっかり短くなっていることに、シンタローは再び驚いた。
 ミヤギと同じくらいに髪を切って、ナオミはこちらの反応を待っているようだった。
「私も切ってみたの・・・。おかしいかしら」
 頬を染め、毛先を指にからめながらうつむく。ドキドキしているのが伝わってくるようだ。
 いじらしさに、シンタローも笑顔になって片手を開く。
「おかしかないさ! ずいぶん思い切ったからびっくりしたけど・・・、すげえ、カワイイよ」
 お世辞ではなかった。ボーイッシュなショートカットは、今のナオミの健康的なイメージにぴったりでよく似合っている。Tシャツにミニスカート、厚底のサンダルという服装には、むしろ長い髪よりふさわしいくらいだ。
「本当!?」
「ああ」
「良かったわ」
 胸をなで下ろし、嬉しくなる。
 美容師の薫ちゃんに髪を切ってもらったときには心まで軽くなり、スキップで帰ってきたくらいだったが、いざ家に入るときにナオミは急に恥ずかしくなった。大胆なイメチェンをした後は人の目が必要以上に気になるものだ。
 それでまずはシンタローに見てもらおうと、ミヤギに呼んでもらうことにしてここで待っていたのだ。期待と不安に高鳴る鼓動を鎮めることもできず、シンタローが来るまでの時間がかなり長く感じられた。
 今、シンタローに「カワイイ」と言われたことで、すっかり不安の影は去り、晴れ晴れとした笑顔になれるのだった。
「そうだちょうどいい、ちょっと話しておきたいんだけど」
「何かしら」
 抑えた声のトーンからも、全く別の話題だということは分かる。ナオミも真面目な顔になって耳を傾けた。
 シンタローは一つ大きく息をする。自分の中でも整理をつけようとするかのような仕草に、ナオミの不安は膨らんだ。胸の前でぎゅっと手を握り、次の言葉を待つ。
 沈みかけた陽が、シンタローの身体に赤い陰影を刻んでいる。
「・・・俺の中から、ジャンがいなくなったみたいなんだ・・・」
「え・・・?」
 言葉は耳から入ってきて、頭の中を真っ白にしてしまった。どうにか意味は理解したが、わけが分からない。
「ジャンがいなくなった、って・・・」
 赤いさなぎの中に入って、シンタローはジャンと一緒になった。それまで幽霊だったシンタローはそれによって肉体を得たが、精神はジャンと共用していたはずだ。
 そのジャンが、シンタローの中からいなくなったという。
「どういうことなの?」
「それが、俺にもよく・・・」
『ぶあぁぁぁん!』
 けたたましい泣き声に、話は中断された。グンマの声だ。
「グンマ!」
「お兄ちゃん!?」
 走ってパプワハウスに戻る。一体何事だろう。
「わああん! 眼が・・・眼が痛いよう!」
 グンマは泣きながら両手で目を押さえており、ミヤギやコージがなだめようと試みているところだった。
「どうしたの、どんなふうに痛いの? お兄ちゃん」
「見せてみろよ、グンマ」
「痛いよう!」
 会話にならない。グンマはただ泣き叫ぶだけで、手のつけようがなかった。まるでだだっ子みたいに。
「ねえ、ドクターは?」
「そういえばいつの間にかいなくなってたな」
 こんなときに限ってドクター高松も出掛けているなんて。
「ドクター呼んできた方がいいんじゃないかしら」
「うう・・ぐすっ。高松ぅー」
 ナオミの提案に反応してグンマはようやく「痛い」以外の単語を発した。

「ぶぇ〜ん高松〜う、眼が痛いよォ〜!!」
 泣き叫びながら走るグンマの後をついて行ったら、すぐにドクター高松のところにたどり着いた。恐るべしグンマの野生のカン。
「こんなトコにいたのかよ、ドクター」
「グンマが騒いで大変なんだべ!」
「早くお兄ちゃんを診て」
 最後に追いついたナオミも茂みを乗り越える。そこに高松以外の人物の姿を見つけ、息を呑んだ。
「おまえは・・・」
 シンタローやミヤギも同じように驚いた表情で、視線を一点に集中させている。ナオミも気付くとすぐに恥ずかしくなって目を伏せた。男は素っ裸だったのだ。
「チン!」
「“ン”しかあっとらん」
 裸の男−ジャンは、変な呼ばれ方をして不愉快そうだったが、二人の視線はまだ固定されたままだった。ナオミも目のやり場に困って、パンツくらいはけばいいのにと思う。
「なんでおまえもいるんだよ」
 そうだ、シンタローの身体から離れたジャンが、なぜここで高松と一緒にいるのだろう。
 ジャンはシンタローの問いに口を開きかけたが、もう一人の男の登場に気付いて振り向いた。
「サービス!」
 サービスはいつものコート姿のままで歩いてくると、
「何も言うな、ジャン」
 静かにそう言った。
「サービス、何故おまえまであんな馬鹿げたことをやったんだ!」
 対してジャンの口調には熱が入っている。何のことを言っているのか・・・。サービスの方を向いたまま、ナオミは首を傾げた。
「ルーザーの復讐とは一体なんだ!?」
 ルーザー!? どうしてここで父の名が出てくるのか。あまりに意外な単語を聞いてナオミは思わずジャンに目を転じてしまう。ハッとして、また首を元に戻した。頬を両手で包むと、ぽっぽと熱い。きっと赤くなっている。
「・・・・」
「何も言わんつもりか、サービス。隠しても無駄だ! おまえの心ぐらい、俺には読める!!」
 ジャンは言葉を切った。押し黙るサービスをじっと見つめる。まるでそうすることで心の奥底を覗き込もうとでもするように。
 ナオミはずっとサービスの表情を見ていたが、叔父のいつもと同じきれいな顔には少しの曇りもなかった。
 それなのに、ジャンは突然走り去ってしまったのだ。叫び声を上げて、ものすごいスピードで土埃を巻き上げながら。
「うわああああ・・・・!」
「ああッ! チンが逃げた!」
「気の遠くなるほど生きてきた男がッツ!」
 とりあえずナオミはホッとする。見てはいけない方角があるというのは、窮屈なものだった。
「凄いですねおじさん! 一体どんな技をッツ!」
「フフフ・・・」
 感心するシンタローにも、叔父はいつもの秘密めいた笑いで応えるだけだった。

「グンマ様っつ! しっかりなさってください!!」
 小さな室内に、大きく高松の声が響き渡る。
「グンマ様にもしものことがあったら、この高松腹を切りますッツ!!」
 彼なら本当にやりかねない。
 もうひとつ敷いた布団に寝かせたものの、高松はグンマにひしとしがみついて離そうとしなかった。
「た・・・高松、鼻をふいて」
 ボタボタ落ちる鼻血に、さすがのグンマも痛みを一瞬忘れた。
 ナオミが差し出した手ぬぐいで、高松は鼻血をふき取る。もう一枚でナオミは兄のあごをきれいにしてあげた。鼻血はちょうどグンマのあごに落ちていたのだ。
「どーしてグンマの奴、急に目が痛みだしたんだ?」
「グンマだけではなかろう。今頃一族の者全てが苦痛を味わっているはずだ」
 サービスは身震いして、腕を組んだ。
「私の右眼もうずいているよ」
 マジックもハーレムも、同じように秘石眼の痛みを感じていることだろう。あの、金の髪のシンタローだって。
「・・・・」
 そっと自らの眼を押さえるナオミ。・・・痛みもうずきも、何もない・・・。一族の人間ではないという事実を突きつけられたようで、さすがに少し苦しかった。
 まわりが気になって見回すが、誰もそんなナオミに注意を向けている者はない。必要以上に大騒ぎをしているグンマと高松に皆気を取られていた。
 サービスと言葉を交わしているシンタローを見て、ナオミはもう一つの事実に気が付いた。彼だって、一族の人間ではないのだ。秘石眼を持たないシンタローは、幼い頃から今まで何度こんな目に遭ってきたことだろう。何度、こんな想いを・・・。
 こんな状態ではあったが、シンタローの気持ちを少しでも分かってあげられたような気がして、ナオミは小さな小さな喜びを感じていた。

「高松〜ぅ!」
 しばらくして落ち着いたか、グンマはドクターを呼んだ。
「なんですかグンマ様!」
 何でも言いつけられるのが嬉しくて、つい笑顔がこぼれる。
「さっきさぁ、ジャンて人と話してたよね。ぼくのお父さんのこと」
 グンマはそっと起き上がった。目に当てていた濡れタオルを手に持って、上半身を起こす。そばにいたシンタローが背を支えてやった。
「教えてよ高松。ぼくがちっちゃい頃に死んじゃったから、お父さんのことあまり知らないんだ」
 ナオミも本当は気になっていた。ジャンの口からルーザーの名を聞いてから。
 彼は自分の本当の父親ではないのだろうけれど、今まではそう信じていたのだ、どんな人だったのか確かに聞いてみたい。
「・・・すばらしい科学者でしたよ、ルーザー様は」
 グンマの要求に一瞬驚いた様子だったが、ドクターは笑みを浮かべた。その目は懐かしむような色に染まっている。ルーザーが生きていたときのことを、ありありと思い浮かべているのに違いなかった。
「純粋な天才というのは、ルーザー様のような方をいうのでしょう」
「へぇ〜」
「オメーと大違い!」
 聞き入ってただ感心するグンマをシンタローがからかう。チャッピーがグンマと毛布の間に潜り込んで、気持ち良さそうに目を閉じた。
「グンマ、ルーザー兄さんはとてもやさしい人だったよ!」
「ホント! サービスおじ様」
 グンマにとってはこんなに嬉しいことはなかった。無邪気な笑顔に、サービスも笑ってみせる。
「ああ。私や高松のことをとても可愛がってくれた」
 サービスも同じくルーザーのことを浮かべているのだろう。しかしその目は、高松の単なる追懐とは違うことにナオミは気付いていた。
「私が片眼を失ったとき、泣いて悲しんでくれたのはルーザー兄さんだけだった」
 兄のことを思い出すと、必ず突き当たるのはその辛い出来事なのか。サービスはうずく右眼のあとを押さえていたが、やがて顔を上げつぶやく。
「私はルーザー兄さんのことを忘れない。・・・天使のような人だった!」
 もはやグンマに向けられた言葉ではなかった。遠い目には痛みと敬愛の念とが織り交ぜられている。
「・・・」
 ナオミは衝撃を受けた。ハーレムの吐き捨てた言葉が反射的に蘇ったからだ。サービスの双子の兄は、確かにナオミにこう言った。
『あいつは、悪魔のような男だった』
 と。
 天使と悪魔・・・。まるで正反対の父の姿が交錯する。一体ルーザーとは、どんな人物だったのだろう。
 軽くため息をつき、肩を落とした。今となっては知るべくもないことだ。
「へー、そっかあ。天使かあ」
 手を叩いて喜ぶ兄の無邪気さが、ナオミにとっては唯一の救いだった。
 

 
 
 

 

 −つづく−
 

 4.つゆくさ 【小夜曲】

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H11.12.30