DEPARTURES 5
 
 

「ん!?」
 最初に感じ取ったのは、アラシヤマだったか。
「なんどす」
 ゴゴ・・・
「空気が震えちょるのぉ!」
 ゴゴゴゴ・・・・!
「やばいっつ!! みんな外に出ろッツ!!」
 叫びながらシンタローは腕を伸ばし、ナオミの腰を抱え込んだ。
「・・・!?」
 何が何やら分からないまま、ナオミの身体は運び出される。大地の轟きとびりびり響く大気に包まれても、流れはまるでスローモーションのように感じられた。
 震えは最大となり、肌にも痛いほど。耳に衝撃を覚えた次の瞬間パプワハウスは爆裂し、地面ごとこなごなに吹っ飛んだ!
 爆音と爆風に、目を開けてはいられない。ナオミは強くつぶったまぶたの裏に、すさまじく燃え盛る炎を見ていた。赤く、熱い。
 叫ぶことも逃げ出すこともままならず、ただ呆然と眺めていた。
「大丈夫か、ナオミ」
 そっと手を放されて、初めて目を開ける。多分一瞬での出来事だったろう。ただナオミの中で時間がひどく引き伸ばされていただけで・・・。
「ええ・・・平気よ」
 自分で体を支え、頷いてみせる。足手まといにはなりたくない。
 シンタローは安心させるようにわずかな笑みをくれると、そのまま斜め上に目を転じた。ナオミも地面に手をついたまま同じ方向を見上げる。他の皆も。
「来やがったか・・・俺の最大の敵!!」
 爆発の名残の漂う中、風と雲を一身に集め男はガケ上に立っていた。
「殺しに来たぞ! ニセ者!!」
 もう一人のシンタローは、あのきつい眼差しで自らの敵を鋭くにらみ下ろしている。金の髪を乱暴になびかせて。
 秘石眼の左眼から頬にかけて、涙の筋が流れているのをナオミは見た。やはり彼も激しい痛みを感じていたのか・・・。
 二人のシンタローの間で凍り付きそうに緊迫する空気が、闘いの始まりをいよいよ伝えていた。その中で微動だにせず、シンタローはパプワを呼ぶ。
「パプワ、みんなをできるだけ遠くに・・・、安全な所に連れていってくれ」
 声は硬質のものだったが、今できる最大の思いやりから出た言葉だった。
 本当は離れたくない。片時だって。しかしそれはただのわがままだと分かっていたので、ナオミは自分自身に言い聞かせていた。シンタローの言うとおりにしなくてはならないと。
「シンタロー、おまえちゃんともどってくるか!?」
「・・・ああ」
「約束だぞ」
「パプワ」
 シンタローは眼前の敵から目をそらすことができなかったので、そのままでそっと言い放つ。
「必ず行くから、そこで待ってろよ!」
 ナオミの胸は痛んだ。二人のやりとりに、自分のわがままが恥ずかしくなったのだ。
 シンタローは約束を破らない。きっと、戻ってきてくれるはずだから。無条件に信じればいい。パプワが信じているのと同じように、信じればいい。
 夕陽が最後の光を一条、皆の頬に投げかけていた。

 パプワに連れられてきた避難場所に落ち着いたものの、ナオミの心はやはり穏やかではなかった。
 いくら信じる心があっても、今まさに命がけで戦っている大好きな人が心配なのには変わりがない。
「大丈夫かのォ、シンタローは」
 皆の気持ちも同じなのだろう。あぐらをかいて、コージがつぶやいた。
「加勢に行った方がええんとちがうか」
「やめときなはれ」
 即座にアラシヤマが口を挟む。
「ケタ違いのところで戦っとるんや、あのお二人は。足手まといになるだけどす」
 まともな言い分に、ナオミはかなり驚いた。見ると表情も真剣そのものなので、さらに驚いた。
「わてらは、わてらの敵のために体力をとっとくんどす!」
 彼の脳裏には師匠のマーカーの姿が浮かんでいる。敵は特戦部隊ということだ。
「みんな、心配しなくて大丈夫だヨ。シンちゃんは強いんだもーん!」
 夜闇の迫る中に、グンマの声がやけに能天気に響く。それはやはり救いとなり、ナオミも思わずほっとするのだった。
「ねえ、高松!」
 同意を求めたところが高松は振り返らない。
「高松?」
 グンマ命のドクターが呼びかけに反応しないなんて、珍しい。ナオミも不思議に思う。
 高松は樹海を見下ろすようにただ立っていた。
「どうしたの高松ーぅ?」
「え・・・あ、はい・・・グンマ様」
 三度目でようやくこちらを向いたものの、やはりその眼はどこか違うところを見ているようだ。
「ボケたの、高松?」
「グンマ様・・・」
 真っ直ぐな瞳が愛しくて、つと涙する高松だった。
「・・・・ルーザー様のことを思い出してたんです」
 気を取り直し、再び背を向けるように空を見上げる。
「お父さんを?」
「ええ」
 ナオミも聞き耳を立てていた。さっき話が出てから、ドクターの頭の中はルーザーでいっぱいになっていたのかもしれない。そうでなければグンマを無視なんてできるはずはないのだから。
 若いころの高松とルーザーを想像しようと試みたが、どうもうまくいかなかった。
「研究熱心な方でしたから、この島にもさぞ興味を示されたでしょう・・・」
「こーんな、ナマモノとか」
 ぬらぬら、ぴちぴち。グンマが喜々として示すイトウくんとタンノくんを見たとたん、高松は鼻血と涙をいっぺんに流した。
「ふふふふふ。偉大な方だったんですよ」
 ルーザーに対する偏執的なまでの敬慕・・・高松には確かにそれがある。グンマへの溺愛も簡単に理由がつこうというものだ。
 だが、父に関しての数少ない情報の中に確かに「有能な科学者だった」という証言はあった。それを聞いたときにはナオミも嬉しかったのを覚えている。
「本当に私はよくしていただきました。私の才能を評価してくださって、奨学金を出してくださったり、数多くの研究発表の場を与えてくださった。今こうして私がガンマ団にいられるのも、ルーザー様のおかげです」
(余計なことをッツ!)
 学生時代はいろいろな意味でドクターにさんざんお世話になったガンマ団員たちは、見たこともないルーザーを心底恨めしく思うのだった。
「ルーザー様のためなら、なんでもします」
 真摯なほどに言い切る高松に、ナオミは戦慄すら覚えた。「なんでもする」と、高松は言ったのだ。それは完全な現在形で。まるでルーザーが今目の前にいるかのように。
 父の亡霊・・・。
 何かに首筋を触れられたような気がして、ナオミも辺りに目を走らせる。当然そんなものはなく、ただ眼下には夜に包まれたパプワ島の木々が立ち並んでいるだけだった。
「高松ホントにお父さんのこと好きだったんだね!」
「グンマ様」
 グンマの屈託のなさに、ドクターは複雑な表情を浮かべている。
「ルーザー様が亡くなってから24年間−・・私は何よりもあなた様を大切にお育てしました」
 今更ながらの告白に、ナオミはドクターの心をかいま見た。兄への慈しみの気持ちに、痛みが内包されているのを。うっすらと滲む痛みは、まるで水の中に落ちた絵の具のよう。
「あなたへの想いは本物です。どんなことが起ころうと、これだけは忘れないでください」
 心にいつもあるのは、ただひとつの罪。グンマを愛しく思えば思うほど、ちくちくと胸に突き刺さる・・・。
「うん!」
 裏に隠されたものなど何も感じ取ることなく、グンマはそのまま受け取った。大切に育ててくれたこと。その想いが本物であること。父ルーザーを慕う言葉を聞いたのと同じように嬉しくて、満面の笑みを返す。
「ありがとうございます」
 それだけ言うと、ドクターは背を向けた。
「ど、どこ行くの!? 高松ーぅ」
 振り向くことなく、断固とした様子で歩きだす高松の前にサービスがいる。二人は何か会話を交わし、そのままドクター高松は去っていってしまった。サービスは説明を求めるグンマにさらりと言って聞かす。
「高松は年だからトイレが近いんだよ」
 同期生の行き先をごまかす言い方ではないことにナオミはつい笑ってしまうのだが、兄は納得しているらしい。
 笑いが収まって顔を上げると、高松の黒髪が遠ざかる。どこへ行くのだろう・・・ルーザーのところへ? ・・・まさか、そんなはず。不思議な想像を首を振ってかき消した。
 辺りはますます夜の色に浸り、つゆくさの匂いがどこからか漂ってくる。胸いっぱいに吸い込むと、ナオミは切なさに身も心も震わせた。 
 

 
 
 
 
 

 −つづく−



 5.ポインセチア 【祝福】

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