赤い石が光る。瞳も赤く・・・。
「殺しちゃダメだ・・・シンタロー!」
「え・・・?」
ひざをついて、ナオミはパプワの方に向く。
「何か言ったの? パプワくん」
赤い光は、例の懐かしさでナオミの心を満たしてゆく。パプワの両眼にも同じ光が溢れている・・・なぜ、この子が?
不思議な気持ちで見ていると、光は納まり、視線に気付いたパプワは少しだけ笑ってみせた。
「大丈夫だ、ナオミ。心配するな」
「・・・ええ」
よく分からないながらも頷き返す。本物の安心を与えるような力強さがこの小さな子にはあるのだ。
「ナオミー」
兄が呼んでいる。パプワにもう一度軽く笑みを向けてから、ナオミは立ち上がった。
「なあに、お兄ちゃん」
グンマは手に何かを持ってにこにこしていた。カクテルを作るシェイカーに小さな箱や配線をとりつけたような装置は、また兄の発明品だろうか。
「それは?」
「ミルクセーキ製造機だよ。一緒に飲もうよ」
「え、ええ」
こんなときにミルクセーキなんて、という思いで曖昧に微笑むが、グンマはますます嬉しそうに製造機のスイッチを入れる。ウィーンとモーター音がして、どういう仕組みなのかミルクセーキが出来上がった。
「ほら、すごいだろう」
得意顔でグラスについで、手渡してくれる。そのまま受け取り、あまり気分ではなかったが口をつけた。ふんわりと泡立った表面と普通のミルクセーキとはまた違った風味の、予想以外のおいしさに目を見開く。
「おいしいわ、これ」
「だろっ。マロングラッセ風味のミルクセーキを開発してみたんだ」
食品開発までしているなんて。一体グンマ博士の専門って何なんだろう。
「いっぱい飲んで。これを飲むと気持ちが落ち着くからねッ」
「・・・お兄ちゃん」
屈託のない、子供のままの笑顔にほっとする。兄は本当にミルクセーキみたいな人だと思った。甘くてふわっと優しくて、天使みたいな色しているから。
シンタローのような強さはないけれど、グンマは彼のできる範囲で思いやってくれているのだ。そう、いつも。
−本当の兄では、ないけれど−
何気なく浮かんだ自身の言葉に、ナオミは強く首を振る。それは確かに事実かも知れないけれど、事実と真実は違う。
自らが信じることこそ真実ならば、グンマはやはりナオミの兄だった。
「グンマ、おまえももう25歳だな」
さりげなく近付いてきて、さりげなくサービスは話しかけた。グンマは警戒心もなくにこっと笑って答える。
「突然どーしたのサービスおじ様。そーだよ、ぼくシンちゃんと同じ25歳だよ」
本当に突然どうしたのだろう。ナオミも見上げる。
「じゃあもう立派な大人だな。おまえに話したいことがある」
こんなときに改まって、よほど重要な話なのに違いない。ナオミは席を外すべきかと立ち上がりかけたが、「ナオミも聞きなさい」と静かに言われ、もとの位置に戻った。
「おじ様もミルクセーキ飲む? お菓子もいっぱいあるよ」
いつの間にかいちご柄のレジャーシートに山のようなお菓子を広げている。
「おじさん少し話したくなくなったよ・・・」
もう立派な大人だと言ったばかりなのに。
グンマは嬉々としてアイスクリームを選び取る。ナオミにも差し出されるが、まだミルクセーキが残っていたので遠慮した。
「チャッピー、食べる?」
甘いにおいに誘われたのか、しっぽを振るチャッピーにアイスクリームをあげて、そうしてからやっとグンマはサービスの顔を見た。
「ナニ何なーに、おじ様?」
「落ち着いて聞きなさい」
ナオミは思わずかたずを飲む。兄は相変わらず緊張感がない。
一拍置いて、おじが口にしたのはあまりにもとっぴな一言だった。
「グンマ、おまえはルーザー兄さんの子ではない!」
「!?」
耳を疑う。それは自分のことではないのか? ナオミはそう思ったが、サービスの視線の先がしっかりとグンマに固定されているので混乱してしまった。
ルーザーの息子じゃないなんて・・・。じゃあ兄は・・・、グンマは・・・?
「あの金髪のシンタローが、ルーザー兄さんの息子だ」
「えっ・・・」
「おじ様! 生のホタルイカには寄生虫がいるから気をつけてね」
「現実から逃避するのはやめなさい」
逃避したくもなる。突然そんなことを言われれば。兄の心中は察して余りあった。
しかしサービスは、たたみかけるように告げる。
「おまえの本当の父親は、マジックだ!」
頭の中が白くなっていく。どういうこと・・・? 白の中で思考能力を失った。
「う・・・ウソ・・・」
兄も同じように考えられなくなっているのだろうか。とナオミは思ったが、反動でグンマは口を開いた。
「いつも息子のヌイグルミにほおずりしながら年がいもなく真っ赤なド派手のブレザー着て世界各国のちょっと変わった美青年を集めたガンマ団総帥がぼくの本当のお父さんだなんて、嫌だ」
句読点なしで口走ったのも、驚きが過ぎた結果なのだろう。しかし、めちゃくちゃ言っていたマジックは目の前にいるサービスには実の兄なのだが。
「おじ様、この非常時に悪い冗談はやめてよね」
「おじ様・・・」
ナオミの方も見て、サービスは尚も冷静だった。
「嘘ではない。私と高松がすり替えたのだ」
マジックが遠征で不在だったときに産まれたシンタローと、ちょうど同じ頃産まれた赤ん坊のグンマをすり替えた、と。
顔色一つも変えずに・・・。
あまりにも衝撃的な告白に、グンマもナオミも言葉を失った。
25年前に産まれたイトコ同士がすり替えられ、さらにシンタロー(本当はルーザーの息子)にはジャンのコピーが送り込まれていたということなのか。
「おじ様・・どうして」
「そうだよ、何故そんなことをしたのッツ!?」
「それは・・・」
ふっと顔を上げて、夜風に髪を任せる。昇り始めた月の光で、サービスの金の髪はつややかに波打った。
「マジック兄さんやハーレムに対する、復讐だった」
復讐。月明かりに似合わぬ強い言葉に、胸を衝かれる。心臓を圧迫されるような苦しさに、ナオミは一瞬息を止めた。
兄弟の子供をすり替えるという復讐手段を取るほどの、一体何が・・・。
「どうして、復讐なんて」
泣きそうに震える声を出すナオミに、変わらない調子で叔父は話し始めた。
原因となった、昔のできごとを−。
かつて18歳の初陣で、サービスは親友のジャンと自身の右眼とを一度に失った。
「何故だ! 何故おまえが片眼を失わなければならないんだ!! 何故だッ!!」
次兄の悲しみようは尋常ではなく、いつもは物静かで理知的なルーザーがなりふり構わず叫び、涙を流して弟を抱きしめた。
しかし。
「やめろよ、ルーザー兄貴。あんたが泣きわめいたって、そいつの眼は治んねえよ!」
冷たく言い放った双子の兄。
「よさんか二人とも。済んだことだ」
弟の失態を直視しようとしない長男・・・。
末の弟の味方は、ルーザーだけだった。
しかしそれから数日後、ある知らせを聞いたサービスは取り乱しながらマジックのところへ飛んで行った。
「マジック兄さん!」
失った片眼を長い髪の下に隠したまま、サービスは叫ぶ。
「ルーザー兄さんがEブロックに行くって本当かい!?」
「ああ、本人の希望だ」
「どうして! あそこは激戦区じゃないか!! ルーザー兄さんを止めてよ!」
信じられなかった。突然ルーザーが激戦区へ出兵を志願するなんて。戦場になんて行ったことのない人なのに!
「もちろん説得したさ。しかしあいつも聞かん奴だからな」
総帥のいつもと変わらぬ声は、余計にサービスの興奮を高める。どうしてこんなに冷静なんだ。激戦区へ行くなんて、死にに行くというのと同じじゃないか。それなのにどうして。
「何故だよ、もうすぐ子供も産まれるのに」
ルーザーの妻、ナナはすでに臨月の重いお腹を抱えていた。今月中には赤ん坊が誕生するのだ。
「ルーザー兄さんみたいにおとなしい人に、戦場は無理だよ!」
「アイツはおまえが思ってるほどヤワな野郎じゃねぇよ!」
声の方を向くと、いつの間にいたのか、双子の兄ハーレムが壁に肩をもたせかけ立っていた。
「血まみれの戦場の方がアイツにふさわしいぜ!」
乱暴に投げつけられた言葉には、さすがにマジックも黙ってはいられない。
「ハーレム! 実の兄だぞッ」
注意したところが、逆にハーレムは渦巻く憎悪に歯をくいしばるようにうなった。
「俺はアイツのことを、そんなたいそうなモンだと思っちゃいねえよ!」
「・・そして、ルーザー兄さんは戦死した!」
ナオミにもグンマにも、発するべき言葉がなかった。そのようにして父(と信じていた男)は死んでしまったのだとは。
ナオミの頭の中に、再びハーレムの声が蘇る。
『あいつは、悪魔のような男だった』
今のサービスの話からも、ハーレムがルーザーにこれ以上ないくらいの憎しみを抱いていたことは明白だった。
ただ、その理由をサービスも知らない。
そっと兄の方を見る。グンマは固まった表情のまま叔父を見つめていた。
「あの時マジックやハーレムがもっとしっかり止めてたら、ルーザー兄さんは死なずに済んだ。二人はルーザー兄さんを疎んでたんだ!」
今まで感情の波すら感じさせなかったのに、ここにきてサービスは激しい怒りと憎しみを叩きつけた。それにはじかれるように、グンマも口を開く。
「それで腹いせに、ぼくとシンちゃんをすり替えたの!」
「そうだ。ルーザー兄さんを慕っていた高松にも協力してもらった」
そういうことだったのか・・・。全てを知り、グンマもようやく自分の感情をつかんだ。
「ひ・・ヒドいよ、勝手すぎるよ。おじ様のバカっつ!!」
ダッと駆けて、すぐにドテっと転ぶ。グンマは倒れたまま涙と鼻血を流した。
「ぶわあーん、痛いよぉお、高松〜う!!!」
いくら叫んだところで、高松は今いない。代わりに心優しいチャッピーが頬をなめてあげていた。
「おじさんを馬鹿と言った呪いだよ」
「サービスおじ様ったら・・・」
ナオミは兄を助けようとしたが、
「おい」
下から聞こえる呼びかけに足を止めた。
「パプワくん」
「聞いてたのかい」
小さなパプワだから、そこにいたなんてナオミも気付かなかった。
パプワは大人たちを見上げていた。
「変わってるなおまえら。兄弟どーしや親子どーしでケンカばかりして」
「・・・・」
何の邪気もないまっすぐさが、痛い。
「そうだね。ぼくら青の一族はおかしいのかも知れない」
それぞれの憎悪。偏愛・・・。青の、呪縛。
「変だな、仲良くできないなんて。ケンカするよりよっぽど簡単なことじゃないか」
「パプワくん・・・」
本当にそうだ。この子の言う通り・・・。
「そうよね・・・。一体どうしてこんな・・・どうして」
ナオミはひざをついて、両手を伸ばした。パプワを抱き寄せ、目を閉じる。まぶたの裏には赤い色が満ちていて、心にも染み渡り安らぎをもたらした。
「大丈夫だ、ナオミ」
繰り返す。優しく強い、一言を。
「大丈夫・・・」
「パプワくん・・」
「・・ぶああああん!」
まだ兄は泣いていたらしい。誰も相手にしてくれないからか・・・。ナオミは苦笑いをして立ち上がった。
「ありがとうね、パプワくん」
笑顔を見せて、グンマの方へ駆け寄る。
「お兄ちゃん、泣かないで」
「ナオミ・・・」
ようやく起き上がり、ぐすんとすすり上げると、グンマは涙をためた赤い眼をナオミに向けた。
「ボクは、ナオミのお兄ちゃんじゃなかったんだね」
泣いていたのは、転んだ痛みのせいだけじゃない。
「・・・」
それでも、言わなきゃならないのだろう。あのことを。ショックは重なるばかりだけれど、本当のことを全て知っていいときに違いなかった。
ナオミはそっとそっと、グンマの肩に手を置いた。
「お兄ちゃん、よく聞いて。もともと、そうだったの。私も、お父様の娘じゃないの」
「ナオミ?」
月の光がナオミの顔に淡く陰影をつける。そこには深い憐憫が刻まれていたが、それにしても冴えるほど美しい。
目をそらすこともしないナオミの囁き声。
「私、拾われっ子だから」
ただようように、広がって。グンマの心に響き入った。
「何、言って・・・」
「ハーレムおじ様に聞いたの。私、ハーレムおじ様に拾われたんですって。だから一族の人間じゃ、ないの・・・」
つとめて明るくしたつもりだったが、のどが詰まるような感じに言葉は途切れる。
「本当なの、それ」
「うん」
「じゃあナオミは・・・ナオミの本当のお父さんお母さんは・・・」
黙って首を左右に振る。そのことはナオミも知らない。
「ナオミ・・・」
うつむくグンマの肩が震える。やはり更なるショックを与えてしまった。
『大丈夫』・・・耳に宿るパプワの声に、ナオミは頷く。パプワがしてくれたように、力づけてあげなくては。
「お兄ちゃん」
「可哀相に、ナオミ!」
「え・・・」
また鼻をすすって、グンマはバッと顔を上げた。頬にいっぱい流れる涙が光っている。
「辛いよね・・ゴメンね、ボクばっかりこんな泣いて・・・。ナオミの方が・・辛いのに」
ポケットからチェックのハンカチを取り出し、顔をごしごしとぬぐった。
傷つきますます取り乱すだろうと思ったのに、自分のことより妹の気持ちを汲み、涙を止めようと頑張ってくれている。
精一杯こらえる兄に、今度はナオミが泣きたくなってしまう。
月はますます高くなる。
並んで座って見上げていると、少し心も落ち着いた。
「ねえ、お兄ちゃん」
それでもグンマを兄と呼び、ナオミはひざを抱え込む。
「みんな・・赤ちゃんはみんな、祝福の中で産まれてくるんだって」
「祝福・・・」
「そう。お兄ちゃんも、マジックおじ様とおば様の祝福の中で産まれてきたんだわ」
例えその後の運命が狂わされていったのだとしても、望まれ祝福された子供なのに変わりはない。
「私も、そうだったかしら・・・」
「・・・・」
そうだ、とも、違う、とも答えられなかった。分からないことを無責任に答えられやしなかった。
だからグンマは、代わりにこう言ってあげた。
「ボクは祝福するよ」
「お兄ちゃん・・・」
「今までずっとそうだったし、これからもずっとそうするよ。ナオミが産まれてきてよかったって・・・だから、だから悲しまないで・・・」
「・・・ありがとう・・・」
月の光の中で、こうしていると子供のころを思い出す。優しい光に抱かれて、二人眠りについた遠い日のことを。
ナオミは目を閉じてみる。そう、あのときも、全てのものから祝福を与えられていた。月や星々、ぬいぐるみやふかふかのベッドに囲まれて。
誰の子か、どこで生まれたのか分からなくても、多くの人から大切にされてきた。
愛を、受けていた−。
あとがき
話はだいぶ進みましたねえ!
DEPARTURESも、5になります。
しかし・・・、ポインセチア【祝福】だけ、時間かかってしまいました。
話せば長いことながら、スランプ陥っちゃったんですよ(長くないか)。
4まではどうにか書き上げたものの、5のポインセチアはグンマとシンタローのすり替え事件が告白されるというとっても大事な章なので、気合入れて書く必要があると思ったんですよ。
スランプでは書けません。
だから4までで一度中断しました。
そのうちあっと言う間にスランプ脱出。そしたら調子に乗っていろいろ書き始めて、このおはなしのこと、忘れてたの・・・(馬鹿)。
「ポインセチア読めないんですけど・・・」というメールをいただいて、ハッと気付いた。
そしてようやく書き上げたという次第です。
でも、満足いかない状態で書くよりはよかったと思うよ。
衝撃の告白をされたグンマのこと、丁寧に書いてあげたかったの。ナオミがいるから、グッとこらえて。健気だ・・・。
今まであまり目立たなかったミヤギとトットリを書きたかったので、第一話はスイカ畑の話にしました。
ちょっとほのぼの。スイカ、ぬるいんじゃないかなーとも思ったけど、外で仲良く食べる果物は何よりおいしいんでしょうね。
第三話以降はマンガのストーリーに沿って。ルーザーの影が色濃く出てきています。そろそろ登場の心構えかな?
プロローグではちょっと出てきたけどね。南国美女と共に。
「Language of Flowers」は、遊佐未森の「モザイク」というアルバムに入っている組曲です。プロローグを含めた六曲が繋がっているの。
ミヤギが髪を切るところで、ナオミも一緒に切ったらどうかな、と気まぐれで思いついたんですよ。
それで思い出したのが「Language of Flowers」の中の「われもこう【変化】」という歌。
「髪を切った思い切り短く」で始まる元気な歌がぴったりだと思って。当初は全体のタイトルを「われもこう【変化】」にしようと思ったんだけど、どうせなら「Language
of Flowers」にして、六曲を小タイトルにしたら面白いかなと思いつきました。それで、歌のタイトルに合わせて内容を考えてみた。本来はプロローグ・フリージア・すみれ・つゆくさ・われもこう・ポインセチアの順だけど、話を組み立てる都合上でプロローグ・すみれ・われもこう・フリージア・つゆくさ・ポインセチアになりました。
ちょうどこのおはなしの頃のパプワくん(マンガ)は、表紙に人物と花の絵が描かれてあって、連載中には花言葉も書いてあったような記憶があります。だから「花言葉」というこのタイトルがますますピッタリだよね。
最近、パプワ系のおはなしいっぱい書いているね。過去のおはなし(シンタローたちの両親の話やそのまた両親の話)や未来のおはなし(マンガの最終回後のストーリー)を、いっぱい。
でも、「現在」であるこのDEPARTURESが基本だから、できれば早く書き上げたいなって思ってます。
これから佳境に入りますね。次回いつ書けるか分からないけれど、がんばりまーす。
H12.2.14