葵さんカウンタ14008ゲット記念小説

 
 
 
1.円舞曲−誘いのワルツ


 鏡のような海。その水面がにわかに乱れると、パシャリと飛沫が上がった。
 そこから姿を見せたのは、金のウエーブがかった髪とガラスのような瞳の、世にも愛らしい少女ではないか。
 背に垂らした長い髪からこぼれる雫をかきやる、その手も小さく可愛らしい。立ち上がると白い上半身が光を集めてきらきら輝き、美の女神の誕生シーンと見まごうばかりの美しさだ。
 彼女は陸へ上がりはせず、なめらかな岩を選んで腰をかけた。その腰の下からは、形よい二本の脚が伸び・・・てはいない。両足に当たる部分は虹色に遊色するあまたの鱗で覆われており、一番先には尾ひれまで付いている。そう、彼女の下半身は魚そっくりのものだった。
 全身に海水をまとい、なめらかな白い肌も玉虫色の鱗もそれぞれ濡れ輝いた。
 伝説といわれる人魚ですら、この海人界にあっては決して珍しい存在ではない。

「あら」
 不意に何かを見つけ、パールピンクの唇から小さく声を洩らすと、背後の岩に片手をかけて半身をねじるようにする。彼女の視線の先には、ひとりの青年の横顔があった。
 さらさらと海風になびく淡い金髪がシャープな頬にかかって。どことなく憂いを含んだ口元も、海の色を映した青い瞳も・・・。
(イイオトコ・・・)
 人魚はすっかり後ろを向いてしまい、両手を岩にかけて少し伸びをした。
 イイオトコを見たら、念のため彼の脚もチェックしておかなければならない。何となればこの海人界、上半身がすてきな男性だったとしても、下半身がいきなりナマモノだったりする人(?)が多数存在するからだ。
 自分のようにきれいな鱗を持った魚ならばまだいいが、軟体動物や両生類等はカンベンして欲しい。
 果たしてどっちなのか・・・。色んな意味でドキドキしながらこっそり覗き見る。
 二本足だ。すらりとした長い脚が白っぽいズボンに包まれている。
(ますます、イイオトコ!)
 パシャ・・・。
 先ほどのように波が揺れ、もう一人の娘が顔を出す。明るい褐色のストレートヘアをした人魚は、友達が熱心に何かを覗き込んでいるのに気付いて軽いため息を落とした。またか。
 尾ひれで水面を打ち付け、飛び上がるようにして隣に陣取る。
「マーメイ」
 軽くつつかれて、マーメイ−金髪の人魚−はようやく仲間の存在に気付いた。
「なんだ、コーラルじゃない」
「なんだ、じゃないわよ」
 熱心に何をしているのか、なんて聞くまでもない。彼女にこんな顔をさせる理由など、ただ一つしかないからだ。
「ちょっとコーラル、見てよアレ」
 喜々としているマーメイ。一体今度はどんな人に目をつけたのだろう。いずれにせよ、彼女に魅入られた相手が不幸なのに違いはない。ご愁傷さま・・・。
 腕を引かれて、コーラルも一緒に岩陰から顔を出すはめになってしまう。
「あれは・・・」
 つやつや髪と厳しいたたずまいの男は、見たことがある顔だった。
「クラーケンって人じゃない。ナンバーワンの」
「えっうそっ」
「そーよ間違いないわ」
 断言されてマーメイは目を丸くする。
「知らなかった・・・ナンバーワンがあんな美形のにーさんだったなんて」
 何しろクラーケンは、ある程度大きくなるまで閉じこめられっぱなしだったわけだし、海中に棲むマーメイが実際に見たことはなかったとしても無理らしからぬことだ。
 海人界の英雄、クラーケンは、実は竜王の息子だったため今は海人界を離れて龍人界で暮らしている。そういう話くらいだったら、マーメイも聞いていた。
「王子様、っていうことは・・・カモよ、カモ!」
 しかもネギしょったとびきり特大のカモだ。マーメイの目もひときわ輝きを増す。
「マーメイ・・・」
 コーラルは頭を抱えてしまう。この娘の悪いクセが出た。自分好みのかっこいい人を見つけると、すぐに誘惑してさんざん貢がせ、飽きるとポイ。かわいい顔を武器にそんなヒドイことを繰り返している性悪人魚なんだから。
「いい加減にしとかないと、いつか刺されるわよあんた」
「何言ってんの。世界中のいい男たちは、このあたしの笑顔を見ることに喜びを感じてるんだから」
「・・・・はいはい」
 もはや何も言うまい。コーラルは呆れて海に戻ってしまったが、もう夢中になってしまっているマーメイはそんなこと頓着しない。
 そっと岩に登り、彼が振り向いたとき一番自分が可愛く見える角度に座り直した。
 男に好かれる仕草から、表情、声、さりげない誘い方に至るまで全て熟知している。そういったものをフルに発揮し、好みの美少年や美青年を落とす、そのときほど一番楽しくワクワクするものはなかった。後から貢いでもらう宝石やアクセサリーなども心をときめかしてくれるけれど、最初の達成感とは比べるべくもない。
 ハンターは、獲物を仕留める瞬間にだけ至上の喜びを覚えるものだから。
 自慢のウエーブ髪を手でなでつけて、喉の調子も整える。最初は細く高い声から始めるのが効果的だ。そう、波音と混じり合うように。
 歌声が響き出す。
 人魚は歌で人を惑わす・・・おとぎ話の時代からの、それは約束事。
(さあ、気付いて・・・)
 王子様は身じろぎをした。海に混じったきれいな歌声を聞き分けただろうことは明らかだ。
(ほら、こっちよ)
 あくまで偶然を装う必要がある。マーメイは海の方へ顔をそらした。
 視線を感じる。彼が見つめている。
(私に、惹かれるのよ)
 そして恋をすればいい。決して報いはしないけれど。
「・・・おい」
 やった!
 心の内は成功の喜びに小躍りするが、そんな感情はおくびにも出さず、突然声をかけられた演技で男の方に顔を向ける。この表情と首の傾げ具合も、もちろん計算し尽くされたものだ。
「・・・はい?」
 風が優しく二人の間を吹き抜ける。
 マーメイは己の勝利を確信した。
 どんなふうに声をかけてくれる? 相手の薄くて繊細さすら感じさせる唇が開かれるのを、最高潮のドキドキで待った。
「そんな格好で、こんなところにいると・・・」
 えっ?
「風邪をひくぞ、オマエ」
 な、何ですと!?
 マーメイは岩からずり落ちそうにズッコケた。
 声も淡泊なら、青い眼のどこにも恋している色は見つけられない。かけらすらも。
 違う。こんなのは、違う。
 ホモでもない限り、キラキラ目を輝かせつつ近寄ってきて、気の利いたセリフのひとつも口にしながら片手を差し出すものだ、普通なら。
 ありえない。この自分の姿を見て、歌声を聴いて、それでも何も感じないなんて。あっていいはずはない!
 マーメイは初めて受けるリアクションに、驚きと焦りを隠しきれなかった。
 照れているとか、気を引きたいとかで気持ちを隠しているわけではない。その証拠にあっさりとクラーケンは行ってしまう。ちらとも振り返らずに。
 遠ざかってゆく背中を引き留めたい心を、マーメイはどうにかねじ伏せた。そんなことをしたら、完全にこっちの負けになってしまう。
 ショックのあまり蒼白になったマーメイと、単調な波音だけがその場に置き去りにされていた。

『何なのーッツッ!!』
 カン高い叫びにかぶって、ガシャーンとガラスの割れる音が盛大に響き渡る。続いて何かが壁にぶつかる鈍い音、果ては布が引き裂かれる音まで・・・。
 ここは海底にある人魚たちの家。賑やかな末妹の部屋の前に集って、姉たちは苦笑を浮かべていた。
「マーメイったら、またいつものヒステリーかしら」
「まったくあの子は、短気なんだから」
 彼女らのセリフからすると、こういったことは日常茶飯事らしい。普段からこうして暴れているというマーメイもすごいが、ドアの外でただ笑っている姉たちもなかなか大物だ。
「バカーッツ!!」
 ぬいぐるみを蹴飛ばし、オルゴールを床に叩き付け、ベッドカバーを引き裂いてもマーメイのイライラはおさまることを知らない。
 いくらめちゃくちゃに暴れても、頭をぶるぶる振ってみたって、さっきの男の顔は脳裏から離れやしないのだ。
 傷つけられたプライドがリベンジを強く叫んでいる。惨状を呈している部屋の真ん中に突っ立って、痛いほどこぶしを握りしめた。
 絶対絶対、あの男を惚れさせないことには!!

 今日は我ながら良いことをした。裸同然の格好で海辺に座っていた人魚に、風邪をひかないように忠告をしてやったのだ。
 昔だったら、知ったこっちゃないと無視していただろうに。心に出来た余裕が何となく嬉しい。
 海の方向から、夜が迫ってくる。一番星を見上げて、クラーケンは軽く微笑みを浮かべた。
 明日には竜人界に帰るとしようか。
 ワガママ言ってもケンカしても、結局居心地の良い場所になってしまっている、父親のもとへ。
 


 
 
 
 
 
 

−つづく−

 
 

 

2.遁走曲−面影はフーガのように
 
 


 
  
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