葵さんカウンタ14008ゲット記念小説
LA・LA・LA LOVESONG
2.遁走曲−面影はフーガのように
「マーメイ、今日も君は綺麗だね」
じっと見つめられても、今日に限っては何も感じない。いつもの優越感も満足感も、何もない。面白くない。
「美しい君の指にぴったりのリングを持ってきたよ」
少し、面白い気持ちになった。
最近一番高価なものをくれるのがこの男だ。赤みがかった茶の髪を肩くらいまで伸ばして、マーメイごのみの甘いマスクをしている。しかもいいとこのぼっちゃんらしい。やはり、男は美形の金持ちに限る。
期待しながら差し出した右手の指に、金の指輪がはめられる。手をかざして指輪のぐるりを取り囲むように並べられたダイヤモンドを眺めた。
いつものようなときめきを待つが、それは胸の奥からわき上がる前にしゅんとしおれてしまう。
今朝から何を見ても浮かぶのが、クラーケンの顔だった。冷ややかな表情と何の感情も含まれない声が、心から離れてくれない。悔しくて腹立たしくて、イライラが止められない!
「マーメイ・・・」
プレゼントは気に入ってもらえなかったのだろうか。男は青くなりつつも、出来るだけ優しい声を出した。
「何が欲しいの? 明日、持ってきてあげるから機嫌を直して」
「・・・ガラスの置物と、宝石で飾られたオルゴールと、それから、ベッドカバー・・・」
上の空で、夕べ自分で破壊した物たちをあげてゆくマーメイだった。そうやって何人かから物や誉め言葉をもらったのだが、やっぱりいささかも気持ちは晴れない。それどころかどんどんどんどん、あの男の存在が大きくなってゆく。何ていまいましい!!
昨日と同じくらいの時間になって、マーメイは同じ岩に腰掛けた。もしかしたらまた来るかも知れない。そうしたら今日こそは、落としてやる。あの冷たい心に、火種を投げつけてやろう。どうしようもないくらい燃え上がるように。
しかし、待っていてもクラーケンは来ない。代わりに来たのは何故か特戦部隊のツナミとナギだった。
「よお、マーメイ。また男でも待ってんのかァ?」
真っ先にツナミに声をかけられ、マーメイはつん、と顎をそらした。こいつらの事は嫌いだ。彼女は嫌いな相手には自分を取り繕うということをしない性分だった。
「マーメイ、一緒にあそぼーぜ」
岩に両手をかけて、ナギが背伸びしながら話しかけてくる。マーメイは無視を決め込んだ。ガキは特に嫌い。だいたい、貧乏人のクセにタメ口で話しかけてくるなんて、図々しいにもほどがある。
「なあ、マーメイー」
うっさいわねえ、と追い払う前に、ナギの小柄な体はツナミの腕に抱え込まれていた。
「面白くねえな。帰ろうぜナギ」
どうやら嫉妬しているらしい。ツナミはロリコンの上にホモだ、とマーメイは信じていた。そうでなければ少しはつき合ってやってもいい外見をしているのだが・・・。
「マーメイ、またなー」
さっさと行ってしまえ。
とそこに、もう一人の男が登場してきた。
「お前らァ、いつまでもこんなとこで何してんだ!?」
「隊長!」
特戦部隊隊長のアラシだ。ちらっと見ると、アラシの顔や腕は軽い切り傷や擦り傷だらけ。鼻の頭にはカットバンまで張り付けている。
「さっさと帰るぞ!」
「はいっ」
そんな姿でもやはり隊長の威厳は失っていないらしかった。隊員達は緊張した返事をして、アラシのもとへ駆け寄る。
「ねえ、アラシ」
マーメイは声をかけた。アラシのことも好きではなかったが(乱暴でゴツイ系の男は苦手なのだ)、ちょっと聞いてみようかと思い立ったためだ。
「なんだ、半生女」
『半分ナマモノの女』という意味らしい。そのネーミングのあまりのセンスなさに、マーメイはますます不愉快になって顔をしかめた。
「・・・噂に聞いたんだけど・・・、あの人、海人界に来てるって?」
気を取り直して、できるだけ何気ないように話を出した。
「ナンバーワンの人、あの、クラーケンとかいう」
付け加えると、アラシはああ、と浮かない返事をして、鼻のカットバンをいじる。
「もう竜人界に帰ったみたいだけどな」
「アラシ隊長、クラーケンとケンカおっぱじめてさ、それで、ケガしたの」
体中の軽傷はそういうことだったのか・・・。
「余計なこと言うんじゃねえ、ナギ!」
「いてっ!」
ポカリとゲンコツで殴られて、涙目になるナギをツナミがよしよしと慰める。笑えない漫才でも見ている気分になった。
「バッカみたい」
「うっせえ。犯すぞこのサカナ」
「まあ・・・っ」
こんな男に、こんな下品な言葉を投げかけられるなんて。最悪だ。クラーケンも、こんな奴もっとこてんぱんにやっちゃえば良かったのに。
「なにさ、このあたしに向かって!!」
カッとなって岩のかけらやら貝やらをアラシにありったけ投げつけてやると、そのまま海に飛び込んだ。ばっかやろう! と捨てゼリフを残して。
「こえーな。あんなカワイイ顔してんのに」
盛大に上がった水しぶきをよけて、ツナミがつぶやく。ナギは頭の後ろで手を組んで笑っていた。
「そのギャップがまた、いいんでしょー」
「ナギぃ」
ジェラシー。
「帰るぞ、野郎ども!」
そんな二人を大した理由もなく殴りつけると、隊長は背を向けてさっさと歩き出す。マーメイの投げた岩のかけらが頬をかすって、また傷を増やしてしまったアラシは更に機嫌をそこねていた。
「アラシ隊長ー」
相変わらずナギを小脇に抱えて、ツナミも後を追う。
今日も陽が沈もうとしていた。もう、この海人界からはいなくなってしまったのか。また会う機会があったなら、必ずや自分の魅力を分からせることができたはずなのに。それがどうにも悔しくて仕方ない。
こうやって部屋でじっとしていても、やはりクラーケンの姿が取り憑いたように浮かんできて、神経を苛立たせる。気を紛らわしたくて宝石箱を出してきたりもしたのだが、今までもらった豪華な宝飾品たちを眺めたところで、その輝きによって癒されることなど何一つとしてなかった。
大好きなはずの宝石なのに。血色のガーネットも、海の石アクアマリンも、グリーンとピンク二色のトルマリンも、最高級のダイヤモンドですら、色あせて見えるのはどうして・・・。
たった一人の男にこんなに振り回されるなんて、どう考えても変だ。さっさと忘れればいいのに。興味を持たれなかったことくらい、何でもない。好きだって言ってくれるカッコイイ男は、腐るほどいるんだから。
「どうして・・・」
宝石をしまうと、そのままベッドに突っ伏してしまう。もう暴れる気力も萎えていた。それから三日後の朝。
海の水で作った鏡を覗き込んだとたん、マーメイは悲鳴を上げた。
目の下に・・・目の下に、クマが!!
反射的に握りこぶしを叩き付ける。鏡は音を立てて割れ、かけらの端から水に戻っていった。
水浸しになった床の上に突っ立ったまま、全身をわなわなと震わせる。信じられない。許されない。この美貌に、ほんのちょっとだって影が落ちることなど!
ここのところ、思い詰めていたせいだ。つまり、あの男のせいだ。
自慢の顔にまで被害が及んだ今となっては、もう黙っていられない。早いところ原因を取り除かなくては。
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