葵さんカウンタ14008ゲット記念小説
LA・LA・LA LOVESONG
海の底から上を見上げると、クリアな水を透かして控えめな太陽光がゆらめく。自由に泳ぎ回るカラフルな魚たち。どこもかしこも明るいブルーに包まれた、そこはまるで夢風景の中。
マーメイたち人魚族のすみかは、そんな海底深くにあるのだった。
マーメイは長姉を探していた。中庭に回ると、姿より先に柔らかな音楽が耳に届く。美しい珊瑚礁や貝、それに海藻などで飾った庭で、大きな貝殻を椅子がわりに姉は竪琴をつま弾いていた。
マーメイですら見とれてしまい、思わず立ち止まる。
金に輝くストレートの絹髪は、水になびき白い肩を包み込む。細く長い指が弦の上をなめらかに滑り、紡ぎ出されるメロディは海の水に触れたとたん色とりどりの泡となって海中を遊び出した。
姉たちは皆美女揃いで、それも彼女の自慢の種となっているが、特にマーメイは一番上の姉のことを信頼し敬愛もしていた。
そんな姉は、ハープの腕も天下一品だった。麗しい調べを中断させてしまうのは忍びなく、一曲終わるまで声をかけるのを待つ。物音すら立てられなくて、静かに静かに尾ヒレを動かし珊瑚礁に腰掛けた。
ゆるやかな曲に合わせて指先でリズムを取っていると、この数日間ですっかり波立ってしまった心にも平安がもたらされるような気がした。
「シェル姉様」
小さく呼んだのに、姉は肩をピクッとさせてこちらを振り仰いだ。演奏に夢中になると、気配にすら気付かないほど集中してしまうため驚いたのだが、珊瑚礁の上に妹を見つけふわっと笑顔になる。
「マーメイ」
竪琴を傍らに置き、手招きをする。マーメイは漂うように泳ぎ伝って、姉が隣を空けてくれた白い大きな貝に座った。と、シェルはたおやかな手を伸ばし、そっと妹の肩を抱いてあげる。
「姉さんたちみんな心配しているのよ」
水になびくストレートの髪が頬や首筋に触れ、くすぐったさに片目をつぶる。それでもマーメイは優しい言葉が嬉しくて、ひとつ小さく息を吐いた。ため息はブルーの泡になり消えてゆく。
シェルは焦らず促さず、ただ末妹の言葉を待っていた。
「姉様、竜人界って、遠いのかしら」
唐突といえばあまりに唐突な問いかけにも、シェルは動揺を見せない。ぽんぽん、と肩を軽く叩いてやると、妹はせきを切ったように話を始めた。
数日前に海辺で見かけた、海人界英雄であり竜王の子でもあるクラーケン。
彼の気を引くことができず、ひどくプライドを傷つけられたこと。
次の日にはもう竜人界へ帰ってしまっていたこと・・・。
「あたし悔しくて。竜人界に行って、また会いたいの。振り向かせたいのよ」
一息で締めくくったとたん、物陰から数人の人魚たちがどやどやと出てきた。
「マーメイったら」
「竜人界に行くなんてとんでもないわ」
「そうよ、そうよ」
他の姉たちだ。揃いも揃って隠れていたらしい。
「立ち聞きなんてひどいじゃない!」
カンカンになって立ち上がるも、
「怒りん坊さんね」
「あなたのことが心配なんだから」
取り囲まれ肩をぽんと叩かれたり髪を次々撫でられたりすると、怒鳴る気力もなくしてしまう。頬をふくらましながら元のように座り直した。
「マーメイ」
すぐ上の姉、マリンがひざまづくようにして見上げてくる。
「あなたまさか、その男に恋をしたんじゃ・・・?」
「へっ!?」
突拍子もない問いかけに、へんな声が出てしまった。目も丸くなる。
そんな彼女を一人おいて、姉たちは勝手に話を進める。
「恋ですって!?」
「それこそ、とんでもないことだわ」
「そうよ。男に本気で恋をするなんて」
「マーメイ、分かっているわよね?」
マリンにがっちりと手を握られ、痛い。迷惑そうな顔を見せるが、もはや真剣な姉はそんなことに構ってはくれなかった。
「・・・恋なんてすると、ろくなことにはならないわ。今は伝説になっている人魚姫の物語もそうだし、それに・・・」
一瞬目を伏せ、やはり言おうと顔を上げる。
「そのクラーケンの母親、ビーナスだって、私たち人魚族だったじゃないの。竜王に恋なんかしたから、あの男を産んですぐ亡くなったんじゃないの!」
「マリン、おやめなさい!」
いつになく厳しい長姉の声にハッとする。細い小さな肩を震わせていた末の妹は、バッと立ち上がると急いでどこかへ行ってしまった。
「マーメイ・・・」
姉たちはやり切れない気持ちで、マーメイが足跡がわりに残していった泡を眺めていた。
分かっている。本気の恋なんてしちゃいけない、なんてことは。
そもそもクラーケンに恋なんかしちゃいない。ただ自分の魅力を分からないあの男が、腹立たしいだけなんだから。
(そうよ、恋なんてするもんですか!!)
恋に落ちた方が負けなんだ。相手のいいように扱われて、だまされて捨てられるのがオチだ。
だったら本気で入れ込むなんてバカなことはしない。逆に惚れさせて、こっちの意のままにしてやる。飽きたら別の男を捜すまでだ。
・・・今まで、ずっと、そうしてきた。これからだって・・・。
その夜・・・。マーメイは物音立てずに寝床を抜け出した。
姉たちに何と言われようと、自分は自分の好きなようにする。もちろん、目指すは竜人界だ。
「マーメイ・・・」
誰にも内緒のはずの家出を、竪琴を脇に抱えた長姉シェルだけがそっと見送っていた。
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