葵さんカウンタ14008ゲット記念小説
LA・LA・LA LOVESONG
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5.夜想曲−月に抱かれてノクターン
体の小さなケガも癒えると、マーメイは白龍にお礼を告げ、竜人界の海へ帰してもらった。
自分好みの美形のおにーちゃんにこまごま世話を焼いてもらいながら、美しいバスタブにゆったり浸かっている生活も捨てがたかったけれど、そんなことじゃいつまでたっても望みは叶えられない。
それに、他に目的があるのにいつまでも甘えていては白龍に対しても悪いな、などとちょっぴり思ったりもしたのだった。
人に何かしてもらうのは当然だと思っていたマーメイの、これも小さな変化といえる。
「ここは安全な場所だから大丈夫でしょう。でも、早くお帰りになった方がいいですよ」
最後まで紳士の白龍に連れてこられたのは、何とも殺風景な海だった。周りはごつごつした岩ばかりで、植物も砂浜もない。おまけに空も曇っているので、マーメイはちょっと憂鬱。
(どうしよう)
ここにいたって、クラーケンに会える保証なんてない。
(何やってんだろ、あたし)
今の状況って、バカみたいだ。ケガまでしながら遠い国までやってきて、ただ一人の男にどうにか会えないものかと思案しているなんて。
(・・・もう本当に帰ろうかな)
日も暮れそうだ。
海もますます、寂しげなリズムを刻みつけていた。潮の匂いに、ふいと甘さが混じる。良い香り・・・これは、桃?
肩越しに目をやると、白い服を着た女の人が立っている。モモカだ。
「寒くない?」
花人は身軽く岩を越えて、マーメイの近くまでやってきた。桃の匂いが濃くなる。
「なに? 謝りにでも来たの?」
「まさか」
笑い混じりに返される。子供扱いされているようでしゃくだった。
「ここ、座っていい?」
「勝手にすれば」
そっぽを向いても意に介さず、モモカは本当に背後の岩に座り込んだ。
何をしに来たのか、真意が分からない。それでも先に口を開いたのはマーメイの方だった。
「リュウを大切な人だって言ったわよね、恥ずかしげもなく」
「恥ずかしいじゃない、改めて言わないで」
いやーん。
ばしっ、と肩を叩かれ、マーメイはちょっとムッとした。
「でも、その通りなの・・・」
やっぱり恥ずかしげがないのだろうか、結局言っちゃってる。
二人の間に沈黙が降って落ちるが、波の音に耳を傾けていると気まずくはない。
「・・・不安になったりとか、しないわけ?」
「何が?」
「だから・・・、恋なんていつかは終わるんでしょう。裏切られたりすることだってあるし。あんまりのめり込んでいると、そうなったとき立ち直れないくらいショックでしょ」
それは自分自身への問いかけでもあった。確かに心の中に芽生えた、でもまだ認めたくはない気持ち。
「一生、一人の男で満足できるはずもない・・・。永遠のものなんて何一つないもの」
押さえ込んだつもりの想いが、出口を求めて溢れそうになっている。モモカも感じ取っていた。
マーメイのことは内心良く思ってなかった。だけどリュウに頼まれて話をしにやってきて今は良かったと思う。マーメイ自身ですら気付いていない、本当の彼女をかいま見ることができたのだから。
そう、みんな同じ。
愛したいし、信じたい。
恋してしまったら、同じなんだ。
モモカは初めてマーメイのことを、かわいいと思った。
「素直になればいいわ」
立ち上がり、優しい目で見下ろす。白いスカートが潮の風をはらんでふわり、ふくらんだ。
「何をしたいか、どんな気持ちなのか、耳を澄まして聞けばいいのよ。心の声ってやつを。・・・なんて、ちょっとクサかったかな」
ぺろっと舌を出す。
「大切な人がいるって、本当に良いことだと思うよ」
それだけを言い残して、モモカは人魚の海から立ち去った。
いつか空は晴れ、一抱えほどもある夕陽が水平線を輝く赤色に縁取っていた。
(心の、声・・・)![]()
シュンメイさん画
月が昇る。マーメイは空と海との交わる場所を、目をこらして見極めようとしていた。
この光と海に包まれて、じっとしていたら聞こえてくるのだろうか?
待ってみても、浮かぶのはにっくき男の冷ややかな横顔、そして耳に届くのは聞き慣れた波の音ばかりで。
そうしているうちにも、月の舟はゆるやかに進みゆく。暗い海に影を落として。発作のようだった。
マーメイの中に突然にひらめいた願いがひとつだけ。
声は自然に出ていた。月の光にくるまって、マーメイは海に向かい歌い始めたのだった。
細く高い声が波を震わす。叙情的で切ない、それはまるでノクターンの調べ。
この歌を、あの人に聴いてもらいたい。
そう、願いはただそれだけ。
男を誘う以外の目的で歌ったのは初めてのこと。それでも純粋な望みだけを乗せた人魚の声は、今までのうちで一番豊かに美しく響いた。
海の音を伴奏に、月の光はスポットライトに。
どこかで聴いてくれていればいい。風に乗って届けばいい。
小さな小さな、ノクターン。夜の散歩も悪くない。海の国海人界にはかなわないかも知れないが、月の光に彩られれば竜人界の海もなかなかのものだと思わせた。
最近、やけにロマンチストな思考に走ってしまう自分が恥ずかしくなって、クラーケンはポケットに手を突っ込んだ。
そのときだ、音楽が聞こえて来たのは。
海の方から、えもいわれぬ澄んだ歌声が流れてくる。波に織り交ぜたソプラノボイスは何の抵抗もなく耳から入り込み、不思議に情緒をかき乱す。心の琴線に直接触れられて、それでもちっともいやな気はしなかった。
誘われるまま、海辺に足を向けた。
明かりにくっきり照らされて、金の髪が闇に浮かび上がっている。クラーケンはよく見える位置まで移動した。
月に抱かれて、人魚がひとり、歌っていた。
まるで夜の祝福を一身に浴びているように、少女の周りだけがほの白く輝いている。
目を離せない。まるで金縛りにあったようで、指一本すら動かすことがままならなかった。
ただ、見つめ、そして聴き入ることしか、できなかった。
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シュンメイさん画
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